第十九話 ドキドキ! 水着だらけの大水泳大会! という表現もあながち間違いではない。
家を出て、涼子と共に映画館に着いたのは十時過ぎ。土曜日という事もあるが、駅前はそこそこ混んでいた。
「……早いな」
「そうかしら? 貴方たちもじゃない」
そんな中、俺と涼子はあっという間に桐生を発見した。なんというか……目立つのだ。確かに美少女感半端ない感じではあるが、『ザ・お嬢様』な感じのその服装は、所詮地方都市でしかないこの街では場違い感すらある。
「ふえー。桐生さん、綺麗だね」
「ありがとう。賀茂さんも可愛らしい服ね」
「そう? お気に入りなんだ、この服」
そう言ってにっこり笑う涼子に桐生も笑顔を返すと俺と涼子に向かって頭を下げた。
「……今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「そんなに畏まらないでよ~。折角だから、楽しもう?」
「……そう言ってくれるなら。それで? チケット代は幾らかしら?」
「あー……良いよ。此処は俺の奢りだから」
「そんな、悪いわよ。お邪魔するのは私なのに」
「お邪魔って。誘ったのはこっちだし、んな気にするな」
手をひらひらと振って見せる俺に、持っていた鞄から財布を取り出そうとする桐生。そんな桐生の手を、涼子が優しく押し留めた。
「……賀茂さん?」
「桐生さん? 此処は浩之ちゃんに出させてあげて。男の甲斐性ってやつだから」
「……そうなの?」
「別に男の甲斐性とまでは思ってはいないが」
そもそも、これって智美と涼子への詫びだしな。詫びを作った原因に奢るのはどうかとも思うが、涼子と智美が良いなら良いだろう。
「っていうか、此処でお前に出せたら智美にも何言われるか分からんからな。黙って出させてくれると助かる」
あいつ、絶対文句言うもん。『はあ? 私と涼子へのお詫びでしょ! 貴方がチケット奢るって話なのに何お金出させてるのよ!』って。結構筋論に煩いし、アイツ。
「……そう? それじゃ……お言葉に甘えて」
遠慮しながら財布を鞄に戻す桐生の姿ににっこり微笑み、涼子は桐生の手を取った。
「それじゃ、いこ? 桐生さん!」
「え、ええ。い、行きましょうか」
あ、アイツ、ちょっと困ってる。友達と映画館に行くなんて初めての経験でテンパってる上に、涼子の距離感にも戸惑ってるようだ。うんうん、仲良き事は良きことかな。
「……貴方、失礼な事考えてるでしょ?」
「美少女二人の仲睦まじい姿は眼福だって思っただけだよ」
「び、美少女って!」
「さ、行くぞ」
戸惑う桐生の背中を押しながら館内へ。土曜日で混んでいるかと思ったが、館内は予想していたより空いており、俺達はセンターのそこそこいい位置に腰を降ろす。
「……」
やがて映画が始まる。ハリウッド制作費史上最高額を更新したとかしないとかの映画であり、ここ最近、テレビCMなんかをバンバン打っている映画だ。内容自体は……不思議の国のアリスと、ネバーでエンディングなストーリーを足して水で薄めて三で割った様な……まあどっかで聞いた事のある内容であり、どちらかと言うと親子で楽しむタイプの映画のようだ。少なくとも、俺の好みでは無かった。恐らく、智美の好みでも無いだろう。
「あー面白かった!」
映画館を出て、それじゃ解散、というのも味気ないとの涼子の提案で、俺ら三人は駅前の喫茶店に陣取った。俺は一人、対面に並んで座った二人はきゃっきゃっと言いながらパンフレットを覗き込んでいる。
「可愛かったよね~、あのヒロインの女の子」
「そうね! ストーリーも面白かったし……やっぱり原作、買って帰ろうかしら?」
「あれ? 桐生さん買う予定だったの? 私持ってるから、良かったら貸すよ?」
「良いの? あー……でも、ありがとう。私、気に入った本は手元に置いておきたいタイプなの。きっと気に入る気がするから、自分で買うわ」
「あ、桐生さんも? 実は私も手元に置いておきたいタイプ」
「賀茂さんもなのね。たまに見直したくなるわよね、本当に面白い本って」
「そうなんだよね~。図書館利用するのも良いんだけど……返さなくちゃいけないから。だから私、折角図書館で借りたのに気に入った本を結局自分で買ったりして」
「分かるわ。私もたまにそういう事あるもん」
まあ、涼子は昔から本が好きだし、桐生もアレだけ勉強できるんだから読者家なんだろうとは思うが……此処まで似てるんだな、二人とも。
「桐生さんもなんだ! 浩之ちゃん、聞いた? 前、『バッカじゃねーの?』って言ってたでしょ! いるんだよ、此処にも! 仲間が!」
「……そっか。良かったな」
正直、馬鹿が二人になったとしか思えんが。読みたくなったらまた図書館で借りればいいじゃん。
「分かって無いわね。図書館は誰かが借りて行って、お目当ての本が無い可能性もあるわ。それに、図書館の蔵書だって入れ替わりがあるし」
「……んじゃそうなってから買えば良いんじゃね?」
不測の事態に備えて置くってのは悪く無いとは思うが、無駄にお金を使うのはどうかとも思う。まあ、読者家にとっては無駄なお金じゃないのかも知れんが。
「その瞬間に読みたい! っていう気持ちがあるの!」
「そうだよ、浩之ちゃん! こう、湧き上がるリビドー的な!」
「なに言ってるのお前!?」
びっくりした。土曜の昼間から飛び出す言葉じゃないぞ、リビドーって。
「ふん。下世話ね。リビドーは別に性的衝動だけを指す言葉じゃないわ。精神分析学ではリビドーを様々な欲求に変換可能な心的エネルギーと定義しているのよ。よって、この場合の賀茂さんの『リビドー』は適切な表現よ。何も間違っていないわ」
「いや、そうかも知れんが……なんだろう? 言い方ってない? 一般的にリビドーってそういう風にとらわれがちじゃん?」
無駄に誤解を招く表現をする必要は微塵も無いと思うんだけど。
「なぜ? 間違って無い事を、なぜ世間の評価に合せて曲げる必要があるの? なにも間違った事は言って無いのに、なんで人の目を気にして言い方や、考え方を改めなくちゃいけないの? そんなの、絶対おかしいじゃない!」
お前、ちょっと落ち着け。なに興奮してんだよ? アレか? 正しい事をしてるはずなのに、悪役令嬢的な口と態度の悪さで周りから疎外されてるからか? 悪いがソレ、自業自得だと思うぞ?
「そうだよ、浩之ちゃん! 正しい事は正しいんだよ!」
お前もな? なんでリビドーの話でこんな盛り上がるんだよ。
「……はぁ。わかったよ」
「ふ……勝ったわ」
「そうだね! 私たちの勝利だよ!」
そう言って二人で『ねー』なんて頷きあう涼子と桐生。随分仲良くなったのは良いんだが。
「そんじゃお前ら、これから水泳の世界選手権の事、『ドキドキ! 水着だらけの大水泳大会!』って言えよ? 人の目、気にしないんだろ?」
「……」
「……」
「なんだよ? なにも間違っちゃいねーだろうが。世界選手権で誰が勝つかな~ってドキドキするし、水着だらけだぞ?」
「……そうだけど」
「……なんか……ねぇ?」
え? なんで『コイツだけは……』みたいな目で見て来るの? 俺の言ってる事、そんなにおかしいか?
「なんでわざわざそんないかがわしい言い方しなくちゃいけないのよ!」
「あれ? お前、一分前の自分のセリフ忘れてんの?」
「忘れてないけど……でも、違うでしょ!」
「なにが?」
「だから!」
「……はぁ。もう良いよ、桐生さん。浩之ちゃんなんか放っておこ? それよりさ、最近どんな本読んだの?」
「……そうね。最近だとミステリーの――」
そう言って俺の事を無視して話始める二人。仲良さそうでいい事だが。
「そうだ! これから図書館いかない?」
「いいわね! 折角だし、お勧めの本を紹介しあう、とかどうかしら?」
「あ、それ良い! それじゃ行こ、浩之ちゃん!」
「そうね。行きましょう、東九条君!」
……これ、俺に借りた本持てって事だろうか?
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