127.チームの勝利ってやつさ
一方、逢魔の部下である守護者、サーティーンはというと……。
『うぎ、ぎぎ……ギギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
奈落の森に一匹の巨大な【猿】が押し寄せてる。
フォルムは猿というより、ゴリラに近い物がある。
真っ黒な毛皮、3対の太い腕。
身長は5メートルほどだろうか。
六腕の恐ろしい黒猿。
これが、サーティーンの新しい姿だ。
『うががが……ウギガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
黒猿は3対の巨腕で奈落の森の木々をめちゃくちゃに叩き潰してる。
自由意志はなく、ただ【敵を破壊せよ】というシンプルな命令に無理矢理従わされてるようだ。
拳が地面に当たるたびにどがんっ! どがんっ! と大きな音が響き渡る。
拳が当たった部分は黒く変色し、森の緑が枯れ果てていく。
「なるほど……狂化に加えて、その拳に呪殺の力が付与されてる訳か」
『ぎぎゃ、ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
黒猿の前にはヴァジュラが立っている。
……彼女を支えているのは、竜の姿のアニラだ。
アニラの手のひらの上にヴァジュラ、チャトゥラ、そしてメドゥーサが立っている。
「サブリーダー、指示を」
「……貴様に一任します」
「いいのかい?」
布面の向こうでヴァジュラが、目を剥いてる。
チャトゥラにとって、ヴァジュラは最も憎い敵であるはずだから。
しかしチャトゥラは冷静に言う。
「キリエ様のオーダーは、誰も殺さないことです。私ではその作戦が思いつかない。ヴァジュラ、あなたがその目を使い、彼女の望みを叶えるのです」
暗に、チャトゥラはヴァジュラの力を認めたと言うことだ。
彼女の目ならば、自分にできないことができると。
アニラ・メドゥーサも黙ってる。チャトゥラの作戦に従うのだろう。
三人からの信頼を受けて、ヴァジュラは微笑む。
「キリエ……君と出会えて、僕は幸せだ」
ここに来るまでヴァジュラは孤独だった。
誰もが彼女を利用しようとした。
誰かに守ってもらいたくても、元仲間たちからは、憎しみの感情と瞳をむけられるばかり。
……そんな中でただひとり、まっすぐ自分を見てくれたのは、キリエだけだった。
キリエとで会えたことで、沈みかけていた人生が上向きになった。
彼女との出会いが、運命を変えてくれた。
そんな恩人のオーダーなのだ。
「ここで応えなくて、いつ応えるんだい。仲間の……信頼に」
ヴァジュラは布面を取る。
その黄金の瞳を、まっすぐに黒猿を見つめた。
その瞳は未来を見ることができる。
ヴァジュラは、フッ……と笑って言う。
「さくっと倒して、宴の続きをしようじゃあないか!」
にやり、とアニラが笑う。
『おう! いくぞ!』
ぐっ、とアニラが体を縮めて、そして突撃する。
ヴァジュラはフェンリル化したチャトゥラの背中に乗る。
「サンティラ。アニラの腕に石化光線」
メドゥーサ(サンティラは別名)は髪の毛を広げる。
毛先が蛇の頭となって、その瞳から石化光線が浴びせられる。
アニラの竜の腕が石化される。
「アニラ、敵の腕には呪殺の力が付与されてるよ。直接触っちゃいけない」
『わかった……!』
アニラが拳を振り上げて、思い切り黒猿を殴りつける。
黒猿は腕で敵の攻撃をガード。
本来なら、アニラのこぶしがぶつかった瞬間、呪いが発動するはず。
だが……。
「すでにアニラは、石化の呪いを受けてる。呪いは上書きできないのさ」
『ドラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
ばきぃいい! とアニラのアッパーカットが、黒猿の顎を打ち抜く。
そのまま凄い勢いで黒猿が飛んでいく。
「チャトゥラ、着地点を指示する。そこへ向かって全速力で僕らを運んでおくれ!」
チャトゥラはフェンリル姿のまま、凄まじいスピードで走る。
キリエの聖なる加護により、高速……否、光速での移動が可能となる。
ずずずぅうん! という音とともに黒猿が地面に仰向けに倒れる。
黒猿は自分の六本の腕が石化され、そして氷で包まれて、身動きができなくなる。
チャトゥラ、メドゥーサによるものだ。 ヴァジュラは黒猿の着地点が見えていた。
敵が降ってくると同時に、能力を使って、敵を拘束したのである。
「今だアニラ! 全力で黒猿の心臓をぶち抜くんだ! 遠慮しなくていい!」
キリエのオーダーは黒猿……サーティーンを殺さないこと。
アニラの全力パンチで急所を潰せば、相手は死ぬだろう。
だが、ヴァジュラは殺せ、ではなく、心臓をぶち抜けといった。
未来が見える彼女が言うのなら、それをすれば問題が解決するということ。
ヴァジュラに従うことで主の命令を、完遂できる。
彼女を……信じて、アニラは躊躇なく拳を振り上げる。
『ぉおおおおおおおおおおおお!』
アニラのこぶしに光が宿る。
『ドラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
アニラはヴァジュラの指示通り、心臓めがけて強烈な一撃を叩き込んだ。
さっきよりも強い、本気の、竜の一撃。
一瞬の静寂の後、凄まじい爆音が周囲に響き渡る。
黒猿の体が爆発四散する。
黒煙が晴れるとそこには……。
人間の姿になったアニラ、そして、サーティーンがいた。
ヴァジュラたちはそこへやってくる。
「上手く行ったみたいだね」
「こいつぁ……どういうことなんだよ? オレ様は本気で鉄拳を叩き込んだぜ?」
普通なら相手は木っ端みじんだったろう。
しかしサーティーンはかろうじて、体の原形を留めている。
「僕の目の力を使ったのさ」
「目?」
「そう。僕の目は未来を見るだけじゃないんだ」
ヴァジュラの目から血が垂れている。
布面をつけながら、言う。
「僕の目は、【時王の神眼】っていってね」
「ときおうのしんがん……?」
「ああ。時間操作の能力が付与されてるのさ。未来を見えるのは、この神眼の能力の一つ」
ヴァジュラは未来視のスキルがあるのではなく、ヴァジュラの持つ目に、未来視のスキル【も】備わっていたということだ。
「この目の使い方に、【固有時間完全停止】ってわざがある。対象の体内時間を止めるわざ」
「……死ぬってこと?」
メドゥーサの言葉に、ヴァジュラがうなずく。
「うん。でもちょっとニュアンスがちがって、その人の体の時間を停止させるんだ。ま、仮死状態にするっていえばわかりやすいかな」
「仮死状態……」
アニラが黒猿を粉々にした一瞬、ヴァジュラは能力を発動。
肉体ごと、サーティーンを仮死状態にしたのだ。
「って! どっちにしたって死んでるじゃあねえか!」
「大丈夫さ……うちには、慈悲深い聖女様がいるからね」
このままキリエの元へ連れて行けば、一瞬で蘇生可能だろう。
しかしそれも、肉体があるからこそできる芸当である。
「もしもヴァジュラが能力を使わなかったら、肉体は木っ端みじんになって、再生不可能だった……というわけですか」
「ま、そういうこと。……っとと」
ふらり、とヴァジュラが倒れそうになる。
その体を、アニラ、メドゥーサ、そして、チャトゥラが支える。
ヴァジュラは、「ああ」とつぶやく。
その頬を、一筋の涙が落ちた。
「こんな裏切り者の僕を、仲間と認めてくれるのかい?」
三人はふんっ、と鼻を鳴らす。
「「「キリエ(様)に、感謝しろよ」」」
……三人とも、いちおう認めているのだ。
でも照れくさかったから、キリエにいわれてしかたなく……という【体】をとったのである。
ヴァジュラは笑いながら、自分の力で立ち上がる。
「ああ。もちろん。……ありがとう、みんな」




