えくすとら! その百九十二 桐生さん、にっこにこ
「……それで? どこに遊びに連れてってくれるの?」
駅前のワクドでダブルワクドをもぐもぐと頬張りながらそう聞いてくる桐生。超どーでもいいけど、なんかその仕草がリスみたいでちょっと可愛い。
「あー……」
桐生の期待の籠った視線を受けながら、俺はポリポリと頭を掻く。うん、何処に連れてってくれるのか~……
「……桐生はどこ行きたい?」
……あー、格好悪い。自分で言うのもなんだけど、俺、恋愛経験値めっちゃ低いからな。遊びに行くとこなんてそんなに知らないし……
「東九条君と一緒なら何処でも良いわよ?」
ほら、桐生はこんないい笑顔でこんな事言うし。俺の困った様な顔に、桐生は笑顔を少しだけの苦笑に変えて見せる。
「……本当になんでも良いのよ。東九条君と一緒に過ごせるならそれだけで幸せだし……なんなら家でゆっくり読書とかでも良いし。あ! 背中合わせはマストで、オプションで『なでなで』もお願いします」
「……そういうお店?」
「……もう。変な事言わないの」
向かい合わせの席から人差し指で俺のおでこをつついて『め!』とか言っちゃう桐生。上機嫌だな、おい。そんな桐生が笑顔を一瞬ひっこめて何かを考え込むような表情を浮かべる。どうした?
「……逆に質問なんだけど」
「なんだ?」
「涼子さんとか智美さん、それに瑞穂さんとはどんな事してたの? 貴方達、幼馴染だし、一緒に沢山遊びに行ってるんじゃないの?」
「あー……どうだろ? まあ、確かに遊びには行っているけど……」
確かに遊びには行っているけど……
「智美とはカラオケとか多かったかな? 涼子は……図書館に連れて行かれたりもしたし……瑞穂はもう、分かるだろう?」
「バスケ?」
「正解」
「……バスケは流石に藤田君と雫さんに断った手前難しいし……カラオケか図書館かしら? でも、図書館だったら私はともかく、東九条君は楽しめないし……カラオケかしらね?」
「いや、それは涼子や智美、瑞穂と遊びに行くんならって話だしさ? それに……」
……なんだろう? 俺もあんまり詳しくないけど、そういうの嫌じゃねーの? ほら、よく見るじゃん。『昔の彼女と比べないで』みたいな。いや、別に彼女って訳じゃねーけど。そんな俺の表情に気付いたのか、桐生が苦笑を浮かべて見せる。
「貴方達、幼馴染でしょ? 今更そんな事気にしてたら何処にも行けないじゃない。映画館も遊園地もカラオケも図書館もファミレスも……それこそ、貴方のご実家だって皆の思い出があるでしょう?」
「……まあ」
「ちょっとも嫉妬しないって言うと嘘になっちゃうけど……でも、そこはそんなに気にしない様にしているの」
「……なんか申し訳ない」
「貴方のせいじゃないじゃない」
「まあ、そうだけど……なんか、申し訳ないの」
桐生に小さく頭を下げる。そんな俺の頭を一撫でした後、桐生は俺の耳元に唇を寄せて。
「――それに、貴方はそんな事しないでしょ? 誰と比べるんじゃなく……『桐生彩音』を愛してくれるでしょ?」
そう言って耳元に少しのリップ音を残して桐生が俺から離れる。おま、公衆の面前だぞ?
「……まあな」
「ふふふ! それだけで十分よ? だから、そんなに気にしないで? それに……二人だけの思い出ってなると、もう私たちの家しかなくなるじゃない。別にそれもそれで悪くはないけど……やっぱり何処かにお出かけもしたいし」
そう言って笑う桐生の笑顔があまりに眩しい。そうだな、俺も桐生と一緒に沢山出掛けたいし……折角なら楽しい事、沢山したいし。
「……それじゃ、街をぶらぶらしてみるか」
「ええ、いいわね」
「なんか無目的みたいで申し訳ないけど……たまにはそう言うのもアリかなって」
「そうね。私達って、なんだかんだで目的が無いと出歩くことしなかったものね。図書館もそうだし、買い物もそうだし……こ、こないだのデートも」
少しだけ照れくさそうにそう笑う桐生に俺も笑顔を返す。
「……これから、こういう『なんでもない』時間を過ごすんだし、暇つぶし……っていうとアレだけど……」
「分かるわ。何か特別な事が無くても、ただ一緒にいるだけの時間がこれから増えるもの。だから、その時間の使い方はお互いに探していかないといけないわね。そう考えると良い案じゃないかしら、ウインドウショッピングも」
ニコニコと笑顔を浮かべてダブルワクドの最後の一口を食べ終わるとコーラをずずっと啜って桐生はトレイを持って立ち上がる。
「それじゃ、行きましょ? ウインドウショッピング! 折角だし、何か良いものがあったら買ってもいいわね! インテリアとか!」
「部屋が殺風景って言ってたもんな」
「そうなのよ……中々いいインテリアが無くて」
「本当にアイドルのポスターとか飾るか?」
「前も言ったでしょ? そんなのは潤いになりません。それなら貴方の写真でも飾った方が良いわ」
「……流石にちょっと恥ずかしいんだけど」
「私もね。それに、飾る必要もないし」
トレイを置いた桐生は俺の隣に並び、もう一度にこっと微笑む。
「……本物が毎日家に居てくれるのに。写真で満足できる訳ないじゃない」
「そっか」
桐生のその言葉に苦笑を浮かべ、俺は桐生の手をそっと握る。
「……写真じゃこんな事、してくれないしね?」
「だな」
「……ねえ」
「なんだ?」
「ちょっとお願いがあるんだけど……いいかしら?」
お願いって、なんぞ? 疑問符を浮かべる俺に、桐生は少しだけ照れたように頬を染める。
「その……ゆ、指を絡めるつなぎ方、あるでしょ? 『恋人つなぎ』っていう、あれ。あ、あれを……して欲しいなって――あ」
「仰せのままに、お姫様」
「……もう。馬鹿な事言って」
指を絡ませる俺を少しだけ驚いた顔で見つめた後、桐生の顔が綻んで。
「…………やっぱり、おうちに帰る? なんか……も、物凄く、ひが――浩之といちゃいちゃしたい欲が出て来たんだけど……だ、だめかなぁ?」
「……やめておこう、それは」
そんな庇護欲そそる顔で言わないで? 辛抱堪らなくなるから。
今回、桐生さんずっと笑顔でした。それに合わせて書き方もいつもと変えたんですが、違和感あったら申し訳ないです。




