えくすとら! その六十九 煽るな危険
「……」
「……」
「……」
ギリギリと、こちらまで歯ぎしりが聞こえて来るんじゃないかってぐらいの鬼の形相で北大路を睨みつける茜。そんな茜の視線を軽く受け流し、北大路はにかっと笑って。
「……初めてしましたけど……おもろいですね、格闘ゲーム! 俺、ハマりそうですわ!」
「……そうか」
『ギッタンギッタンにしてやんよ?』と、獰猛な、挑発的な笑顔を見せていた茜と、『どれがパンチ……え? なんでパンチボタン、三つもあるんですか?』なんて素人丸出しの北大路の対戦は、茜の表情が物語る通り北大路の勝利と相成った。しかも、パーフェクトゲームというおまけ付だったりする。
……いやまあ、北大路はマジで素人丸出しの所謂『レバガチャ』プレイだったのだが……こう、炸裂したのだ。超必殺技である『コータラヴァーズ』を。この技、エフェクトが無茶苦茶派手だし、主人公である『コータ』に惚れてる可愛い女の子が寄ってたかって相手をボコボコに殴り倒すって技である筋からは『ご褒美』として人気はあるのだが……如何せん、コマンド入力が複雑すぎるのである。
「……まさか『コータラヴァーズ』を出すとは」
俺自身、ゲーセンでも見たことはない。動画投稿サイトで見た事ある程度だし、そもそもその動画自体、『あれは絶対人間がやってない。多分、プログラム』って言われてるからな。まさか生で『子狸アッパー』を見れる日が来るとは……
「あ、あんなのズルい!! ガチャガチャしてたらたまたま出ただけでしょ!! 無効!! 今のは無効試合だっ!!」
「おい、どんだけ暴君やねん!! 負けは負けやろ? 素直に認めーや!」
「うぐぅ……」
「まあ、残念やったな? あんだけ大口叩いたくせにあっさり返り討ちにおうて。あれ? ゲーム、得意やったんやなかったんですかぁ?」
「はぁ? 舐めてんのか、お前っ!!」
そう言って台を叩く茜。って、おいっ!!
「茜! ゲーセンの台を叩くな! 台パン禁止!」
ゲームで負けて台を殴るなんて流石にお行儀が悪すぎるだろう!! そんな教育、お兄ちゃんはしたつもりはありません!
「……まあ、今のは台パンっていうより台ゴンって感じでしたけど。『パンチ』なんて生易しいものじゃないんじゃないですか?」
呆れたようにそう言って首を振る秀明。うん、まあ、確かに台から鈍い音は響いていたけどさ。っていうか、お前、女の子として大丈夫かよ? 台にそんな音させる力で殴るって。
「……親父、茜にはお淑やかになって欲しいって言ってたんだけどな。京都でお嬢様の明美と暮らしたら少しは変わるかもって」
「……おじさんにはお世話になってますんであんまりこういう事言いたくないんですけど……流石に楽観的過ぎませんかね?」
「……否定はせん」
まあ、異性の子は可愛いと言うし、親の欲目とか色々で期待もしていたんだろう。
「……」
「……なに、浩之? なんで私を見るの?」
「いや……」
いずれ彩音と行くところまで行けば彩音も『義娘』になるが……お淑やかとは言い難いしな、彩音も。まあ、そんなところも可愛いと言えば可愛いんだが……親父、我が家にお淑やかな娘は居ません。不憫な。
「……何か物凄く失礼な事を考えられてる気がするんだけど……それより、良いの?」
「ん? 何が?」
「何がって……」
そう言って視線をある方向に向ける彩音。その彩音の視線を辿って――って、おいっ!!
「そもそもゲームなんてまどろっこしいんだよね~。ねえ、北大路? こっからはリアルファイトと行こうじゃない?」
視線の先には、北大路の胸倉を掴み上げる茜の姿があった。
「何言うてんねんお前!? なんで格闘ゲームしてたらリアル格闘になんねん!! どこの世紀末や!!」
「いやいや、今はやりでしょ? 臨場感たっぷりのゲーム……なんだっけ? VR?」
「VRは仮想! 仮想現実の事やっ!! 今、めっちゃくちゃリアルやからっ!!」
「細かい事はいいじゃん。それじゃ――」
「……その辺にしとけ」
左手を握りこんで『はぁー』と息を吹きかける茜の頭に、気持ち強めのチョップを入れる秀明。『いたっ!』という声と共に、茜は北大路を掴んでいた右手を離して両手で自分の頭を抱える。
「いったー……なにすんのよ、秀明!!」
「それはこっちのセリフだ、馬鹿。何考えてんだよ、お前? ゲームで負けたからってリアルで殴り合いしようとすんな」
「だって! あいつが!」
「……まあ、北大路が煽っていたのもあるけど……にしてもだ。北大路も煽るな」
「そ、それはすまんかったけど……ほいでもやな? 俺、あんだけ言いたい放題言われてたんやで? 少しくらい、言い返したっていいやん!! つうか、それでいきなり胸倉掴まられるとか普通、思わへんやん!!」
尤もと言えば尤もの北大路の言葉。そんな言葉に、『はぁー』と深い、深いため息を突きながら。
「――アホが。お前だって小さいころから茜の事知ってんだろ? なら、こいつが煽ったらどんだけ面倒くさいか想像つかないか?」
「……」
「……」
「……ほんまやな」
「だろ? こいつは一々相手にしないのが一番なの。煽ったりしたら面倒くさくなるの確実なんだから」
「……学んで無かった俺が悪い、ちゅうことかいな?」
「……不幸な邂逅だったとは思うし、同情もするけど……まあ、元々陰口叩いてたお前だって悪いだろ?」
「……まあ……せやな」
「だから、そう言って煽るのは止めろ。良いか? あの狂犬の扱いは『流石です。僕が勝てたのはたまたまですから』みたいな事を言っておけば機嫌よくなるんだよ」
「……なるほど」
「そうそう。んじゃ言ってみろ」
「おう!」
そう言って北大路は茜に良い笑顔を見せて。
「いや~、たまたま勝てただけやって! お前、ほんまに強いなぁ~」
「なんだ、その三文コント!! 馬鹿にしてんのか、お前ら!? ぶっ飛ばすわよっ!!」
顔を真っ赤に染めた茜の怒声がゲーセン内に響いた。いや、まあ、うん。そうなるよね?




