126.天丼
《チャトゥラSide》
「ふにゃぁああああああああああああああん♡ おいしいにゃーーーーーーーーーーーーーん♡」
ヴァジュラ歓迎会を開いてる、奈落の森に住まう面々。
キリエは顔を真っ赤にして、振る舞われているワインをぐびぐび飲んでいた。
「おしゃけぇ~♡ おいちー♡ ねー、ゔぁじゅらちゃーん♡」
「あはは、そうだねそうだね」
「ねー♡ うひひっ、うふふふふ~♡」
キリエはヴァジュラの首の後ろに腕を回して、ワインをボトルごとラッパ飲みしていた。
くま子が「まったく」と頭痛をこらえるようなポーズを取る。
「この子ってば……まさか牛肉のワイン煮ですら酔っ払うなんてね……」
キリエがやらかすことは事前にわかっていた。
それにキリエ自身も、お酒を飲むことで周りに迷惑をかけると、わかっていた。
ゆえに彼女は飲酒しないようにしていたのだが……。
ワイン煮を食べた瞬間、これである。
「つーかヴァジュラ! あんた未来が見えるなら、キリエがこうなるのわかってたんじゃあないのかいっ?」
びしっ、とくま子に指摘されるヴァジュラ。
だが布面をつつきながら、ヴァジュラが言う。
「あいにくと、この目はそんなに便利な代物じゃあない。それに、連発すると脳が焼けてしまうんでね」
「……そうかい。そりゃ、キリエが酔っ払う未来を見るために使うわけにはいかないね」
「そういうことさ。僕も命が惜しいものでね」
未来視の力は体に相当負担がかかる、ということだ。
ヴァジュラはたちあがると、キリエをひょいっと持ち上げて、くま子にあずける。
「くまこしゃーーん♡ ちゅー♡」
「ええい、うっとおしい……」
「ちゅー♡」
くま子がキリエをお姫様抱っこする。
だいぶキリエは酔ってるのか、キスをしようとしてくる。
「じゃ」
「どこいくんだい?」
「ん、ちょっとお花を摘みに」
ひらひら、とヴァジュラが手を振る……。
その手を、がしっ、とキリエがつかんだ。
「キリエ……?」
「や! また、一人で突っ走るちゅもりでしょー!!」
……ヴァジュラが布面ごしに、目を剥いていた。
キリエはぷりぷりと赤ん坊のように怒る。
「またひとりで汚れ仕事しようとしてっ! がくしゅーってものをしないのですかぁ、おおん?」
「あ、いや……それは……参ったな……」
いつも余裕ぶってるヴァジュラが、がしがしと頭をかく。
どうやら未来で危険なことがおきてると、ヴァジュラは察知したようだ。
ひとりで何とかしようとして、でも、キリエに止められたのである。
「それも神の力かい?」
「ちっげーよ! そんな思い詰めた顔してっからよぉ」
……布面で顔を隠していても、キリエにはお見通しらしい。
「ひっく……チャトゥラぁ! メドゥーサぁ! アニラぁ……!」
ざんっ、と聖十二支3名が、キリエの前に跪く。
キリエは三人を見下ろしていう。
「めーれー! ヴァジュラといっしょに、敵をぶったおしてこーい!」
以前の彼女らなら、キリエの命令だろうと、裏切り者であるヴァジュラを守るようなことはしなかった。
だが……。
「「「御意!」」」
三人はしっかりうなずくと、立ち上がり、ヴァジュラのとなりまでやってくる。
「君ら……いいのかい?」
「ああ。ゆきますよ。我ら聖十二支で、キリエ様に近づく不埒物を、排除するのです」
「! ……そうかい」
我ら、とチャトゥラはハッキリ言った。
どうやら、ヴァジュラがキリエを守るために体を張ったことを……。
チャトゥラたちは、認めたようだった。
「ちょっとまってやぁ!」
4人が振り返る。
キリエは酔った状態のまま、ぎゅっ、と一生懸命祈る。
「みんなが……無事で帰ってきますよーに!」
キリエの祈りが、四匹の体に力を授ける。
体にパワーが満ち満ちている、今なら、誰も傷付かずに敵を排除できるだろう。
「さぁ、行きますよ」
「おうよ」
「……キリエ、いってきます」
チャトゥラたちが前を歩く。
ヴァジュラは「ちょっと泣きそうだよ」とつぶやいて、彼らの後へ続こうとする。
するとキリエがスカートのポケットから、ハンカチを取り出して、渡してきた。
「いってらっしゃい」
ヴァジュラはキリエからハンカチを受け取り、その場に深く頭を下げる。
そして立ち上がると、走って彼らとともに走って行く。




