119.ピンチに神
アニラたちがキリエの元へ帰ろうとした、そのときだった。
じゃら……! と何か金属がこすれる音がした。
「! チャトゥラ!」
どんっ! とアニラがチャトゥラの身体を突き飛ばす。
彼はバランスを崩して地面に倒れた。
「アニラ! 貴様なにをす……なっ!? なんだそれは!?」
「ちっ……! しくった……」
アニラの四肢、および首に黒い鎖が巻かれていた。
彼女はその場にがくん、と膝をつく。
「だれだ!?」
「おれだよぉ……犬ぅ~……」
「! サーティーン!」
13使徒がひとり、サーティーンが血走った目でチャトゥラたちをにらみつけていた。
彼の身体から黒い鎖と、そしてまがまがしい黒いオーラが湧き出ている。
「てめえ……なめたまねしてくれるじゃあねえか……殺さず、氷付けにするなんてなぁ……!」
チャトゥラは、キリエの言いつけをちゃんと守っていたのだ。
平和主義なキリエのため、敵を殺さず、氷付けにして森の外に転がしておいた。
別に人間の命などどうでもいい。
しかし彼は誰よりもキリエを信奉してる。
人を殺したら彼女が悲しむ。
だから、殺さないでおいたのだ。
だが……今回ばかりはその甘さがあだとなった。
「もういい……てめえらは殺す……! 全員皆殺しだ……! おれとてめえらの命を、使ってなぁ!」
じゃら……! と無数の黒い鎖が噴き出す。
チャトゥラは華麗にそれをすべて避けて見せた。
「……不覚」
「メドゥーサ!」
メドゥーサの身体にもアニラと同様の鎖が巻かれていた。
何か呪術的なものが発動してるのか、苦しそうに、彼女は顔をゆがめている。
「サーティーン! 貴様……キリエ様のご慈悲を、むげにしよってぇ!」
「はっ! なにが慈悲だ馬鹿犬! 敵に対して殺さずなんてよぉ、バカのすることだぜぇえ!」
サーティーンの顔には死相がうかんでいた。
手負いの獣が見せる、気迫を感じさせる。
チャトゥラたちは、相手がおそらく決死の覚悟なのだろうと悟った。
「逢魔さまぁ……! あなたのために、死んで見せますぅ! 魔王種2匹を道ずれにぃい!」
「道連れ……まさか、自爆!」
「そぉだぁ! おれの王剣、呪殺剣 鈍はよぉ、自らの命を捧げることで、どんな相手も確実に呪い殺して見せるんだぜええ!」
どうやらサーティーンも守護者のようだ。
彼の王剣の能力で、魔王種を二体、道連れに殺そうとしている。
チャトゥラはすぐさま、フェンリルの真の力を解放し、アニラたちとサーティーンをつなぐ鎖をかみ砕こうとする。
だが……ばきぃ! とチャトゥラの牙が砕かれる。
「くそ!」
「無駄無駄ぁ……! そいつは決して砕けねえ鎖! もう呪いは発動してる、あとは死ぬだけなんだよぉお!」
「くそが!」
チャトゥラは牙がボロボロになろうとも、鎖を何度も壊そうと試みた。
「おいばか犬……やめろ……無駄なことだ……」
「黙ってろ!」
「なぜオレ様を助ける? 嫌いなのだろう?」
「ああそうだよ! 貴様なんぞ大嫌いだ!」
だが……。
ここで仲間が死ねばキリエを悲しませることになる。
「私は主人を泣かすようなまねは、しない!」
「ふ……たいした……忠犬だぜ……」
ふたりがぐったりとする。
チャトゥラはもう駄目だ……と諦めかける。
「さぁ死ね!」
「くっ……! キリエ様……! すみません……!」
そのときだ。
かっ……! と神々しい光が空より降り注いだのだ。
「だ、だれだぁ!?」
「わたしじゃああああああああああああああああ!」
まばゆく、それでいて暖かな光は、まるで太陽のそれ。
日輪のごとき光を纏うその姿は、天使。
「キリエちゃまじゃい!」
キリエ・イノリそのひとだ。
その背中には天使の翼が生えている。
……そして、顔を真っ赤にしていた。
多分酔ってる。
「こんらぁ……! わたしの大事なおともらちを、いめんじゃあねえくそがよぉ!」
普段のキリエからは考えられないような、乱暴な口調に、一同戸惑う。
キリエは鎖をがしっと掴む。
「ふざけんな! 飼い犬みたいに鎖でつなぎよってぇ!」
「へ、へん! バカ女が。その鎖は決して壊れないんだ……」
「ふん!」
ばき!
「なにぃいいいいいいいいいいいいいいい!?」
あっさりと、キリエは王剣をぶっ壊して見せたのである。
呪殺の力が解除され、アニラたちにまとわりついていた鎖が、まるで煙のように消える。
「はあ……はあ……たす、かった……」
「……キリエ、助けてくれて、ありがとう」
アニラとメドゥーサの弱った姿を見て……。
「かっちーんですよ!」
キリエは、本気でぶち切れていた。
酔いで理性のリミッターの切れているキリエは、普段見せない、感情的な一面を見せる。
「あんたぁ……! ゆるせねえ! 月に代わって、このキリエちゃまがおしおき……ひっく、しちゃうんだからぁ……!」




