えくすとら! その四十六 フレンチで夕食を!
「……えへへ」
嬉しそうな顔を浮かべながら、俺の取ったクマのぬいぐるみを『ぎゅー』っと抱きしめる彩音。うん……それだけ喜んでくれたら嬉しいんだが……
「……もっとこうか、俺が?」
サイズ的にはそこそこ大きいぬいぐるみだし、小柄な彩音が持つと身長の半分――とまでは言わんが、結構な大きさになる。前も見にくいだろうし、俺が持つことを提案するが。
「だーめ。折角浩之が取ってくれたんですもの。私が自分で持ちたいわ」
「……そうかい」
そう言ってぬいぐるみを先ほどよりも強く抱きしめて蕩け切った表情を浮かべる彩音。いや、嬉しいんだが……ちょっと目のやり場に困るぐらい、可愛いんですけど。
「……浩之、本当にありがとうね。ずっと大事にするから」
「そう言って貰えれば取った甲斐もあったよ」
結構時間と……まあ、お金も掛かったが、その価値は十分にあっただろう。スマホで時間を確認すると午後五時半。ちょっと早いが……まあ、大丈夫か。
「……んじゃ、行くか」
「行く? 何処に?」
「電車乗って二駅ほど。飯食いに行こうぜ」
「食事……ああ、晩御飯? でも……」
そう言って腕時計を確認する彩音が不思議そうに首を傾げる。まあ、そうなるわな。
「五時半ってちょっと早いか?」
「お腹はそこそこ空いているから、別にそれは大丈夫だけど……電車で二駅も掛けてわざわざ行くって事は、予約とかしているって事?」
「そうだな。一応、六時って言ってるけど、ちょっと早くても大丈夫らしいからさ」
「へー。どんなお店なの?」
「まあ……行ってからのお楽しみ、って所でどうだ?」
「……なんか緊張するんだけど」
「そこまで緊張する所でもねーよ」
顔を強張らせる彩音に笑顔を向ける。まあ、普通の一般高校生女子なら多少緊張はするだろうが……彩音なら問題ないだろ。
「ほれ、行くぞ」
「あ、ちょっと!」
彩音の手を引いて駅までの道を歩く。切符を二枚買って、そのまま駅のホームに着くと、運よく電車が入って来て俺らはそれに乗り込む。土曜日の夕方という事もあり、電車内はそこそこ混んでいた。
「こっち」
「え?」
電車のドアを背にさせて俺がその前に立つ。ドアに手をつけば壁ドンならぬドアドンの完成形の様な姿に彩音の頬が赤らんだ。
「……あ、ありがとう」
「なにが?」
「その……なんて言うか……浩之ってさ? ちゃんと優しいよね?」
「……なんだよ、それ」
ちゃんと優しいって。どんな日本語だよ、それ。
「こう……いっつも思ってたけど、浩之ってちゃんと優しいのよ。その、物凄く特別な事をして貰ったとかじゃないけど……こういう、ちょっとした所とかが、ちゃんと優しいと思うのよね」
「……」
「今日だって車道側歩きそうになったら浩之が車道側にさりげなく行ってくれたでしょ? ああいうちょっとした仕草っていうか……行動? そう云うのが、こう……あ、愛されてるな~って……」
さっきまで赤らんでいた頬が真っ赤に染まる。なんだよ、それ。可愛いか。
「……ちゃんと大事だし、ちゃんと、その……あ、愛してるし」
「……ふふふ!」
「……なんだよ、その笑顔。感じ悪いぞ?」
「ごめん。でも……う、嬉しいな~って」
「……」
「浩之?」
「……お前、絶対に他の男の前でそんな顔するなよ?」
「そんな顔? え、私そんな変な顔してた?」
「そうじゃなくて」
トン、と。
軽く電車のドアに手をついて、耳元に唇を寄せて。
「――すげー、可愛い顔。幸せそうな顔、しやがって」
「――っ!! ~~……!!」
これ以上朱に染まる事は無いだろうと思っていた彩音の顔が更に赤みを増す。そっと彩音から体を離しかけて、俺のシャツが彩音の手で掴まれた。
「……しないよ」
「……」
「浩之の前で以外……しないもん」
拗ねた様な、喜んでいる様な、怒っている様な……幸せそうな。
色んな感情がないまぜになった様な表情でそんな事を言う彩音の頭を優しく撫でる。本当はそれ以上も……とか思ったけど、電車内だ。自重、自重。
「……この駅?」
「そうだな。降りるぞ」
やがて電車は目的地へ到着。彩音の手を引いて電車を降りると、俺は目当ての場所まで歩みを進める。駅前の繁華街を抜け、俺らの住む新津程ではないにしろ、そこそこ閑静な住宅街に足を踏み入れる。
「……こんな所にお店、あるの? 住宅街みたいだけど……」
「住宅街の中にある隠れ家的なお店だってよ」
「……知らなかったわ」
「そっか。そりゃ良かった」
「良かった?」
「知ってたら感動も薄れるだろ?」
「……確かに。それじゃ楽しみにしておくわ」
微笑んでそう言う彩音の手を引いて、俺は住宅街を歩く。程なく、一軒のお店の前で足を止めた。
「……フレンチ?」
「正解。流石に女子高生連れてフレンチレストランは敷居が高いかと思ったけど……お前なら大丈夫だろ?」
「マナーの話? それは大丈夫だけど……」
だよね。流石に普通の女子高生……まあ、瑞穂とか智美だったらこんな場所に連れて来ないが、彩音ならきっと大丈夫だと思ったんだよな。俺? 俺はまあ……一応、東九条の人間だしマナーの基礎ぐらいは分かる。
「マナーは大丈夫だけど……その、お金は? 決してお安くないんでしょう? 私、持ち合わせがあんまり無いんだけど……か、貸してくれる?」
「そこまで高くない、らしい。つうか、貸すってなんだ、貸すって。奢るに決まってんだろ? 心配するな。軍資金はある」
「で、でも……此処は流石に……それに私、今日はお財布が全然軽くなってないし……ざ、罪悪感があるんだけど……」
「此処でお前に金出させたら母さんにしばかれるわ、俺」
流石に二人でコース頼んでもお釣りがくる程度には貰ってるし。有効活用だろ、これ。
「……良いのかしら?」
「まあ、たまにはいいんじゃねーか? 自分のお金じゃないのが格好悪いけど」
本当に。次来るときはバイトでもして金溜めてこねーとな。今回はまあ、特例という事で勘弁してくれ。
「……それじゃ、お言葉に甘えて」
「おう。そうしろ、そうしろ」
そう言って俺はフレンチレストランのドアを押し開けて。
「いらっしゃいませ! お待ちしておりました、浩之先輩、彩音さん!」
可愛らしい制服を着てにっこりと笑顔を浮かべる藤田妹に手を挙げた。おお……彩音がポカンとした顔をしてるな。




