えくすとら! その百四十二 誰も損をしない作戦
「……んで?」
『任せておいてください! 連絡しますから、連絡先の交換を!』と電話番号を交換した後、俺らの家で呑気に紅茶を啜っている明美にジト目を向ける。西島? キツネに抓まれた様な顔をして帰っていったよ。
「? 何がですの?」
「とぼけんな。誰だよ、『いい相手』って」
俺の言葉に紅茶のカップを置くと明美はにっこりとほほ笑んで見せる。
「北大路様ですわ」
「北大路……北大路って、あの北大路か?」
「あの、というのがどのを指すのかわかりませんが、私たちと既知である北大路様であることは間違いないです。パーティーで出逢った北大路様ですよ」
北大路か。ついこないだの話ではあるが、なんだか懐かしい気もするな。と、そんなことよりも、だ。
「……なんで北大路?」
まじで。いや、北大路が優良物件じゃないとは言わんよ。家だって金持ちなんだろうし、イケメンの部類に入るだろうし、運動神経だって――まあ、バスケに関しては文句なしだ。性格だっていいやつだしな。
「……そうですね。なぜ、北大路様なのか、順を追って説明しましょう」
置いたカップを手に取り、紅茶を一口。
「――今、私と北大路様の間で婚約をしたらどうか、という話が出ています」
……いきなり爆弾だな、おい。
「い、許嫁!? 明美様、ご結婚為さるんですか!?」
「……北大路様が魅力的な殿方であることは認めましょう。ですが、私は浩之さん以外の方と婚姻などふるふる御免です」
そういって視線を俺に向ける明美。いや……どないせーと。なんとも言えない表情を浮かべる俺に、明美が一つため息を吐く。
「……そもそも、わが東九条家と北大路家は古いお付き合いです。地盤となる地域は違いますが、お互いに似たような――まあ、名義貸しと資産運用で成り立つ家です。血縁関係こそありませんが……遠い遠い親戚を辿っていけば、姻族程度の付き合いはあるでしょう。まあ、旧家同士ならどこも似たような話ではありますが」
まあ、そうだろうな。この間のパーティーもそうだし……小さい頃は北大路が東九条の本家に遊びに来たこともあるんだもんな。そら、そこそこ仲は良いか。
「北大路のお家には長男様がおられ、北大路の跡はこちらの方が継がれます」
「……んで次男である北大路に東九条家に婿入りさせよう、って話が出てきたってわけか?」
「有体に言えばそうです。私は東九条の一人娘ですし、行く行くは婿を迎える必要があります。変なところから婿を迎える訳にもいきませんし、ある程度、家柄は必要です。北大路としても東九条との縁は繋いでいたいし、もっと縁が太くなれば言うことはない。そこで出てきたのが」
「……許嫁ってわけか」
「……です。『家』と『家』の理論で言えばお互いに良縁です。良縁なのですが」
苦々しい表情を浮かべて見せる明美。
「……本人同士はたまったものではありません」
「……だろうな」
俺だって許嫁云々言われた時はマジかと思ったからな。今は違うぞ? 今は違うから桐生、そんな不満そうな顔スンナ。お前だって最初はひどいものだったんだし。
「茜さん――正確には秀明さんを通して北大路様からは明確にこの婚約に『否』の返答を頂いております。曰く、『俺はまだバスケに集中したい! 許嫁なんて御免被る』と……まあ、こんな感じです」
「……」
「北大路様から連絡をいただきました。北大路様のお家では北大路様――ややこしいので利典様と呼びますが利典様が想いを寄せる女性がいるのであれば、無理に縁談を進めることは無いとのことらしいです」
……なるほどな。
「だから西島か?」
「そうです。お互いに好都合と云えば好都合では無いでしょうか? 正直、渡りに船だと思ったのですが」
あー……まあ、分からんではない。分からんではないが。
「……それ、なんか違うんじゃね?」
巧くは言えんが……なんだろう? それって北大路的にはメリットがあるんだろうけど、西島的にはあんまりメリットがないというか、この状況を打破することにはならんというか……
「別に西島の事が……まあ、心配じゃないというと嘘になるけど……」
西島の事が好きとは言えん。言えんがしかし、なんというか……こう、利用するみたいであんまり気分は良くないんだけど。そんな俺に、明美は人差し指をピンと立てて見せる。
「……先ほどは西島さんがいたので明言は避けましたが……西島さんの現状を鑑みるに、別に『本物』の恋人がほしい訳では無いでしょう? 彼女が欲しいのは『自慢が出来る彼氏』というやつです。トロフィーカレシ、ですね」
「……まあ、そうだろうな」
自分で言ってたもんな、承認欲求強いって。今のイジメられてる現状でも『私のカレシ、凄いんですけど? お金持ちで旧家でイケメンで性格も良くてバスケエリートなんですけど!!』とか言えたら、それだけでマウント取れるのかもしれん。仲違いしたツレの彼氏もバスケ部なら余計に。
「結論から言えば誰も損をしません。私も許嫁は御免ですし、利典様もそう。西島さんには居場所――というか、自らの地位を向上させる『トロフィー』が手に入る。三方徳です」
「……まあな」
「今度、利典様がこちらに来るそうです。バスケの大会……というか、招待試合があるらしいですので。秀明さんの高校と……なんでしたか……正南高校? とかなんとか」
「……ほう」
「興味あります?」
「……少しな」
やっぱりバスケは見ても楽しいしな。秀明の通う聖上と正南、それに北大路の高校ならレベルの高い試合も見れるだろうし。
「ちなみに茜さんもこちらに来ますよ? 二泊三日の予定ですので」
「マジか。実家に言ってるか、あいつ?」
俺の言葉に明美がすっと目を逸らす。なに?
「いえ……『お父さんがウザいから明美ちゃんの部屋に泊めてよ。おにぃも彩音さんも居るし、そっちのが楽しそう』だそうです。智美さんや涼子さん、それに瑞穂さんもお呼びしようと思っていますので彩音様も是非、遊びにいらしてください」
「いいのですか?」
「ええ、ええ! そうだ! 茜さんの中学校の同級生も瑞穂さんと同じ高校なのですよね? なら、皆様お呼びして、女子会などどうですか!!」
「いいですね!」
目をキラキラさせる桐生。うん、楽しそうでなによりです。
「……ま、分かった。ほかに対案もないし……」
やっても損はないのは確かだ。北大路と西島、双方が納得するなら……ま、やっても良いか。
「それじゃ巧くやるか。にしても……珍しいな」
「なにがです?」
「輝久おじさんだよ。おじさん、お前の事溺愛してるだろ? お前が嫌がる許嫁なんてことする人じゃないと思うんだけど……」
まあ、甘いだけの人ではないが……こういう、『子供を利用する』みたいなこと嫌いな人だと思うんだけ――なに? 明美、なんでそんな親の仇を見るような目で俺を見るの?
「……誰のせいだと……」
「ん?」
よく聞こえず、聞き返す俺に。
「――浩之さんが『明美の事なんて眼中にない』とか言うから!! だからお父様、『これじゃお前、一生結婚出来ないぞ……もう、許嫁とかの方が良いんじゃないか? ほら、許嫁が出来て浩之、幸せそうだし。お前もひょっとしたらがあるんじゃないか? 私も浩之の事は諦めたし、お見合いでもしてみるか……』とか言いだしたんじゃないですか!!」
烈火のごとく明美が怒りだした。いや、その……ご、ごめん……




