えくすとら! その二百六 ガス抜きにされた悪役令嬢は可哀想可愛い。
「……お前らな?」
完全にイジケモードで俺の袖をぎゅっと握り、上目遣いでこっちを見る桐生。『こわぃ? ねぇ、こわぃ?』なんて喋り方もたどたどしく、まるで幼子の様なそんな仕草に、俺は胡乱な目を有森と西島に向けて。
「…………グッジョブ」
「……何言ってるんですか、浩之先輩」
ジトーっとした目を向けてくる瑞穂の、責める様な声音に思わず本音が漏れ出た事を悟る。い、いや、ちゃうねん! だ、だってさ? この桐生、めっちゃ可愛くない? なんか最近弱っている桐生が非常に愛おしいというか……ね、ねぇ?
「……コホン。あー、ともかくだな? お前ら、もうちょっと考えて発言しろ。見て見ろ、この桐生。滅茶苦茶かわい――可哀想だろうが。可愛がってる後輩に『怖い、怖い』って連呼されたら流石の悪役令嬢でも心が折れるぞ」
そもそも桐生、メンタルが鬼強い訳じゃないし。ただ、歯向かってくる相手を叩き潰して来たからこその悪役令嬢であって、心根は優しい奴だしな。
「俺だってあんま面白くないぞ? その……な、なんだ。可愛い彼女に向って怖いだなんだって言うのはさ?」
……いや、まあ、うん。桐生の可愛い姿は見せて貰ったからプラマイゼロっていうか、どっちかって言うとプラスよりだったりはするのだが……ともかく!
「あんまり俺の彼女、苛めてくれるなよ?」
やっぱり桐生には笑って欲しいしな。そんな俺の言葉に、気まずそうに西島と有森が視線を合わす。見つめる事数秒、どちらからともなくため息を吐いて、苦笑を浮かべる。
「その……悪かったわよ、有森。ちょっと意地、張っちゃった」
「こっちこそ……ごめん、西島」
少しだけ照れくさそうにそう言って、苦笑を微笑に変える二人。そんな姿を見ていると、ちょんちょんと肩を叩かれた。藤田だ。
「……お疲れさん」
「お疲れさんじゃねーよ、裏切者。少しはお前も手伝えよな?」
彼女の喧嘩だぞ? お前が止めねーで誰が止めんだよ。そう思う俺に、藤田は少しばかり困った様な顔を浮かべて見せる。
「あー……まあ、お前に任せっきりになったのは悪かったと思うよ」
「だろうが」
「でもまあ、あの場面で俺が仲裁に入るのは不味いだろうが」
は? 何言ってんだよ。お前が仲裁に入らなきゃ、誰が――
「いえいえ。やっぱりあそこは東九条先輩の仲裁が一番でしたよ?」
「……藤原?」
俺と藤田の会話に入って来たのは藤原だ。
「良いですか、東九条先輩? あの状態の雫と西島さんの会話に藤田先輩が入ったらもっと拗れてましたよ?」
「拗れるって……拗れるか? そんなの――」
「どっちの肩を持っても、確実にどっちもヒートアップしますよ? 今の二人」
「――……た、確かに」
「藤田先輩が雫の肩を持てば『はん! 良かったね~。一人で戦えないからってカレシに助けて貰って。お姫様気取りですか~』とか煽りそうですし」
「……目に浮かぶようだな、その姿」
「逆に、西島さんの肩を持ったら持ったで、『せ、先輩! 先輩は私の味方じゃないんですか……! ま、まさか、先輩、まだ西島の事を……う、嘘ですよね? せんぱい、私のこと、好きですよね? ねえ、好きですよね? 好きですよね? ふじたせんぱい、ふじたせんぱい、ふじたせんぱい、ふじたせんぱい、ふじたせんぱい、ふじたせんぱい、ふじたせんぱい、ふじたせんぱい、ふじたせんぱい――』」
「こえぇよ!」
こえぇよ! なんで藤原の中の有森、ヤンデレ設定なんだよ! そして、藤田! なんでお前ちょっと納得した顔してるんだよ!
「いや……嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど……ほら、有森ってちょっと重い所があるじゃん」
「自分の彼女を重いと申すか」
「俺はそういう所も可愛いな~と思うし、愛されているな~とも思うから別に良いんだけど……」
「聖人か」
あ、いや、聖人だった。こういう場面で認定することでも無い気もせんでもないが。
「そうですね。雫、若干愛が重い傾向にありますし。藤田先輩、浮気なんてしたら冗談抜きで刺されますよ? それか、雫が自分で自分を刺すか」
「だから……ああ、もういいや」
『理沙はその……まあ、ちょっと特殊な趣味というか……サブカルにも造詣が深いと言いましょうか……』って瑞穂も言ってたしな。にしても藤原、お前もうちょっと友達の評価どうにかならんかったんかい。
「まあ、浮気するつもりは無いからその心配はない――」
「あ、藤田先輩が浮気するとは思ってないですよ? でも、雫ですからね~。あんまり他の女の子に優しくしてたら嫉妬に狂う姿は容易に想像できません?」
「――……可能な限り善処する」
藤原の言葉に重々しく頷く藤田。そうだな。お前の良いところではあるが、やっぱりお前は有森だけ大事にしとけば良いとも思うぞ、俺は。
「……まあ、でもこれも良かったんじゃないですかね?」
少しだけ眩しそうに有森と西島を見つめながら、藤原がポツリと。
「良かった?」
「……やっぱり、雫的には面白くは無かったんですよね。西島さんが――まあ、今はそんな悪い子じゃないって知ってますけど……でもまあ、ちょっと思う所はあるんですよ」
「……まあな」
そりゃそうだろう。有森にしてみれば最愛の彼氏を利用した相手な訳だし。好きにはなれんだろうし。
「心の中で鬱々とした気分ため込むタイプじゃないですし、雫。ああやって一遍ぼかーんと爆発してしまえば、後腐れなく付き合えるでしょうしね?」
「……西島の方はどうなんだ? コーラシャンプーの相手だぞ?」
「西島さんは西島さんで気にしてたみたいですしね。それに……」
ちらっと桐生を見やり、悪戯っぽい笑顔で。
「雫も大好きでしょうけど……私だって彩音先輩、大好きですし? そんな大好きな先輩が『イイ子』っていうんだったら……私も仲良くしたいじゃないですか。皆で仲良しの方がきっと、楽しいですし」
そう言って藤原は綺麗な笑顔を見せて見せた。




