えくすとら! その五十一 頑張れ! ぽんこつお父さん!
今回、滅茶苦茶書いてて楽しかった!
「東九条くーん。準備できた~?」
「んー? もうちょっとかな~」
木曜の夜。自室で荷物を詰める俺に、リビングから掛かる声があった。桐生だ。
「まだ準備出来て無いの? 手伝おうかしら?」
ノックの後、扉の影からひょっこりと顔を出した桐生に俺は苦笑を浮かべて見せる。いやいや、手伝う程の事も無いから。
「二泊三日で日曜日には帰るんだぞ? んな、荷物はいらねーよ」
ちなみに明日は金曜日、本来なら学校があるのだが……良い子は真似するなよ? 自主休校、つまりサボリだ。土曜日の朝に出発しようかとも思ったんだが……桐生がな? 『折角、京都に行くんだったら……一日は、勿体ない』って言うからさ。普段、俺も桐生も結構真面目に授業も出てるし、まあ一日ぐらいは見逃してくれ。
「そうなの?」
「女性とは違うからな。ドレスや化粧品なんかもねーし」
今回のパーティーは平服指定らしいが……『浩之さんのスーツは本家にありますから。サイズもピッタリです』とは明美さんの弁。流石、東九条本家とも思うが……それ以上に明美、お前、どうやって俺のサイズが分かったんだよと思わんでもない。
「そっか……それじゃ東九条君が持って行くものって」
「私服数枚と、下着……くらいか?」
今回は京都観光も兼ねてのパーティー参加だ。かっちりした服装も考えたが、意外に京都って歩き回る事多いしな。それなら、ラフな格好の方が良いだろうって事で荷物も比較的少ない。
「……良いわね、男の子って」
そう言って少しだけ羨ましそうな目を向ける桐生。それも一瞬、嬉しそうに笑いかけて来る。どうした?
「明日は一日、観光だよね?」
「そうだな」
明日はベタに神社仏閣巡りだ。始発の新幹線に乗って、京都駅に着いたらそのままバスと電車で京都観光と洒落込む予定になっている。
「京都は初めてか?」
「初めてという訳じゃないわ。観光地として有名だし……何度かは行った事があるわよ」
「だよな~」
と、なると観光プランを練り直さなくちゃいかんか? 流石に、行った事がある所にもう一回連れて行っても面白くねーだろうし、分家とは言え俺も東九条の人間、こう、京都の穴場的スポットを――
「……ねえ」
「ん? どうした?」
「今、『行った事も無い様な場所に連れて行ってやろう!』とかって思ってる?」
「……」
エスパーか。
「……正解」
「……そう考えてくれるのは嬉しいけど……でもね? 既に何年も前の話よ? 京都観光に行ったの。もう結構忘れているから、別にそこまで考えてくれなくて良いわ」
「……そうか?」
「ええ。むしろ、折角の京都観光ですもの。穴場スポットも面白そうだけど……普通の観光地の方が色々と便利が良いんじゃない?」
「……まあな」
京都の観光産業は偉大だしな。なんていうか……観光地に行くための交通手段も、観光地での利便性――飯食う場所だったり、分かりやすいトイレの場所だったりが整備されているからな。
「穴場スポットに行くには時間も交通手段も限られるんじゃない?」
「そうじゃない穴場スポットをだな」
「そうじゃない穴場スポットは既に穴場じゃないのじゃないかしら?」
「……」
……確かに。
「ふふふ。良いわよ、そんなに気を使ってくれなくて。普通に、誰でも行くような観光地を楽しみましょう?」
そう言って笑う桐生に頭をガシガシ掻きながら、俺も苦笑を返す。そんな俺の苦笑に、桐生がそっと顔を逸らした。え? キモイ?
「そ、それに……何度か観光地には行った事あるけど、東九条――ひ、浩之とは初めてじゃない?」
「……」
「だ、だから……」
それだけで、楽しみ、と。
「そ、それじゃ私! まだ準備があるから!!」
そう言ってバタバタと俺の部屋を後にする桐生――彩音。そう思って貰えるんなら……うん、頑張ろう。
「……」
にやけかける顔を意思の力でなんとか抑え込んでいると、携帯電話が鳴った。スマホの画面を確認すると……え?
「……もしもし、浩之です」
『……久しぶりだな、浩之君』
「……お久しぶりです。そして……ご無沙汰してます、豪之介さん」
電話の相手は豪之介さんだった。このタイミングでって……え? どうしたの?
『息災かね?』
「え、ええ……まあ」
『そうか。彩音も変わりは無いか? 今は何をしている?』
「えっと……彩音……さんは、今は明日の準備をしています。僕もですかね」
『そうか』
「……」
『……』
「……」
……え? な、なにこの電話? どうしたんだよ、豪之介さん?
「えっと……ご用件はなんでしょうか?」
『……用事が無いと電話をかけては行かんのかね?』
「あ、いえ……そういう訳では無いですけど……」
……め、面倒くせぇ! な、なんだ? なに? なんなの?
『……まあ、良い。勿論、用事はある。私だって暇では無いしな』
「……はぁ」
『……なに。大した用事では無いのだが……その、な?』
少しだけ豪之介さんの声が止まる。ええっと……な、なに? これ、なんの間?
『そ、その……』
「……」
ごくり、と豪之介さんが息を呑んだのが分かった。
『――明日、どうやって京都まで行くんだ?』
「……は?」
どうやって京都って……はい? 頭の上に疑問符を浮かべる俺に、電話口の向こうで豪之介さんが捲し立てる。
『彩音に聞いても教えてくれん!! 『折角、浩之君と二人で旅行なの。移動方法と時間教えたら、お父様、絶対に一緒に行こうとするでしょう』とな!!』
「……ええ~」
……え、ええ~。なにそれ?
『無論、君たち二人が仲良くしているのは好ましいし、私だって邪魔するつもりはない。つもりは無いがな? 私だってたまには娘と旅行に行きたいんだ!! 分かるだろう、浩之君!!』
「……分からんでは無いですが……」
まあ、娘は可愛いって言うしな。豪之介さんの気持ちは分からんでも無いが……
「……彩音さんは教えないって言ったんですよね?」
『そうだ! 酷いと思わないか? たまにはお父さんを構ってくれても良いと思わないか!?』
「まあ、お気持ちは分かりますが……すみません、豪之介さん。彩音さんが教えないって言ってるのであれば、僕が教える訳にも行かないと言うか……」
『うぐぅ! な、何故だ!! じゃ、邪魔はしないと約束する!! 新幹線か? 飛行機か? バスか? タクシーか!?』
いや、タクシーの選択肢は無いだろう……いや、待て。金持ち的にはあるのか、タクシーの選択肢。
『なんならウチの家から車を出す! というか、そうしよう!! その方がゆっくり出来るぞ!! 皆で仲良く行こうじゃないか、京都!! 親子、義親子水入らずでさ~!!』
「……ゆっくりするのが目的なら家でゴロゴロしていますよ」
旅行なんて疲れに行くようなモンだしな。
『……浩之君、頼む。教えてくれ。偶然を装って逢いに行くから!!』
「……それ、嫌われるヤツですよ?」
『そ、そうだとしても!! 最近、逢って無いんだ!! 私だってたまには娘に逢いたいんだ!! し、心配するな!! 浩之君から聞いたとは言わない!! 秘書の合田に調べさせた事にするから!! 君にはなんの迷惑も掛けん! だから、後生だ! おしえてくれ、浩之君!!』
「……すみません。お断りします」
『何故だぁーーー!! 彩音にはバレない様にすると約束するから!!』
電話口で聞こえる大音量に少しだけ顔を顰めて耳を遠ざける。向こうから聞こえる息の上がった豪之介さんに、一言。
「――彩音さんがどうとかじゃなくて……単純に、僕も『彩音』と旅行を楽しみたいんですよ」
だから、ごめんなさい、豪之介さん。
「教えることは出来ませんね」
『ひ、酷いぞ、浩之君!! 彩音を独り占めする気か!!』
「生憎、彩音を誰かとシェアするつもりはありませんから」
『その言は親としては嬉しいけど、複雑だ!!』
「あ、それじゃ準備があるんで切りますね?」
『ちょ、待って! 待ってくれ、ひろ――』
プツン、と電話を切って、そのまま電源も落とす。きっと鬼電掛かってくるだろうし……豪之介さんには悪いけど……うん、正直、面倒くさい。
「東九条君、誰かと電話でもしてたー?」
自室からであろう桐生の言葉に何でもないと返し、俺も自分の準備を再開した。さあ、明日は楽しい楽しい旅行だ!




