えくすとら! その百九十三 同族嫌悪
「ほ、ほら……おいで?」
そっと手を差し出す桐生。そんな桐生に胡乱な目を向ける『カノジョ』。彼女のその視線に、少しだけ桐生が『うっ』とばかりに差し伸ばした手をひっこめ掛ける。が、それも一瞬、意を決した様にカノジョの頭に手を伸ばして――
「――――フシャー!!」
「あぁぁ……」
毛を逆立てて『フシャー!』と一鳴き、カノジョは桐生の手から逃れる様にぴょん! とその場を後にする。最後にチラリと桐生に視線を向け、威嚇するようにもう一鳴き、そのままフン、と背を向けて歩き出す彼女に桐生の肩が落ちる。
「……その……」
「……言わないで。ああ……みるくちゃん……」
去って行った彼女の背中から視線を切ると桐生はその視線を店内の壁――猫カフェの壁に飾ってあった『みるく』と書かれた写真に向ける。
「……なんでかしら? なんで私、こんなに猫に嫌われるの……?」
「なんでって……」
そう。
あの後、ワクドを後にした俺らは街中をぶらぶら歩いていたのだが、たまたま目に入った猫カフェに桐生の視線が釘付けになった。まあ桐生さんも女の子、可愛い物や小動物は普通に好きという事で、人生経験も兼ねてこの猫カフェに寄ってみたのだ。
「……昔からそうなのよ。野良猫とか見つけて、『おいで~』って言うんだけど……大体、威嚇されて逃げられるのよね……」
「……もうちょっと落ち着けば?」
最初こそ不憫なと思ったのだが……でもな? 桐生、『お、おいで? こ、怖くないから……お、おやつもあるわよ?』って声かけてるんだけど、その声が何て言うか……
「今のお前、なんか誘拐犯とかが小さい子に声を掛けてそうな声音だぞ? そら、猫も逃げるわ」
そうなんだよな。なんか桐生、若干息も荒いし、『こ、怖くないわよ?』とか言うからマジで不審者っぽいのだ。いや、普通にこえーよ、今のお前。
「そ、それは……し、仕方ないじゃない!! 私だって緊張するんだもん! 猫カフェの猫は人馴れしてるって言うし、野良猫みたいに逃げられる事はないって思ってたのに……むしろ野良猫より激しいのだけど、敵意が」
……まあ、猫は人間の事を『でっかい猫』って思ってるって聞くしな。そう言う意味では桐生はどっちかって言うと猫っぽいし……猫的には他所のシマから乗り込んで来た別の地域のボス猫に見えるのかもしれん。悪役令嬢だし。
「……なのに……東九条君は凄くモテモテだし……」
沈んでいた桐生の視線が今度は恨めしそうに俺に向けられる。否、正確には俺の膝の上で丸まってゴロゴロと喉を鳴らす猫、『まりん』ちゃんに。
「……まりんちゃん、随分東九条君に懐いているわね? なんでよ?」
「……なんでだろうな?」
特段お菓子も何にもあげて無いんだがコイツ、俺の顔を見た瞬間に『にゃーにゃー』って言いながら喉鳴らして頭擦り付けて来たからな。その上、他の猫が俺の側に寄ってこようとすると『シャー』って威嚇して俺の膝の上独占状態だし。
「……にゃー」
「ん? おお、よしよし」
「……んにゃ」
不満そうに俺の膝の上で一鳴きするまりんちゃん。その声にこたえる様に俺がまりんちゃんの頭を撫でると、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らして俺の掌に頭を擦り付けてくる。
「……なんか慈愛に満ちた表情をしているわよ、東九条君。そんなに可愛いかしら、まりんちゃん?」
「慈愛に満ちているかどうかはともかく……まあ、こんだけ懐いてくれたら可愛いだろ?」
「……」
「……桐生?」
俺の膝の上のまりんちゃんに視線を向けた後、桐生はその視線を壁に掛けてあるまりんちゃんの写真に向ける。
「……『まりん。気の強い子ですが、一度心を許すと甘えん坊になります。五歳の女の子です』……ね」
「……なんで紹介文を読んでんの?」
「いえ……その……」
少しだけ気まずそうに視線を逸らして。
「その子……ちょっと私に似て無い?」
「…………はい?」
「い、いえ! だ、だけど! 気の強い女の子だけど、一回心許したら甘えん坊になるんでしょ!? なんとなく、近しいものを感じていると言うか……」
あー……まあ、説明文と桐生見ていればなんとなく分からんでもないが。
「……でも俺、別にまりんちゃんに心を許して貰う様な事をしていないけど……」
「分かるんじゃないかしら? 猫……に限った話ではないけど、動物って人よりもカンが鋭いって言うでしょ? 東九条君から出る……何て言うの? 『いいひと』のオーラというか……」
「……藤田がめちゃめちゃモテそうだな、それ」
列が出来るんじゃね、あいつの前に。
「その子、私に似てる気がするし……だったら、東九条君に惹かれるの分かるし。そもそも東九条君、変な女の子に好かれがちだし」
「おい」
「だってそうじゃない? フラれても諦めないどころか積極的になった幼馴染二人に、一回の付き合いくらいは許しましょうとばかりに虎視眈々と後釜を狙う後輩、わざわざ京都から週末に通ってくる又従姉妹よ?」
「……そうだが……良いのか、お前は? その括りだとお前も変な女の子だけど?」
「なに言ってるのよ? 学校で『悪役令嬢』なんてあだ名されている女子高生が普通な訳ないじゃない。私だってスタンダードじゃないわ」
そう言ってもう一度まりんちゃんを見る桐生。ええっと……
「……シンパシー的なものを感じたりしてる?」
「どちらかといえばジェラシー的な感じよ。また一人増えたのか、的な」
「一匹だけどな、まりんちゃんは」
ぷくっと頬を膨らましてまりんちゃんを睨む桐生。そんな桐生に、まりんちゃんはチラリと視線を送ると俺の膝の上で立ち上がり『んー』とばかり伸びをして。
ぺろ。
「あ、ああ!! この子、今、東九条君にキスした!!」
俺の頬をぺろりと舐めると、甘えた様に『にゃー』と一鳴き。俺の頬に頭を擦り付けた後、再び膝の上に座ると目を閉じ――
「……にゃ」
「あ、ああ! 見た、東九条君!? まりんちゃん、今、私の事見て鼻で笑ったわよ!!」
「いや、考えすぎだろ?」
「いーや! 絶対、『どう? 羨ましいでしょ?』って言ってた目をしてたもん!! この子が私に似てるんだったら、東九条君の事好きになっても可笑しくないでしょ!? っていうか、絶対この子、東九条君の事狙ってる!!」
「狙ってるって……」
「絶対そうよ!! まりんちゃん、東九条君の膝の上から今すぐ――」
「フシャー!!!!」
「――おりな……見た、東九条君!? 絶対この子、東九条君の事狙ってるわ!! さっきも私に攻撃しようとしてきたし!!」
涙目でこちらを睨む桐生――と、周りの『なんだ、なんだ?』という視線に俺は思わず肩を落とした。そろそろ出るか、此処。なんか居た堪れないし。




