えくすとら! その九十五 発足! ラヴ警察東九条署!
秀明が茜を探すためにテラスに駆ける。そんな後ろ姿を見送った桐生は、くるりと振り返り視線をこちらに向けて。
「……追うわよ」
……やっぱりかよ。
「……追うわよじゃねーよ。いい加減、ラヴ警察に仕事させんじゃねーよ」
「何を馬鹿な事を言っているの? ラヴ警察は年中無休、二十四時間営業よ? 休みなんてある訳無いじゃない。本物の警察だってそうでしょう?」
「……どんなブラック企業だよ」
しかも警察官一人だろうが。本物よりずいぶんブラックだぞ、おい。
「え、えっと……お、追うってのは……まさか、後を付けるちゅう意味ですか? っていうか何ですか、ラヴ警察って?」
そんな俺たちの会話を聞いて頭上にクエスチョンマークを浮かべる北大路。うん、そうだよな? そら、そんな表情になるわな。
「……気にするな。つうか悪かったな、北大路。引き留めて。パートナーの元に戻らなくて良いのか、お前?」
「あ、俺は今日妹と来てますんでそれはエエんですよ。妹の方が社交的っていうか……友達、沢山いますから。むしろ『お兄様? 側に居られては邪魔です』って言われたくらいなんで……」
「……不憫な」
それはそれで非常に可哀想な気もするだが……
「桐生は?」
「御当主様から、『一通り挨拶は終わったから、後は自由にしてください。おじさんの隣でパーティーを過ごすのも暇でしょう』とお言葉を頂いているわ。得る物は多かったので、別に私は御一緒させて頂いても有り難いんだけど……余所者の小娘が一緒では話し難い事もあるかな、と思って」
「……なるほどな」
「……今更ながら、だけどやっぱり東九条の御当主様ね。周りをよく見て、私が会話に入れなかった時はさりげなく会話に混ざれるように配慮頂いたし、同年代の方と盛り上がった時は言葉を控えて頂いたわ。流石にパーティー慣れしていらっしゃるわね……」
感心するようにそう言う桐生。その後、少しだけ意地悪な表情を浮かべて。
「……『桐生彩音さん……ああ、あの桐生家の娘さんですか。まさか、このように美しい方とは。良ければお食事でも』って言われちゃったわ。二十歳ぐらいの男性に」
「……そいつちょっと連れて来い。ぶっ飛ばしてやる」
「ふふふ! ごめんね、ちょっと嫉妬して貰いたくなっちゃった。大丈夫、『恋人、居ますから』ってお断りしておきました。御当主様にも『ウチの分家筋の『いい人』ですので、勝手に口説いて貰っては困りますな』って言って貰ったし」
「……勘弁しろよ」
「なんてね。大丈夫、ただのリップサービスよ、きっと。パーティーではよくある事ですもの」
「お前、ちょっと自分の顔面鏡で見て来い。お前みたいな美人が、輝久おじさんの隣に居たら『フリーなのか?』って思うに決まってるし、声ぐらいかけるに決まってんだろうが」
パートナー随伴のパーティーで、隣が文字通り親子ほど年の離れた輝久おじさんならそう思うに決まってんだろう。あー……やっぱ来るんじゃなかったか? 嫌な予感、完全に当たってんじゃん。
「び、美人って……も、もう! そんなの言われたら嬉しくて顔、戻らなくなるでしょう? や、止めてよね……」
そう言ってにょもにょもとした表情を戻す様にほっぺをぐにゅぐにゅと両手で揉む桐生。そんな姿が意外に可愛くて――
「……あの……仲がエエのはエエんですけど……出来れば、俺の見てへん所でやって貰えません?」
――忘れてた。そうだ、北大路が居たんだ!
「す、すまん北大路!!」
「いえ、仲がエエのはエエんですよ。ほいでもTPOとか考えて……それともアレですか? これがあの『ラヴ警察』ってヤツですか? どっちか言うたら『ラヴ暴走族』って感じなんですけど……所かまわず暴れ回ってますやん」
「……知らないのか、北大路? 白バイ警官には元暴走族だった人も居るんだぞ?」
俺の返答にジトーっとした目を向けて来る北大路。桐生? さっきので北大路が居たのを思い出したのか、こっちも見ずにそっぽを向いているよ。
「はあ……まあ、良いです。それより、ほんまに後を追うつもりですか? 流石にそれはちょっとどうかと思うんですけど……」
「……だよな」
北大路の言葉に頷く。そんな俺らに慌てた様に桐生が両手をわちゃわちゃ振って見せる。
「な、なによ! き、気にならないの!? 貴方の妹と、弟分の話じゃない!?」
「……だからこそ、あんまり見たくない気もするんだよな」
異性の兄妹の『そういう話』はあんまり聞きたくないんだよな。なんとなく、『もにょ』とするし。
「……俺も、ですかね。正直、興味がないとは言いませんけど……告白やなんやらの場面をのぞき見するのはちょっと、ですね。あんまりエエ趣味やないと思いますし……」
「うぐぅ!」
「それに東九条さん、俺らの心配してはりましたけど、自分はエエんですか? 確か、東九条さんの一人娘さんがパートナーや無かったです? 流石にあんまりパートナー放り出して置くのはパーティーでは得策とは言えへん気がするんですけど……」
……そうだな。やっぱり流石に明美にも悪いしな。
「だ、そうだ。桐生、悪いけどそろそろ戻るよ」
「ひ、東九条君!? え、本当に戻るの?」
「いや、戻るに決まってんだろう? 今日の所は明美のパートナーだし……流石に一人置いておくのは可哀想だろうが」
「う……そ、そうだけど……」
心持、しょんぼりした顔を見せる桐生……って、どれだけ好きなんだよ、人の恋バナ。
「そういう訳で俺は帰るぞ? お前も、そろそろ戻ろうぜ?」
「……うん」
あからさまに肩を落とす桐生に、北大路と二人で顔を見合わせ苦笑。まあ、そんなに気にするなよ。後で結果ぐらいは聞いて――
「――話は聞かせて貰いましたわ」
――不意に後ろから聞こえた声に、視線を向けると、そこには腕組をしたままの明美の姿があった。
「……何してんの、お前?」
「それはこちらの台詞ですわ。浩之さん、全然帰って来てくれませんし……」
そう言ってぷくっと頬を膨らます明美。そ、それは……
「……すまん」
「会場を探していれば、何か三人でお話をしていますし……しかも、面白そうな」
そう言って一転、目をキラキラさせる明美。おい。
「……おい」
なんだよ、面白そうって。
「話を聞いてましたら、どうやら茜さんに春が来そうですね。人の事は言えませんが……長い事拗らせていましたもんね、茜さんも」
そう言ってうんうんと頷いて見せる明美。いや、さっきまでの不機嫌そうな――
「……あれ? もしかしてお前も気付いてたの?」
「当り前です。私だって茜さんの姉貴分ですので。悩んでいる姿も見ていましたし、どうするかと思いましたが……これは行く末を見届ける必要がありますわね!」
そう言って明美は桐生の手を握って。
「私もラヴ警察に入れて下さいませ、彩音様!」
「明美様! 勿論です!!」
……うわー……独裁国家の秘密警察みたいなコンビが出来ちゃった……なに? ラヴ警察東九条署とか出来んの?




