第六十六話 未来は君の手の中に
桐生さんは何処までも東九条君に甘いぞ! ってお話。ある意味これもぬるま湯。
懺悔するようにそう告げる。俺の言葉を最後まで聞き、桐生は小さく息を吐いた。
「……そう」
「……最初に、この関係を……『ぬるま湯』を肯定したのは俺だ。あの時、俺に少しでも勇気があれば……違った関係を築けたかも知れないのに」
それがどういった関係だったかは分からない。
告白して、フラれる未来か。
告白して、智美と付き合う未来か。
二人で並んで歩める未来か。
バラバラに進む、未来か。
「……どうなったかは分からないけど……俺たちにはいくつもの未来があって、それを選ぶチャンスがあった。俺は、そのチャンスを逸し、そして、この関係を受け入れた。それは間違いのない事実で、真実だ」
「……」
「もし……俺があの時に、きちんと『答え』を出していたなら」
きっと、俺達は前に進めたんだと思う。
「……」
「……」
「……はぁ」
俺の言葉に、深い深いため息を吐く桐生。なんだよ? 少しだけ視線に険しいモノが混じったのを感じたのか、桐生は小さく肩を竦めて。
「……なにを言い出すかと思えば……馬鹿らしい」
「ば、馬鹿らしい!?」
お前、俺、結構真剣に悩んでるんだけど。そんな俺の視線に、やれやれとばかりに首を左右に振って桐生は言葉を継いだ。
「――私、友達いないのよね」
「自虐ネタぶっこんで来るの!?」
今いる、その話!?
「黙って聞きなさい。私は友達がいない。それはつまり、人間関係での経験値が少ないという事よ。だから、貴方達の関係性について意見を言うつもりは無かったのよ。的外れかもしれないし、『それは違う』って否定されるのもイヤだったからね」
「否定って……」
いや、でも、そうか。桐生に上から目線であれこれ言われれば、反発を覚えた可能性はゼロじゃない。
「……そう言えばお前、相槌打つだけだったもんな」
思い返せばコイツ、俺らの関係に一度も口を挟んで来なかったな。精々、『サイコロ投げられたから頑張れよ』ぐらいのモンか。
「第三者だもの、私。貴方達は仲良し幼馴染だし……きっと普通の友情関係よりも深い絆みたいなものがあるのでしょう?」
「……まあな。だからこそ、俺は間違えたワケだが」
「それよ」
「……どれだよ」
俺の言葉に桐生は首を傾げて。
「――貴方の言う『幼馴染』って関係は、一回間違っただけで、もうダメになる関係性なの?」
「……」
「貴方は、過去に一度間違えたのかもしれない。まあ、個人的には別に居心地の良い関係性を否定しなかっただけの貴方が間違ったワケじゃないと思うけど……まあ、私の意見は良いわ。仮に貴方がその答えを間違っていたとしても」
もう一回、答えを探せば良いんじゃないの? と。
「……」
「別に貴方、明日死ぬワケじゃないんでしょ?」
「縁起でも無い事言うな。俺だってまだ死にたくない」
「私も貴方には死んでほしくないわ。でも、だったら別に良いじゃない? だって私達、まだ高校生よ? 時間なんて沢山あるんだもの。間違っても、正しく無くても、それで良いじゃない。間違いに気付いたのなら、そこを是正し、正しい答えを導き出せば良いじゃない。それすら許されない関係なの、『幼馴染』って? だとしたらちょっとした恐怖よ、それ。一回も間違えちゃいけない人間関係なんて、呪いみたいなものじゃない」
「……そんな事は……ない」
「でしょ? 幸い、賀茂さんも鈴木さんも貴方が新たな答えを出すことを否定していないんでしょ?」
「……たぶん」
俺の言葉に、桐生はにっこりと微笑んで。
「――じゃあ、良いじゃない。三人でゆっくり答えを探せば。焦らず、ゆっくりと。貴方達が、最適だと思う解答を探せば良いんじゃないの?」
「……」
「……まあ、賀茂さんや鈴木さんの気持ちも分からないでは無いけどね。彼女たちもきっと、焦っているんだろうし」
「焦っている?」
「そりゃ、焦るでしょ。大好きな大好きな東九条君に」
そう言って、自身を指差す。
「こーんな可愛い許嫁が出来たんだもの」
「……自分で可愛いとか、言うな」
「あら? 可愛くないかしら?」
「……ノーコメントで、お願いします」
「ふふふ。ともかく、きっと皆焦っているんでしょう。私にも責任が無いとは言わないけど……でも、だからと言って早急に結論を出すのは良くないと思っているわ」
「……」
「だから……貴方は貴方のペースで結論を出せばいいんじゃないの? それが『ぬるま湯』って言われたとしても、気にしなくて良いじゃない」
「……良いのか?」
「良いわよ。そこでゆっくりと答えを出せば。何度間違っても良いじゃない。先は長いし、期限がある訳じゃないんだもの。間違えているなら、何度でもその答えを探せば良いじゃない。正解が見つかるまで、何度でも、何度でも。それを貴方、この世の終わりみたいな顔してるから……ちょっと思ったのよね、『馬鹿らしい』って」
あっけらかんと笑って見せる桐生。その姿に、なんだか肩の力が抜ける。
「……いいのかな、それ? そんな、沢山時間を掛けても」
「良いじゃない、別に。貴方、さっき『答えを出せなかった』って言ってたけど……完全な第三者の私から見ても、そんな答えが直ぐに出せる問題じゃないと思うわよ? そんな簡単な関係性じゃないでしょ、貴方達」
「……まあ」
「だから、良いじゃない別に。悩んで、悩んで、悩んで、それから答えを出せば」
そう言ってにっこり笑った後――渋面を作って見せる桐生。
「……まあ、望まぬ答えになったら困るけど」
「……望まぬ答え?」
「もし、貴方が鈴木さんか賀茂さん、どちらかとお付き合いをする事になったらよ。だって私達、許嫁でしょ? 暮らしにくいじゃない」
「暮らしにくい……な、確かに」
「私だってイヤだし。別に貴方はモノじゃないけど……盗られたみたいで」
「……」
またコメントに困る事を……
「……浮気しても良いって言って無かった?」
「するの?」
「いや、恋人が出来たら浮気するつもりはないけど……」
「……まあ、私も間違えるって事よ。正直、ちょっと誤算ではあったけど……それは良いわ」
「なんの話?」
「こっちの話。ともかく、貴方達の関係性はまだ答えが出ていないだけで、間違ったワケじゃないと私は思う。もし、仮に間違えていたとしてもまだまだやり直せる範囲のものだと、そうも思う。そして、それはきっと私たちの関係性も同じ。何度も間違えて、何度でも訂正して……それで良いじゃない。貴方はいくつもの未来があったと言ったけど……最後に、正解を掴めばそれで良いじゃない。そうやって、望んだ『未来』を手に入れなさいな」
だって。
「――いつだって、未来は貴方の手の中にあるんだから」
そう言って笑う桐生は、とても綺麗だった。
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