えくすとら! その二百一 一粒で、最高に美味しい
『それでは今日はこの辺りで失礼します』と、今まででは考えられないくらい素直に頭を下げた西島を見送り、俺は桐生と家路へ。隣でこちらをチラチラと伺う桐生に視線を向けると、少しばかり気不味そうに視線を逸らす。なんだよ?
「どうした?」
「そ、その……ごめんなさい」
「ごめんなさい?」
桐生の言葉にきょとんとする俺。そんな俺に、桐生は心持言い難そうに言葉を継いだ。
「その……さっきの私、ちょっと感じ悪かったでしょ? だから……」
さっきのって……ああ。
「気にすんなよ」
ポンポン、と隣を歩く桐生の頭を撫でる。擽ったそうな、それでも安心した様な桐生の表情に俺も頬を緩める。
「……その、本当にごめんね? 東九条君にあんなキツイ視線、向けるつもりじゃなかったんだけど……」
「だから気にすんな。大丈夫だって」
たまにあるしな、ああいうの。ほれ、同級生と先輩の三人で話してて、つい同級生に喋る感じで『なあ、そう思うだろ?』みたいに先輩にタメ口ついちゃう事、あるだろ? 急に切り替えが利かないというか……あれの視線バージョンみたいなもんだ。
「それにまあ、あんな桐生の視線久しぶりに見た気分だし。なんか一周回って新鮮だった気すらしてるぞ?」
「新鮮って……もう」
困ったように苦笑を浮かべる桐生。
「ほれ、出逢った当初――本当に当初だよな?」
「私が校舎裏に呼びだした時?」
「そうそう。『拒否権無いわよ?』とか言ってた時」
「……ごめんってばぁ」
ぷくっと頬を膨らます桐生。そんな桐生がなんだか可愛くて、俺は頭を撫でる手に力を籠める。
「別に馬鹿にしてる訳でも文句言ってる訳でもないぞ? それに、あの時だけだったし、桐生が――なんだ? 敵対的な視線向けて来たの」
「……敵対したい訳じゃないけど……あの時は冷静じゃなかったもん」
「まあな」
俺だってそうだし。落ち着いて賢い桐生ではあるけど、あんな状況じゃまあ『ああ』なるわな。
「まあ、そんな訳だから新鮮な感じしたんだよ。ほれ、俺らって……まあ、ちょっと恥ずかしいけど……その、なんだ? そこそこ……仲、良いだろ?」
「……」
「桐生?」
「……そこそこじゃないもん。いっぱい、仲良しだもん」
ぷくっと頬を膨らまし、頭の上に乗っている俺の手を両手で包み込み『ぐい、ぐいっ!』と無理矢理撫でさせる桐生。そんな姿がなんだか愛らしく、俺は撫でていない方の手で桐生の両手を外し、心持優しく撫でる。
「……そうだな。いっぱい、仲良しだな」
「でしょ? 嫌よ、私。東九条君と『そこそこ』なんて。もっと、もーっと仲良しが良いんだから!」
俺の『頭なでなで』が功を奏したのか、満足気に『むふぅ!』と息を漏らし、桐生はちらりとこちらに上目遣いで視線を向ける。なんだよ?
「……参考までに聞きたいのだけど……その、『キツイ』私と今の私とどっちが良い?」
「……どんな質問だよ、それ」
『キツイ』私ってアレだろ? 悪役令嬢バージョンの桐生だろ? そんなのお前、同居している恋人にされたら俺、心折れるんだけど。
「ち、違うわよ! 別に東九条君にそういうせいへ――あうあう! ち、違うくて!! 言い方が悪かったわ!!」
ジトーっとした俺の視線に気付いたか、桐生があわあわと両手を振って見せる。
「そ、その……最近の私って、こう……あまえんぼさんじゃない?」
「……まあ」
否定はせんよ、うん。最近の桐生、べったべたに甘えてくるし。
「その……今日の服に関してもなんだけど……」
「服? ああ、急に服買いに行くって言った理由か?」
俺の言葉にこくんと頷く桐生。
「私、結構独占欲も強いみたいだし。何時だって東九条君に引っ付いていたい気持ちもあるんだけど……」
「……望むところなんだけど」
「……あう。う、嬉しいけど! そうじゃなくて……こう、あ、『飽きられない』かなって」
「飽きるって……」
んなワケねーじゃん。そう視線だけで問いかける俺に、桐生は頷いて見せる。
「うん。東九条君がそんな薄情な人じゃないのは私も分かってる。分かってるけど……こう、何時でも……あ、愛されたいと言いましょうか……」
「……」
「だ、だから! こう……たまには私もツンツン……じゃないけど、そういう態度というか……そうすればホラ! あまえんぼの私と、ツンツンの私の、一粒で二度美味しいというか! つ、ツンデレって流行りなんでしょ? 理沙さんに聞いたわ!」
「……流行りというか、王道というか……」
いや、まあツンツンというか……まあ、『そういう』桐生も見て見たくはない訳じゃない。無い訳じゃないけど。
「……別に一粒で二度美味しくなくても良いんじゃね? いや、桐生自身がその……なんだ? ツンツンというか、冷徹というか……まあ、そういう方が楽なら別に構わんけど」
一緒に暮らしてるし、何時でもべたべたするのがしんどい時もあるかもだし。それでちょっと距離取りたい時があるんならそりゃそれで構わないんだが。
「その……なんだ? 俺は桐生が楽な態度というか……そういう方が嬉しいかな? 甘えたかったら甘えてくれたら、俺も嬉しいし」
その、なんだ。
「一粒で二度美味しいじゃなくても……桐生はほら、一粒で無茶苦茶美味しいからさ」
……はっず。多分俺、顔真っ赤だ。
「……顔、真っ赤よ、東九条君?」
「……言うな」
「鏡、見せてあげようか?」
「……良いよ。どうせ、お前と一緒の顔してんだろ?」
俺の視線の先には嬉しそうな、蕩けそうな笑みを浮かべて微笑む桐生の姿があった。
新作をはじめました。よろしければ、ぜひ!
『平凡王子は今日も密かに悪役令嬢の『ざまぁ』を志す……けど、愛がヘビー級の悪役令嬢に溺愛されている平凡王子はもう、まな板の上の鯉状態ですが、なにか?』
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