えくすとら! その五十六 いつになくグイグイ来る桐生さん
「……」
「……」
通された部屋は……まあ、うん、そこそこレベルの高い、少なくとも高校生が旅行で使うホテルでは無かったので申し分ないくらい、良かった。部屋の広さも広いし、浴室も広いし、綺麗だし、おっきなソファもあるし、なんかいい匂いがするし――
「……ねえ」
「……はい」
――現実逃避、終了。隣からの声に恐る恐る視線をそちらに向けると。
「…………一部屋、しかもダブルにしたのって……わざと?」
怒っている様で、怯えている様で――少しだけ、期待するようで。
そんな視線をこちらに向ける桐生と目が合いました。あ、いや! ちょ、ちょっと待て!!
「ち、違うって! 冤罪だ!! フロントの人も言ってただろ!?」
そう。
最初に『ダブルの部屋』と言ったフロントの人に、何かの間違いじゃないか、ちゃんと確認をしてくれ! と確認を迫った所……どうやら、サーバーのトラブルか何かで二部屋押さえていた所がダブルになっていたらしい。これはまあ、あちらのミスなので、平謝りに謝られた。
「……でも……確認メールで送られて来てたんでしょ? 予約状況が」
「うぐぅ」
……まあ、その後ホテル側から送られた確認のメールは『ダブル』になっていたので、確認を怠っていた俺にも非はあるのだが。お互いに悪いと言う事で、妥協点で今から二部屋をお願いしたのだが……うん、まあ……アレだ。漫画なんかでよく見る『予約が一杯でして』ってヤツだ。今から他の所を押さえる事も、そもそもそんなに土地勘もない場所でホテルを見つける自信が無い俺に、桐生が言ったのだ。
『……別に良いでしょ、ダブルでも。さして変わらないわよ、普段の生活と』と。
……いや、まあね? 『一つ屋根の下』という意味ではさして大差ないだろうが……いや、でもさ? 『一つ屋根の下』と『一つのベッド』って意味合いは全然違うだろうが。
「……はぁ」
やっぱ不味いよな、これ。さっきは勢いに押されて頷いたけど……
「な、なに? どうしたの?」
「……今日、お前は此処に泊まれ」
「そりゃ、泊まるけど――待って? お前『は』? 貴方は?」
「どっかのビジネスホテルでも探す。このホテルは空いてなかっただろうけど、どっかはあるだろう?」
幸い、向こうの不手際って事で一室分は返金になるらしいし、この部屋も割引して貰ったしな。ビジネスホテル泊まるぐらいの金はある。
「そ、そんなのお金がもったいないじゃない!! 折角二人で泊まれる部屋があるのに!! お金だって払ったし!!」
「……まあ、確かにな。それに、近場のホテルが確実に空いてるって保証もねーし……ちょっと面倒くさいけど、本家に連絡入れて泊めて貰うか。事情を説明すりゃ、一晩くらいの宿は提供してくれるだろうし」
此処から距離がちょっとあるから若干面倒くさいが……まあ、背に腹は代えられないか。
「ちょ、ちょっと!! 本家に行くって……東九条の本家って事!?」
「そうだ」
「な、なし! そんなのなしよ! 認められないわ!!」
「認められないって……」
なんでだよ? 俺の疑問に、桐生が一瞬もじもじしたあっと、『きっ』とこちらを睨みつけて。
「だ、だって……本家って、今、明美様がいらっしゃるんでしょ!? 貴方、私を一人にして他の女の所に行くつもり!?」
「言い方!!」
いや……まあ、解釈間違ってはいないんだろうけど……それでも言い方があるだろうが!
「そ、それに! 私、この旅行、本当に楽しみにしてたのよ!! 東九条君とずっと一緒に居れるって!!」
「……俺もだよ」
「それなのに夜に離れ離れって……そんなの、普段より距離が遠いじゃない!! そんなの、寂しい!!」
「……欲望を少しは隠せよ、お前」
いや、嬉しいんだけど。そう思いため息を吐く俺の服の端を掴み、桐生が上目遣いでこちらを見つめる。
「……ねぇ……本当に、いっちゃうのぉ? さみしいよ……そんなの……」
すがる様なそんな瞳。
「……」
「……本当に……だめぇ?」
「……」
「……」
「……だめ」
「……」
「……じゃ、ない」
「……ふふふ! やった!」
小さくガッツポーズを取り、嬉しそうに微笑む桐生。くそ……可愛いかよ。
「……まあ、しょうがねーか。幸い、ソファもあるし……」
そう言って室内に置かれたソファに視線を向ける。まあ、多少狭いが……なんとか、寝る事ぐらいは出来そうだ。此処、二晩泊まる予定だけど、明日は一部屋押さえてくれるらしいし……まあ、なんとかなるか。
「……え?」
「『え?』? 何が『え?』なんだ?」
「……貴方、ソファで寝るつもりなの?」
「そうだけど……どうした? ああ、心配するな。別にお前をソファで寝かせようとは思って無いから」
こういうもんは男が寝にくい方で寝るって相場が決まってんだろう?
「そんな心配はしていません。していませんだけど……その……」
い、一緒に寝ないの? と。
「……アホか」
そう言ってはーっとため息を吐く。そんな俺の仕草に、少しだけむっとした様に桐生がまくし立ててきた。
「あ、アホって!! なによ、アホって!!」
「……あのな? お前、俺とお前が一緒のベッドで寝るなんて事になって……そうなったら、俺がどうなると思う?」
「ど、どうなるって……ど、どうなるの? そ、その、理性が飛んで、わ、私を――」
「単純に、俺が豪之介さんに樹海に送られる」
「――……」
「俺はまだ死にたくないの」
「……」
「……」
「……」
「桐生?」
「……な……」
「……」
「……な、なによ!! なによ、なによ、なによ!! そんな理由なの!?」
「それ以外に理由があるのかよ?」
「こう、もうちょっとあるでしょ!! わ、私の事を……そ、その……」
「なんだよ? 『私の事を』?」
「~~!! こ、このヘタレ!!」
「はいはい。言ってろ、言ってろ。それより桐生、飯食い行くぞ?」
「め、飯って……ねえ!!」
怒ったような桐生を横目でちらっと見ながら、俺はソファの隣に自分の荷物を置いて。
――あ、危なかったぁー!!
高校生男子の理性なんて、殆ど紙と変わらんレベルの薄さしかないんだぞ!! 自分の好きな子で、相手も自分の事を好いてくれてる子が隣で添い寝して何もないと思ってんのか、アイツは!! 絶対、俺の理性が吹き飛ぶに決まってんだろうが!! しかも今日のこいつ、なんかぐいぐい来るし!!
「……なによ、なによ……トラブルとは言え、折角のちゃ、チャンスなのに……」
「なんか言ったか?」
「なんでもないわよ!! それよりご飯でしょ? 早く行きましょう!!」
そう言って肩を怒らせてずんずんと室内を横切る桐生。明らかに『私、拗ねてます!!』と言わんばかりの桐生の姿に思わず苦笑を浮かべながら。
「……んで? なに喰いたい? ヤラシイ話、結構お財布は厚めだからなんでも食えるぞ?」
俺の言葉に、桐生はこちらを睨みつけながら。
「焼肉!! なんだか、腹が立ったからガッツリ食べたい気分なの!!」
……焼肉って、同衾食って呼ばれてるんだが……分かってんのか、アイツ?




