えくすとら! その八十七 パーティー会場到着!!
車内で他愛もない話をしていると、やがて車はパーティー会場であるホテルに到着した。それと同時、助手席に乗っていた明美が勢いよくこちらに振り返って見せる。
「彩音様? 車内ではお譲りいたしましたが……」
「……分かっています。此処までってことでしょう?」
「ええ。少なくとも『今日は』私に浩之さんを貸して頂けるお約束ですし」
「……ううぅ……分かりましたよ」
心持しょんぼりしながらそう言う彩音の頭をポンポンと撫でる。と、ギラっとした目を明美が向けて来た。な、なに?
「……なに?」
「……車内では我慢しましょう。ですが、一歩車の外に出ればポンポン禁止ですよ? さあ、浩之さん? エスコートして下さいまし」
「此処から?」
「ええ、ええ! だって今なら彩音様に見せつけられますから! 私、ガンガン煽って行くスタイルですので!!」
おーっほほほと悪役令嬢みたいな高笑いを上げる明美。お前……なんかキャラ違ってね?
「……壊れた?」
「……明美ちゃん、ずっと前から今日の事楽しみにしてたんだよね~。多分あれ、テンション振り切れたヤツだと思うよ。愛されてるね~、おにい」
「……」
「……色々あるのは分かるけど……まあ、今日は明美ちゃんを楽しませてあげてよ、おにい? 彩音さんもあんまり愉快じゃない気持ちは分かるけど……ほら、何時かは親戚付き合いもしなくちゃいけないしさ? 此処は私に免じて」
お願いします、と両手を合わせて頭を下げる茜。そんな茜の姿に、彩音は肩の力を抜いて苦笑を浮かべて見せた。
「……はい、茜さん。分かりました。というか、元々納得済みで来た事ですしね。文句は無いわ」
「そう言って貰えると……ほら、明美ちゃん! 何時まで高笑いしているのよ! 彩音さんの寛大な心に感謝しなさいよね!」
「ええ、ええ、感謝していますわ! すみませんね、彩音様! 今日は一日、浩之さんをお借りしますので!! なんだったら永久に借りっぱなしでも良いんですけど!」
「……なんか、絶妙にイラっとするんだけど」
「……ウチの又従兄妹が本当に申し訳ありません」
相変わらずの明美に平謝りの茜。その姿はさっきまで不機嫌だった人間と同一人物は思えないほどに大人びて見えた。
「……お前も気分屋だよな。そういう態度出来るならはなっからしておけば良いのに」
「必要な時には必要な分はしますー。そもそも、おにいには言われたくないんだけど? 必要じゃない時は勿論、必要な時もしないじゃん?」
そう言ってじろりとこちらを睨む茜。うん……そうだな。
「……さて、それじゃ明美をエスコートしようかな」
都合が悪い時は逃げるが勝ち。ああ、いや、逃げた訳じゃないぞ? アレだ。何時までも此処に居たら運転手さんの迷惑になるだろう? だから降りただけだからね!
「……ほれ。行くぞ」
後部座席から抜け出した俺は助手席のドアを開けて明美の手を取る。えっと……彩音さん? そんな殺意の籠った目で見ないでくれる? 明美! 勝ち誇った顔をするな!!
「……まあ、あまりイジメると彩音様が可哀想ですね。そろそろ行きましょうか?」
ペロッと舌を出した後、俺の腕に腕を絡ませた明美をエスコートしながらホテルのエントランスを抜ける。
「……どうですか?」
「……何が?」
「彩音様では味わえない感触が浩之さんの右腕にありませんか、という意味です。そして、魅力的ではないですか、この感触。ふにょん、っていう感じでしょう? 彩音様はきっと、ごちん、って感じでは無いですか?」
「……お前、絶対それ彩音の前で言うなよ?」
殺されるぞ、多分俺が。そう思う俺に、何故か明美は不満そうに頬を膨らませた。
「……なんだよ」
「……我儘である事は理解しています。理解していますが……それでも、今日の所は『彩音』と呼ぶのはやめて頂けませんか? せめて……パーティーの間だけでも」
前を向き、少しだけ声を震わせてそう言う明美。ったく……
「……『桐生』もこうやって輝久おじさんの腕に腕絡ませるのか?」
「! あ……」
俺の言葉に息を呑んだ後、明美はにっこりと笑う。
「流石にお父様もそんな事はしませんよ。嫁入り前の娘さん、保護者の立ち位置で紹介するだけです。そもそも、そんな事をしたらお父様が社会的に死んでしまいますので」
「……まあな」
エスコートの基本なんか知らんが……流石に、自分の娘と同い年の女子高生と輝久おじさんが腕組んでパーティー会場に入ってきたら会場が騒然とするわな。
「……ですから浩之さんは安心して下さいな。そして、私とのパーティーを楽しんで下さい」
「……」
「彩音様の事が気になるのは分かります。分かりますが……エスコートする女性の隣で、他の女性の事を考えるのは厳禁ですよ? 失礼ですよ、浩之さん?」
「……りょーかい」
……まあ、そうだよな。桐生だって納得済みだし、なんだかんだ言って明美にも色々世話にもなっているしな。一端、桐生の事は置いておいて、今日はせいぜい明美を楽しませてやるか。
「ま、子供の頃に戻ったと思えばいいか」
「そうですそうです! 昔は参加するパーティーでよく一緒に美味しい物食べてたじゃないですか! あんな感じで楽しんでくれればいいんです」
「そんなんで良いのか? お前、なんかして欲しいんじゃないの?」
「良いんですよ。私は隣に浩之さんが居て、楽しそうにして下さるだけで……それだけで、幸せなんですから」
そう言って明美は聖母の様な笑みを浮かべて。
「――それはそれとして、どうですか? ちょっとぐらいはこう、くらっと来ませんか? 私のこの豊満なバディーで!」
「……最後、なんで残念になるかな~」
ちょっと良い事言ってると思ったのに。ほんと、勿体ないヤツだよな、お前?




