えくすとら! その三十四 らぶれたー・ぱにっく! その四
藤田が相談に来た翌日の夕方の五時。俺と桐生と藤田は連れ立って学校から二駅の駅に来ていた。ホームを出て、駅前の広場に着くと、そこには街灯に背中を預けてスマホを弄る一人の女子高生の姿があった。
「……あの人?」
「ああ。あの人が琴美ちゃんのお姉さんの西島先輩」
降り立った人々が彼女の横を通り過ぎたのに、電車が来たことに気付いたのだろう。駅舎に目を向けた女子高生――西島先輩と目があった。
「……お待たせしました」
「ううん。アタシも今着いた所だから。ええっと……そっちが昨日言ってた子?」
「はい」
「初めまして。東九条浩之です」
「桐生彩音です」
「……ん?」
「……どうしました? 西島先輩」
少しだけ訝し気な表情を浮かべる西島先輩に藤田が声を掛ける。どうした?
「いや……どっかで聞いた事あるなって」
そんな西島先輩の言葉に少しだけ疲れた様に桐生がため息を吐く。ああ、なるほど。そりゃ桐生、悪役令嬢で有名だもんな。
「……ああ。それは私の事では無いですか? 私、そこそこ有名です――」
「――ああ! 東九条君ってこないだの市民大会で活躍した子? 琴美がきゃーきゃー言ってた!」
「――の……で? ……へ?」
……まさかの俺だった。あ、あれ?
「すっごい格好良かったんでしょ? 聞いたよ、いずみから。ブザービート? ブザービーター? なんかそんなの決めたんでしょ?」
「……いずみって誰ですかね?」
「あれ? 女バスと試合したんじゃないの? 居たでしょ? 狐みたいなキャプテン。親友なんだ、いずみ」
「ええっと……ああ、雨宮先輩ですか?」
「そうそう。ああ、そう云う意味ではもしかして貴方にも迷惑掛けちゃったかな? ウチのバカな妹が?」
「ええっと……いえ、そんな事は無いです」
まあ、ちょっとだけ絡まれたの絡まれたけど……
「……少なくとも、藤田よりは実害はないですね」
「あちゃ。ウチの妹の事、実害って言っちゃうか」
「……ご存じだと思いますけど、藤田にした扱いってあんまり褒められた行為じゃないとは思いますよ?」
本人があんまり気にしてないから俺が言う事じゃ無いんだろうが……まあ、『親友』とまで呼んでくれてるツレが利用されてるってのは……面白くはないのは面白くはない。
「うん。その辺りは充分承知しているから。だからまあ、詫びも込めて藤田を食事に誘ってみたんだ。そしたらまあ、結果的に君たちまで来ちゃったけど……まあ、丁度良いわ。それじゃ行こうか。イタリアンで良い? 晩御飯にちょっと早いけど、奢ってあげる」
さ、行こうかと前を歩く西島先輩。その西島先輩に着いて行こうとして。
「……どうした、桐生?」
「……貴方、さも自分は有名人ですって言い掛けて全く気付かれなかった恥ずかしさ、分かる?」
「……」
「……」
「……穴が有ったら入りたい?」
「……自分で穴を掘りたい気分よ」
そう言って肩を落とす桐生に掛ける言葉は無かった。
◆◇◆
「……ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした。まあ、アタシが作った訳じゃないけど」
イタリア料理のコース料理を堪能した俺らは食後のエスプレッソに舌鼓だ。
「……その、藤田君はともかく私達は払いますよ?」
「ん? 良いよ。さして使う宛も無いし、遠慮しないで」
「……ですが、此処、そこそこ値段がするのでは?」
そう。俺らが連れて来てもらったイタリア料理のお店は……なんだろう。千葉県民御用達のサから始まるファミリーレストランとは一線を画す『ちゃんとした』レストランだったりした。いや、別にあのファミレスチェーンを馬鹿にするつもりはさらさら無いが、流石に一人頭数千円は簡単に行くと思うんだが。
「……まあ、遠慮があるんならこれからアタシが話すお願い事も聞いてくれたら良いよ。それでチャラで良い」
「……聞けるかどうかはちょっと保証しかねますが……」
「聞くぐらいは聞いてよ。叶えて、とは言わないから」
「……」
桐生と二人で目を見合わせて……頷く。まあ、そう云う事なら。
「話ってのは琴美の事なんだよね。藤田にはちょっと話したけど……ウチの妹、ちょっと……っていうか、だいぶ、調子に乗ってるんだよね」
「……ええっと」
『はい、わかります』と言ったら失礼だろうか。きっと、微妙な表情をしていたであろう俺に、西島先輩は苦笑を浮かべて見せる。
「ああ、気を付かわなくて良いよ。まあ、実際、調子に乗ってるし。調子に乗る原因もあるにはあるんだけど……まあ、それは君たちには関係ない話だしね」
「……調子に乗る原因、ですか?」
ちょっと気になるんだけど。そんな態度が顔に出たのか、西島先輩は苦笑の色を強くした。
「……自分で言うのはなんだけど、アタシも琴美も容姿はそこそこ良い」
「……まあ」
「くわえて、アタシは空手で一応全国まで行ってるし、すぐ下の妹は折が丘通ってるんだ」
「折が丘って……優秀ですね」
折が丘高校、通称『オリコウ』はこの辺りじゃ一番の進学校だ。天英館から比べれば正直ツーランクくらいは上である。涼子が中学校の先生に行け、と言われていた高校である。
「琴美には何にも無いからね。運動神経も普通だし、頭もさして良い訳じゃない。そういう意味じゃコンプレックスの塊なんだよね。ちょっと容姿が良いからって、直ぐに自分より下の子を見つけて来て見下すし、人付き合いも上手い方じゃない。根性ねじ曲がってるんだよ、あの子」
「……」
「なんでまあ、あの子はあの子でいつイジメに合ってもおかしく無いしね。今はアタシが守ってあげられるけど、卒業したら守っても上げられないじゃん」
「……なんかどっかで聞いた事ある様な」
まんま、昨日藤田が言ってた事じゃん。
「……ふーん。やっぱり面白いね、藤田」
「……恐縮です」
「迷惑掛けた以上、『けじめ』は大事かなって思ったんだけど……そんなアタシに藤田は『罰は無くていい』って言うし……そんな子なら、力になってくれないかなってね」
「……力って」
「別に友達になってあげてくれってワケじゃないんだ。仲良くしてくれとも……もし、あの子がいじめに会ってたら助けてやってくれ、ともいうつもりはない」
ただ。
「一緒になってあの子の『敵』に回るのだけは……勘弁して貰えないかな?」
「……」
「藤田にも勿論、東九条君にも迷惑掛けたと思うんだけど……それでもさ? なんとかあの子の敵に回るのだけでは許してやって貰えないかな?」
眉を下げてそんな事を言う西島先輩。その姿は、本当に妹の事を大事にしている『お姉ちゃん』の姿で。
「……分かりました」
「藤田?」
「先日も言いましたけど……俺も有森も別に敵に回るつもりは無いです。まあ、味方になれるかどうかは微妙なラインですけど……少なくとも、敵にはなりませんから」
「……ホント?」
「……俺だって、自分の彼女がいじめに加担しているのは見たくないですし」
藤田の言葉に、西島先輩はにこやかに笑って。
「……ありがとう! それじゃまあ、デザートでも食べて!」




