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109.ヴァジュラの処遇



 チャトゥラは代表して、くま子に、

キリエが森に来るよりずっとずっと昔のことを語る。


「あれはまだ聖魔王エレソン様が生きていた時代……カノジョのおかげで、森に住む魔物達はみな、強大な力を身につけていたのです」


 彼らはエレソンを中心にまとまっていた。


 奈落の森(アビス・ウッド)には豊富な緑と食べ物がなっており、誰も飢えることも、苦しむこともない、まさに【楽園】と言ってもいい場所であった。


 ……しかし。


「エレソン様は晩年、あの教会の下にある、御所に引きこもってしまったのです」

「御所……あれか、チャトゥラが守っていた場所のことかい?」

「そうです。エレソン様はあそこに引きこもり、一歩も外には出ませんでした。我ら魔物たちの立ち入りも、一切許さずに」


 くま子は当然の疑問を口にする。


「どうして魔物の立ち入りを禁じてたんだい?」


 チャトゥラはふるふると首を横に振る。

「わかりません」

「わ、わからない……?」

「ええ、突然エレソン様は晩年になって、御所に引きこもって、一歩も出なくなってしまわれたのです。その理由は、結局最後まで教えてもらえませんでした」


 明らかに、不自然だった。

 その理由については、チャトゥラを含め、アニラも(そもそも封印されていた)

、知らない様子だ。


 世界樹マーテルもまた首を振る。


「そしてある日のことじゃ。御所で大きな音がして、聖十二支デーバが駆けつけたところ……そこには、既に事切れたエレソン様と、白澤はくたくのヴァジュラが、血で真っ赤に染まった体で言ったのじゃ」


 ……自分がエレソンを殺した、と。


「ちょ、ちょっと待ちなよ! それじゃあ……誰もヴァジュラが、直接エレソン様を手にかけたところを、見てないんじゃあないかい?」


 その通りであった。

 チャトゥラたちが見たのは、あくまで血まみれで死んでるエレソン、その側にたたずみ、【返り血で】真っ赤にそまったヴァジュラ。


 そして、犯人自らの証言のみであって、確たる物証はどこにもないのである。


「キリエじゃあないけど……あたいもこれで、ヴァジュラが悪いって断定はできないね」

 

 くま子がため息交じりに言う。

 それはヴァジュラの肩を持つ行為であり、聖魔王を慕っていたチャトゥラ、アニラからすれば不愉快なものだった。


 だがキリエが悲しむから、という共通の認識によって、その怒りを抑えていた。

「……つまりくま子は、エレソン様の死には何か、我々が知らない真実が隠されていると言いたいのですか?」

「そうなるね。どうなんだい、ヴァジュラ?」


 ずっと彼らの会話を聞いていたヴァジュラが……。

 こくん、と首を縦に振った。


「僕がエレソンを殺した。それは紛れもない事実だ」


 ……だからといって、はいそうですかと、くま子は信じられなかった。


「何か事情があったんじゃあないのかい?」

「ないよ。絶対にない。裏もないし、事情もない。僕がエレソンを殺した裏切り者だ」


 くま子はヴァジュラの顔を見やる。

 それは、初めてこの森に来たとき、キリエに見せたニタニタ笑いとは違った。


 真剣な表情で、罪を告白していた。

 ……だが、くま子にはどうにも、カノジョが人を殺したとは思えない。


 人殺しのわりには、潔すぎるのだ。

 とはいえ、殺したのは事実のような気がした。


 嘘は言っていない、でも、真実は隠されている。そんなことを直感した。


「ヴァジュラ、過去のことをとやかく言うつもりはない。だから、これだけは答えておくれ」


 くま子は、赤熊ブラッディ・ベアの姿になって、ヴァジュラに近づく。

 ヴァジュラは動かない。


 その首筋に、熊の鋭い爪をそっ……と沿わせる。

 少し爪を動かすだけで、ヴァジュラのクビは跳ね飛ばされる。


「あんたはキリエのこと、何があっても、守ってあげられると誓えるかい? 聖十二支デーバとしての、勤めを果たせるかい?」


 ……そうでないなら、ここで首をはねる。

 そういう殺気を込めて、くま子はヴァジュラをにらみつける。


 ヴァジュラは爪に手を置いて、ぐっ……と首筋に近づける。

 つつ……とクビから血が少し垂れていた。


 ……それでも、まっすぐにくま子を見て言う。


「誓う」


 ただ、それだけのシンプルな回答だ。

 ゆえに、ごまかしは一切きかない。


 チャトゥラもアニラも、マーテルも、ヴァジュラからは断固たる決意を感じられた。

 くま子は年長組を見渡す。


 確認するように、目で伺うと、三人ともがしぶしぶうなずいた。


「わかったよ」


 くま子は人間の姿になる。


「あんたを信じる。ただし……美緋羅みひら

「む? ナンデござるか?」


 今までジッと会議の行く末を見守っていた、鬼の少女、美緋羅みひら

 カノジョは若い世代の聖十二支デーバであるため、ヴァジュラに対してそこまで嫌悪感を覚えていない。


「あんたはヴァジュラを監視しな。妖しい動きを見せたら、即座に首をはねること」

「心得た」


 くま子はまっすぐにヴァジュラを見やる。


「暫定だけど、あんたを仲間と認めるよ」

「ありがとう、くま子」


 ふたりは握手を交わす。

 くま子は、このヴァジュラが過去に何をしたのか知らない。


 でも先ほど、キリエを守れるかと誓わせたときの決意は、本物だと思えた。

 だから、側に置くことを許したのだ。


「……ワタシは今すぐ絞め殺すべきだと思うけど」


 殺気だって言うのは、メドゥーサ。


 キリエに一番なついている(というか恋愛対象に見ている)ためか、ヴァジュラへのあたりが強い。


「駄目だよ。殺せばキリエが悲しむ」

「……じゃ、殺さない」


 こうして、ヴァジュラの処遇が決定したのだった。


 

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