えくすとら! その二百八 カオスな状況
「それにしても……ミニスカメイド、ですか」
俺の言葉に顎に人差し指を当て『うーん』とばかりに中空を見つめる明美。と、それも数瞬、その手を顎から離すと『ポン』っと手を打ってにこやかな笑みを浮かべて。
「――時に浩之さん? 先日エリタージュで借りたミニスカメイドの服があるのですが……着ても?」
「着ても、じゃねーよ! なんでそんな発想になるんだよ! お前、マジで止めろよ! 痛すぎるから!!」
止めて、マジで。そんな俺の切なる願いに気付いたのか、明美が可愛らしく『ぷくー』と頬を膨らませて見せる。
「痛すぎるとはなんですか、痛すぎるとは!! 自分で言うのもなんですが、私だって美少女の部類でしょう!? そんな私のミニスカメイド姿ですよ!! 本来なら『明美、ありがとう。眼福だ。桐生なんて捨てて、明美と一緒になるよ!』って嬉々として言うべきでしょう、普通!!」
「……言わないでしょう、普通」
頭痛くなって来た。
「……あのな? お前が美少女なのは……まあ、認めるよ」
はぁ、とため息を吐いて俺は言葉を紡ぐ。いやまあ、明美が美少女なのは認めるよ? 認めるけどさ?
「お前、俺の又従姉妹だろうが。前もこれ、言ったと思うけど……お前は身内の感覚が強すぎて、そういう格好するのを見るのは痛々しいの」
これは俺の勝手な感覚ではあるが、明美はなまじ幼いころから――まあ、智美や涼子、それに瑞穂もそうであるんだけど……『親戚』の感覚が強すぎる。だからまあ、明美のそういう格好を見ると、こう……興奮とかドキドキより、『おい、マジで止めて』という感覚が強くなっちゃうんだよな。アレだ。茜が『どうよ、おにぃ! せくしーでしょ?』とか言いながら、中一の頃にビキニ着て見せに来た感覚に近いものがある。アレはこう……見てて痛々しかった。何が悲しいって、もう色気の欠片もない茜ってのがまた哀愁をそそるんだよな。
「誰がナチュラル・ボーン・ルーザーですか!! 知っていますか、浩之さん!? 又従姉妹は何の障害もなく結婚出来るんですよ!?」
「いや、知ってるけどさ? そういう問題じゃないの」
『むきー!』とばかりに地団駄を踏んで見せる明美。うん、そういう問題じゃないの。
「あ、じゃあ浩之ちゃん!! 私はどうかな?」
「涼子?」
「私なら明美ちゃんみたいな事は無いでしょ? ほら、昨日はクラシカルメイドさんだったし、ちょっと恥ずかしいけど……浩之ちゃんが望むなら、ミニスカメイドだって着ちゃうよ?」
「……望まないんで大丈夫です」
疲れた様に首を左右に振って見せる。と、そんな俺の仕草が不満なのか、涼子が『ぷくぅ』と頬を膨らませて見せる。明美と二体のフグが出来上がってしまった。
「なによ、浩之ちゃん!! 明美ちゃんはともかく、私の事は女の子として見れるでしょ!!」
「待ってください、涼子さん。『明美ちゃんはともかく』ってどういう意味ですかぁ!?」
「ナチュラル・ボーン・負け犬は黙ってて!」
「ふぐぅ!」
涼子の言葉に明美が胸を抑えて蹲る。容赦ねえな、お前。
「……あんな? そりゃ、お前の事は女の子だと思ってるよ? それにまあ、美少女だとも思ってるよ? 思ってるけど……そもそもだな? お前ら、言っている意味わかってのか? ミニスカメイド姿のお前らを『女の子』として見るってのは……その……まあ、なんだ、『そういう』目で見るって事だぞ?」
桐生一途だよ、俺は。桐生一途だけどさ? そら、健全な男子高校生な訳だし、セクシーなお姉さんとか見たら、つい、目が行っちゃうのは仕方ないと思わないかい? ねえ、思うよね、皆。先生、怒らないから手を挙げてみ?
「そういう目って……ああ」
俺の言葉に、涼子はにっこり笑って。
「ウェルカムだよ、浩之ちゃん! じゃんじゃん、そういう目で見てくれて!!」
親指を上げてサムズアップ。いや、サムズアップじゃねーよ。
「……お前な?」
「ああ、別に誰にでも見せたい訳でも、見られたい訳でも無いよ? っていうか、浩之ちゃん以外にそういう目で見られるのは鳥肌が立つし。でもさ?」
そう言ってスススと俺の側に寄ってしな垂れかかり、上目遣いでこちらに視線をやって。
「――浩之ちゃんに『意識』して貰えるのは、いいじゃん? それ、私的には凄く――そうだね、『滾る』よ?」
妖艶な笑みを浮かべてそういう涼子。その姿に、誰かがごくりと唾を呑んで。
「――んぐぅ! わ、私も!! ヒロ、私だってミニスカメイド、着る! そ、そういう目で見ても文句言わない!! ヒロ、元々えっちだし、し、仕方ないよね!!」
「待て、智美! 勝手な事を言うな!!」
「そうですよね!! 浩之先輩、むっつりですもんね!! し、仕方ないので私も着ますよ!! ほ、ほら! そう言えば昨日も私の太ももに視線が来ていた様な気がして……」
「俺は今、痴漢冤罪の怖さを見た!!」
冤罪だ! 見てねーよ、俺は!!
「……」
……うん。
「み、見てねーよ!!」
「今、間があった! や、やっぱり視線、感じてたのは勘違いじゃなかったんですね~。し、仕方ないな~、浩之先輩は~」
「み、見て無いって言ってるだろ!」
……まじまじとは。
「ズルいです! なんで瑞穂さんの太ももだけしっかり見ているんですか、浩之さん!! 私のも! 私のも見て下さい!! そして興奮してください!! 思わず押し倒してしまう程に!!」
「お前、マジで何言ってんの!? おじさんが泣くぞ!!」
「だ、だったら……私がミニスカメイド、着るわ!!」
何処からか飛んできた声に、俺は思わず。
「うるせぇ!! ちょっと黙ってろ――――」
…………うん? あ、あれ? 今の声って?
「……」
頭の中で『まずい、まずい』とアラートが鳴る。そんなアラート音を聞きながら、俺はゆっくりと視線を声の方向に向けて。
「…………ふぇ? ど、怒鳴られた……? わ、私、わ、悪い事、してない……よ、ね?」
涙目の桐生と目が合った。ちゃ、ちゃうねん!? 今のは桐生に――言ったんだけど!! そ、そういう意味じゃなくて!!




