えくすとら! その二十一 桐生彩音のダイエット大作戦 ~承章~
ダイエットを決意した私の行動は早かった。時間も遅いし、運動はまあ……この時間からするのはちょっと難しい。ならば、簡単に出来るのは食事制限だ。幸い……というか、私は結構意思が固い方だし、ちょっとぐらい食べなくても我慢できる。
「……あれ? どうした、桐生? 食べないのか? 食欲が無いとか?」
「……そ、そんな事はないんだけど……」
「あー……もしかして、不味かった? すまん」
「そ、そうじゃないわよ!! お、美味しいわ!」
――そう思っていた時期が私にもありました。
「本当か? 無理して食べずに残しても良いぞ?」
「そ、そうじゃないわよ! む、無理なんかしてないから!」
……うん、無理。だって東九条君、心なしかしょんぼりしてるもん。あんな顔させたら流石に心が痛いが……でも、ダイエット中って東九条君に宣言するのは即、『太りました』と白状しているのと同義。それだけは避けたいのよ、私も!
「……もしかして、体調でも悪いのか?」
そう言って少しだけ心配そうに眉根を寄せた後、立ち上がって私の傍まで歩いてくる東九条君。
「――あ」
「……熱は無さそうだけど……大丈夫か? もう休むか、今日?」
私の額に手を当てて心配そうにそういう東九条君。なんかこう……も、物凄く『大事』にされている感があって良い!! これ、好き!!
「桐生?」
「だ、大丈夫! 美味しいし、体調も問題無いわ! さあ、東九条君! 冷める前に頂きましょう!!」
額に当ててくれている手を――まあ、ひじょーーーーに名残惜しいが、ゆっくりと離して微笑みかける。そんな私に少しだけ心配そうな顔をしながらも、東九条君はそのまま自席に戻る。
「桐生がそう言うなら良いけど……無理はするなよ?」
「……うん」
あー……これ、本当に不味いわね。なんというか、本当に私の具合を心配してくれているのが物凄く伝わって来て……そ、その……あ、愛されてるな~って思っちゃう。
「……ふふふ」
そして、抱いた少しの罪悪感。私の都合で、彼にこんな心配をかけている事にちょっとだけ胸がチクリと痛む。
「……さあ、それじゃ東九条君! いっぱい食べるわよ! おかわりとか、しちゃおうかな~」
だから……その罪悪感を少しでも減らす為に、私は東九条君が作ってくれたご飯を沢山食べようと心に誓った。
……だ、ダイエットは明日からするもん!
◆◇◆
「……彩音……アンタ、目の下のクマが凄いよ? どうしたのよ、それ?」
「……ファンデーションで隠してるつもりだろうけど……観たら一発で分かるよ、彩音ちゃん?」
「……そうかしら? それより、聞いてくれるかしら? MAX体重から二キロも減ったわ。後、一キロ減らせば……元の私に戻るわよ!」
にっこりと笑ったハズなのに、なぜか智美さんと涼子さんが引き攣った顔を浮かべて見せる。なによ?
「……百年の恋も覚めるよ、彩音ちゃん」
「……うん。なんか幽鬼みたいな顔してるし……ちゃんと寝てるの?」
ちゃんと寝てるか、ですって? 何を言っているのよ、智美さん。
「寝ているわけないでしょう?」
「は? ね、寝ている訳ないでしょうって……アンタ、何言ってるのよ!?」
「人間、寝ている時間なんて死んでいる様なモノでしょう? なら、その間に体を動かした方が効率的に痩せれるわ。だから……睡眠時間をトレーニングに当ててるのよ」
「……」
「……」
「……それは健康に悪いよ、彩音ちゃん」
「そうだよ。もうちょっとこう……健康的に運動するとかさ?」
「……私だってそうしたいけど……」
最初は、ジョギングに行こうかと思ったのだ。思ったのだが……
「……急に私がジョギングし始めたら、東九条君どう思うと思う?」
「どう思うって……」
「『健康の為に』って言っても絶対思うでしょ! 『ああ、ダイエットしてるのか』って!」
「「……」」
「……それだけは絶対イヤ! 東九条君にだけはダイエットしてるってバレたくないもの!」
「……まあ……気持ちは分からないでも無いけど……ヒロ、そこまで気付くかな?」
「んー……でも浩之ちゃん、結構鋭いところあるし……意外に気付くかも知れないよ?」
「あー……でもさ? 別にダイエットしてるってヒロにバレても良くない? 私らも結構言ってたよね? ヒロにダイエット中って」
「ああ、うん。そうだね。別にそんな事で浩之ちゃん、馬鹿にしたりはしないよ? むしろ努力してるって思ってくれると思うけど……」
そう言って労わる様な視線を向けてくる二人。その視線が有り難く……そして、少しの疎外感も覚える。
「……それは……貴方達が幼馴染だからじゃないかしら?」
「どういう意味?」
「まだ男女の別も無い時代から兄妹の様に過ごして来た訳でしょう? だから、別にダイエットくらいで恥ずかしいと思わないし、東九条君も過剰な反応をしないのでは無くて?」
「……まあ」
「……そう言われると……そうかも。今更ダイエットくらいじゃヒロも何にも思わないだろうし……もっと恥ずかしい姿も見られてるしね。恥ずかしいとは思わないかも」
「……それはあるかもだね」
「……私はその……出逢いも皆より遅いし……『女性』として出逢ったから」
だから……東九条君に、みっともない姿は見せたくない。
「……頑固だね~、彩音も。まあ、そこまで言うなら尊重するわ。それより早くお昼ご飯たべよ? 時間無くなるし。涼子、今日のお弁当は?」
「今日も一杯作って来たよ~。さあ、彩音ちゃんも食べて?」
そう言って箸を差し出してくる涼子さん。そんな涼子さんに私はゆっくりと首を左右に振って見せる。
「ありがたいけど……今日は遠慮しておくわ」
「……食事制限? でもね? お昼はきちんと取った方が良いよ? もし食事制限するなら晩御飯の方を減らすとか……」
言い掛ける涼子さんを手で制し。
「しているわ。昨日、東九条君の帰りが少し遅かったから……先に食べた事にして、夕食は食べずに過ごしたわ」
「……はい?」
「ちなみに今日、東九条君は日直で朝が早かったから朝御飯の時間もずれたから朝も食べて無いわ。これでお昼も抜けば……ふふふ……家に帰ってからの体重計に乗るのが楽しみね?」
私の笑顔に智美さんと涼子さん、二人で顔を見合わせてブルリと震えて見せる。な、なによ?
「……彩音」
「……彩音ちゃん」
「「……今の顔、本当に怖い。なんか情念が籠り過ぎて」」
「……なっ!」
じょ、情念って! だ、だって仕方ないでしょ!!
「私は痩せたいの! だって、痩せないと東九条君……に……きら……」
……よく考えれば、当然の帰結だった。
「彩音!?」
「彩音ちゃん!?」
晩御飯を抜き、徹夜をし、朝食も抜いた状態で不意に立ち上がって大声を出せば、人はどうなるか。
「……きゅう……」
自身の喉から変な声が漏れたのを知覚しながら……最後に私が見たのは、三人に分裂して心配そうな、それでいて焦った顔を浮かべる智美さんと涼子さんの姿だった。




