えくすとら! その百六十四 埋められた外堀
「ええっと……え? ちょ、何言ってるのか理解できないんだけど……浩之?」
「安心しろ。俺も意味が分からん。つうか、明美? お前、何考えてんの?」
執事服って。つうか北川さん、あんたもなんてものを貸し出してやがんだよ。
「先ほども申した通り、野望ですよ、野望。私は諦めていませんので。さあ、浩之さん? 皆さん浩之さんの執事姿をご所望ですので、さっさと着替えて下さいな」
そういって首をかしげて見せる明美。いや、お前な?
「却下だ、却下。瑞穂も西島ももう良いだろう? お前らも着替えろよな」
「そうは行きませんよ、浩之さん。それに……浩之さんは良くても、良いんですかね? 秀明さんは」
「お、俺っすか? いや、俺もさすがにコスプレは……ちょっと……」
不意に話を振られた秀明はびっくりした様子で自分自身を左手の人差し指でさす。そんな秀明にこくりと頷いて、明美は視線を室内に向ける。
「茜さーん。秀明さん、来られましたよ」
室内に響く明美の声。その声に呼応し、室内から少しだけくぐもった声が聞こえてくる。
「あ、明美ちゃん? さ、さすがにこれはちょっと恥ずかしいんだけど……」
「大丈夫です。可愛いですから。それに、女は度胸と申しますでしょう?」
「……私の知る限り愛嬌だっと思うんだけど」
そんな声を扉の向こうから響かせながら、がちゃりと音を立てて扉が開く。と、扉の向こうからおずおずといった感じで茜が顔を――って、おい!!
「おま……な、なんつう恰好してやがる!!」
ああ、いや、そんなに変な恰好ではない。その、なんだ、『ヤラシイ』意味では西島や瑞穂のほうがよっぽど背徳的ではある。あるのだが。
「……なんでドレス、来てんだよお前」
綺麗な青色のドレスを着た茜の姿がそこにはあった。いや、似合うよ? 似合うとは思うんだけど、違和感が仕事しかしないんだが。つうか、なんで普通のマンションからお姫様もかくやって感じのドレス着た妹が出てこなくちゃなんねーんだよ!!
「え、っと……に、似合うかな、秀明?」
「……」
「……ひ、秀明? へ、変なかな? か、可愛いって言ってもらえるかな~ってちょっと期待したんだけど……」
そういってしゅんとして見せる茜の姿に、秀明がはっと意識を取り戻した。
「……っ!? そ、そんなことない!! めちゃめちゃ似合ってる!! っていうか、マジでびっくりした! そ、その……どっかのお姫様みたいで……」
口元に手を当ててそっぽを向きながらそんなことをいう秀明。そんな秀明にぱーっと顔を輝かせて茜がトテトテと秀明のそばまで寄るときゅっと秀明の服の袖を掴んだ。
「ほ、ほんと? え、えへへ……う、嬉しい……そ、そのね? 明美ちゃんが、『秀明さんも格好いい恰好をしますし……茜さんも可愛い恰好をしたらどうですか?』ってドレスを貸してくれたの!! おにぃが着てた執事服も似合ってたけど……秀明、身長もあるじゃん? きっと似合うと思うんだ!! だから、秀明が執事服着てくれるの、すごく楽しみ!!」
華が開いた様な笑顔でそう伝える茜に真っ赤に染まった秀明の顔が徐々に青くなっていく。そんな秀明を相も変わらず変わらずキラキラした表情で見つめる茜。中空をにらみ、葛藤することしばし。
「……どこで……着替えれば宜しいでしょうか……」
折れた。って、おい!!
「秀明!! いいのか、お前!!」
「……正直、滅茶苦茶恥ずかしいですよ。恥ずかしいですけど……でもまあ、仕方ないじゃないですか。可愛い彼女が此処まで期待に籠った視線を向けておねだりしているんですよ? 普段なかなか逢えなくて寂しい思いもさせてますし……俺がちょっと恥ずかしいくらい……我慢、します……」
唇を噛みしめてそういった後、不器用に茜に笑いかける秀明。
「……それじゃ茜? 着替えてくるな?」
「うん! そ、その……」
照れくさそうにもじもじしながら。
「い、いっぱい、ご奉仕してね?」
「……そのセリフはマズいって……」
完全に肩を落とす秀明に、ポケットから鍵を取り出して秀明に渡す明美。
「浩之さんの家の合鍵です」
「おい!! なんでお前が持ってんだよ!!」
「彩音様が貸して下さいましたので。『更衣室代わりに使ってください』と」
「……桐生……」
なにやってんだ、お前も。
「それで……藤田さん?」
「……な、なんでしょうか?」
「有森さんも楽しみにしていましたが……如何でしょうか?」
「……だろうな~」
明美の言葉にため息一つ、苦笑して藤田も明美から執事服をとる。って、おい!
「ふ、藤田? なんだよ、お前もそんなに簡単に!!」
「つっても、俺はバイトで着てるしそこまで抵抗はねーんだよな~。有森が楽しみにしてるってんなら着るのもやぶさかじゃないし……それに、東九条さん、結衣さんにあったんだろう?」
「ええ」
「んじゃ、今日の顛末とか絶対聞かれるに決まってるしな。別に着なかったからってペナルティがあるわけじゃねーだろうけど……絶対、不機嫌になるの分かるし。ま、イベントみたいなもんだろ? ハロウィンと一緒だよ、ハロウィンと。何より」
そういって背中を丸めて俺の部屋に歩いていく秀明を見るとはなしに眺めて。
「……秀明一人だけ執事服も可哀そうすぎるだろう、さすがに」
ふ、藤田……お前のいい奴はしってるけど、此処で発動するなよな!! なんか段々断れない雰囲気になってる気がするんですけど!!




