えくすとら! その百十三 それは、ずっと叶えたかった夢
「……はあ、はあ……ちょこまかと……忌々しい……」
瑞穂からパスを貰うと同時、俺の背中越しに息を荒げた桐生の恨めしそうな声が聞こえて来る。怖えよ。
「……怒るなよ」
「怒って無いわよ!! ただ、こう……なんか腹立たしいの!! 東九条君に良い様にやられっぱなしだし!! そもそもなんなの、貴方達のその連携って言うか、チームワークの良さは!!」
「なんなのって言われても……」
まあ、俺と瑞穂はポジションも一緒で、背格好も似たような――というと語弊があるが、お互いに『自分より大きい相手とマッチアップする』って云うのが普通だったからな。ある程度はプレイスタイルも似て来るし、やっぱり近しい動きになり易い。
「……まあ長い付き合いだからな。ある程度お互いの考えも分かる……というか、まあバスケに関しては手に取る様に分かるかもな。智美や秀明、或いは茜とも長い事バスケはしてきたけど……やっぱり、瑞穂とバスケして来た時間が一番長いし」
何処にパスを出したら嬉しいか、何処でシュートを打ったら嬉しいか、或いはトリッキーなプレイを出すであろうタイミングも、お互いに似たタイプだから分かるっちゃ分かる。分かるんだが……
「……なんだよ?」
先程までぶーたれてた桐生が不意に黙る。そんな桐生に訝し気にそちらに視線を向けて。
「……むぅ」
頬にどんぐり詰めたみたいに頬をパンパンに膨らませた桐生さんが居た。あ、あれ?
「き、桐生?」
「……なによ、それ」
「な、なによって」
「なんか……『俺達、分かり合っています』みたいな雰囲気で……感じ悪い」
「……いや、感じ悪いって」
そう言われても……そう思う俺の服の袖を、桐生がちょんっと引っ張る。
「……ファールだぞ、服掴むの」
「……なんか、イヤ」
「……」
「……仕方無い事は分かるし、こんな嫉妬は醜いってのも分かるけど……」
少しだけ潤んだ瞳で。
「――私より、貴方の事を知っている人がいるのは……悔しい」
縋る様な、願う様な、そんな桐生の表情に思わず息を呑んで。
「――貰った!!」
「……あ」
俺の手の中にあったボールが桐生の右手でポンとタップされる。宙に舞ったボールを素早く奪った桐生がニヤリと笑い。
「理沙さん!!」
「なにやってやがるんですか、浩之先輩っ!?」
桐生の声と瑞穂の――怒声がコートの中に響いた。ちょ、おま! それ、ズルいヤツ!!
「ナイスです、彩音先輩!!」
「ちょ、マジでありえねーんですけど!! 浩之先輩、何考えてるんですか!! 馬鹿なんですか? いいえ、バカなんでしょう!?」
藤原と瑞穂では身長差、体格差は明らか。必死にディフェンスをする瑞穂を嘲笑うかのように悠々と藤原は瑞穂との距離を詰めてシュート。
「ナイス、理沙さん!!」
シュポっという音と共にゴールを潜ったボールを呆然と見つめていると、ポンっと肩を叩かれる。
「油断大敵、ね?」
「……ズルくね?」
「仕方ないじゃない。知ってた? 私、結構負けず嫌いで……ルールに乗っ取っている以上、どんな手段を使っても勝ちたい性分なの」
「……知ってた」
ええ、ええ。知ってますよ。多分、誰よりも俺がよく知っていますよ。
「……くそ、やられてた。なんだよ、お前。演技派かよ。女優でも目指すか?」
マジで。潤んだ瞳とか、あの表情とか一瞬マジかと思ったぞ? お前、顔も良いし女優でも目指せば?
「……馬鹿ね」
「……何が?」
「……確かにズルいやり方だったかも知れないけど……別に演技じゃなくて」
本心だから、と。
「……」
「……重いかも知れないけど、本気でそう思ってるから。だからまあ、演技じゃ無いわ」
「……さよけ」
「ええ。重い?」
「いや……まあ、そこまで思って貰えるのは光栄かも」
ポリポリと頬を掻きながらそう言うと、桐生は嬉しそうに笑って――
「――って、いてぇよ!! 瑞穂、ギブ、ギブ!!」
――そんな俺の耳を、瑞穂が思いっきり引っ張りやがりました。千切れる!! 耳なし浩之になってしまう!!
「千切れる!!」
「千切れて仕舞えば良いんですよ、女の子にころっと騙されちゃうようなこんな耳は」
「ヴァイオレンス!?」
「っていうか、試合中に何考えてやがんですか、浩之先輩!! 真面目にやって下さいよね、真面目に!!」
「……悪かったよ」
悪かったから、耳から手を離して下さいませんかね? いや、結構痛いんですけど……
「……反省して下さい。っていうか、猛省して頂けませんかね?」
「いえ……その……まあ、はい」
……悪かったよ。
「何が一番悪いって、折角の私とのバスケなのに……他の女の子の事を考えている事です」
「……そっち?」
「……智美先輩とか、秀明とか、茜とか……まあ、皆とバスケをして来ましたけど、『私』と『浩之先輩』は特別だと、そう思っていたのは私だけですかね?」
「……んな事、ねーよ」
「……別に……いえ、まあ不満は不満ですけど、普段の時に彩音先輩を一番に考えるのは良いんですよ。でも、バスケで、しかもおんなじチームの時ぐらいは、私が一番でも良いじゃ無いですか。男女の恋愛云々では無くても……そこは、『一番』が良いです」
そう言って、不満そうな視線を向けて来る瑞穂。あー……
「……男女の云々は別に、ね」
「そうです。あ、別に男女の云々でもばっちこいですっ!!」
「ノーセンキューだよ」
「でしょ? なら、『チームメイト』として一番に考えて下さい!!」
「……はいはい」
分かりましたよ。うし! それじゃ……
「……あれ、やっておくか?」
「あれ……ああ、アレですか?」
「ああ。出来るか? 怪我の具合的に」
「そこはあんまり問題無いですね。でも……ま、いっか。公式戦じゃ無いですしね」
「そうそう。やっぱりバスケは楽しんでなんぼだろ?」
俺の言葉に瑞穂がニヤリと笑う。そんな瑞穂に笑顔を返して、俺は後ろを振り返って桐生を見やる。
「あら? 作戦会議は終わったかしら?」
「まあな」
そう言って桐生にボールを投げ、桐生がボールを俺に投げ返して試合がリスタート。ドリブルで徐々に中に切り込んでいく。
「……さて? どんな作戦かしら」
「そんな簡単に――ああ、まあいっか。多分、度肝抜かれるぞ?」
「……へぇ……それは……楽しみね?」
話をしながら、それでも今度は簡単にボールを取らせないという強い意思でゴールに背を向けたまま俺はドリブルを継続。もう少し、あと少し、ジリジリと距離を詰めて――よし。
「……この辺かな?」
「え?」
「瑞穂!!」
「らじゃりました、浩之先輩!!」
藤原のマークを振り切った瑞穂が、俺の真正面にポジショニング。そのまま、俺に向かって全力で走り込んでくる。
「え!?」
「お……らぁ!!」
俺は手に持ったボールを力いっぱい地面に叩きつけ後方に飛ばすと、同時に両手を合わせて腰を落とす。
「ナイス!!」
そんな俺の手に瑞穂が足を掛ける。ぐっ、と瑞穂の膝が沈んだのを見て、俺は落とした腰を上げると同時に瑞穂を宙に投げ飛ばす。
「いけ!!」
「タイミング、完璧!! 流石、私達!!」
宙を舞った瑞穂が高々と跳ねたボールをキャッチする。呆然と見守る桐生と、呆れた様な藤原、その両方の視線を受け、瑞穂は掴んだボールをそのままリングに叩きつける。
「――どうだ!!」
「……は?」
ポカンとその光景を見やる桐生の肩を俺はポンっと叩き。
「……やっぱり、チビの夢なんだよな、ダンクシュートって」
「……サーカス団か何かなの、貴方達?」
胡乱な目を向ける桐生に、俺は黙って肩を竦めて見せた。
安定のタイトル詐欺




