第百五話 練習試合開始! そしていきなり第一Q終了。
浩之君と桐生さんのいちゃらぶはもうちょっと待ってね。
バスケットの試合は基本、クオーター制と呼ばれ、試合を四回に区切って行われる。第一クオーターを十分間行い、その後二分休憩、第二クオーターを十分間行い、その後にハーフタイムとして十分間の休憩に入り、第三、第四と同じ流れで繰り返し終了、というのが高校生や大学生、或いはプロや国際大会の試合になる。ちなみに、NBAは一クオーターの長さが十二分で、ハーフタイムが十五分だ。カテゴリーが上がるほど試合時間は長くなるのが通例だが、NBAが国際大会よりカテゴリーが上な訳では……無いと思う。まあ、アメリカむちゃくちゃ強いけどな、バスケ。
「……お疲れ」
「はあ……お疲れ」
ちなみに今回の試合は男女混合の青年の部のレギュレーションに合せて一クオーター八分で行われる。今は一クオーターが終了して二分のインターバルだ。スコアボードに着いた数字は十六対七で。
「……な? 上手くなってるだろ?」
俺達混成チームがリードしている。スコアボードをマジマジと見つめ、桐生は少しだけ驚いた様に視線をこちらに向けた。
「……私達、強いの? 女子バスケ部相手に、こんなスコアって……」
「強いって言うか……まあ、こうなるだろうと予想はしていた」
別段、バスケに限った話では無いが、とかく対人のスポーツというのは男女の差ってのが大きく出る。テニスにしたって、バレーにしたって、野球やサッカーにしたって、どうしたって男子の方が有利になるのは仕方ない。実際、ウチのチームのセンターは秀明だが、女子としては比較的その高い方の有森と比べても十センチ以上の差があるんだ。ゴール下は秀明無双だよ。
「智美がこっちのチームだし、瑞穂は不在。レギュラー陣二人抜けりゃ、そりゃ厳しいだろう」
加えてこっちには現役の女子バスケ部のエースである智美、名門聖上でベンチメンバー張ってる秀明、それに……まあ、こう見えて一応は県の選抜候補に選ばれた俺が居るんだ。五人中三人が経験者、内二人はバリバリの現役で、一人は選抜候補なら……まあ、負けたら少し格好が付かないとは思ってた。チームワークも良いしな、俺ら。
「お前や藤田の動きも良いしな。さっきのスリー、ナイス」
実際、十六点の内五点は桐生が、残り四点は藤田が上げている。試合慣れを考えて二人にパスを多めに投げたのを勘案しても、これは結構優秀な数字だろう。桐生は卒なく動いてパスを受けてスリーを決めて見せたし、藤田は藤田で例の『犬は喜び庭駆けまわる作戦』で相手陣内をかき乱してくれているし。
「……これなら例の名門チーム連合にも勝てるかしら……?」
「……まあ、それは高望みし過ぎかも知れんが……少なくとも、絶対に無理ではないだろうな」
今日の感じなら十分に手応えはある。秀明や智美は今のままで良いし、藤田のあの作戦は使える。桐生のスリーの打ち方も悪くない。つうか。
「……お前、マジでスリー上手いな」
「先生が良いから」
「……藤原か?」
「……ばーか。本気で言ってるなら清々しいくらいのおバカさんよ?」
んべ、と舌を出す桐生。そんな桐生の視線に、俺は頭を掻いて応える。分かってるよ。照れ隠しだよ、こん畜生。
「……俺、そんなに教えた記憶無いけど?」
「見取り稽古って知らない? 見て学ぶってのがあるのよ」
「……はいはい」
「藤原さんを馬鹿にするつもりも、感謝もしないつもりも無いのよ? でも……私の中で、貴方のシュートフォームが一番綺麗だから。ついつい、真似しちゃうのよね」
「……さよけ」
「左様です」
「それは何か? 許嫁贔屓か?」
「そうね……『女の子贔屓』って事にしておきましょうか」
「女の子?」
「前に何か着くのよ。教えてあげないけど」
そう言って桐生は席を立つと智美の元へ。『ナイスシュート、桐生さん!』『鈴木さんも!』なんて会話を交わす二人を見ていると、視線を感じた。藤田だ。
「……試合中にいちゃつくの、辞めて貰って良いですか~? 士気が落ちるんで~」
「いちゃつくって……そんなつもりは無いが」
「はいはい」
「あのな……と、藤田。ナイスプレイ。あの作戦、良いな。本番でも使うぞ?」
「お? そっか? 最初はどうなる事かと思ったけど……でもさ? 俺、さっきから攻めてばっかりだぞ? 折角、ディフェンスの練習したのに使ってないというか……」
藤田のマッチアップは身長百六十半ばくらいの女子だ。此処でもセンター同様、十センチ以上のミスマッチがある。
「お前の手の内は全部有森に知られてるだろうしな。敢えてディフェンス粘っこいヤツの所に行かせんだろ。オフェンスにしても身長差もあるし、打ったら落ちるの祈れ、ぐらいは言ってるんじゃないか?」
実際、藤田のシュートは四の二で、シュート成功率は五十パーセント。まあ、これでも初心者にしては大健闘と言って良いだろうが、もうちょっと入れば言う事はない。
「むむむ……それはつまり、俺が舐められてるって事か?」
「そうじゃねーよ。攻めやすい所から攻めようって話だろ?」
不満そうに頬を膨らます藤田。止めて。お前がしても可愛く無いから。
「……ま、そこの所はこの後の練習で秀明に付き合って貰え。さ、そろそろ第二クオーター始まるぞ?」
「分かった!」
そう言ってコートに戻る藤田。その後を続く様に動く面々を眺めながら俺もその背に続くと、不意に掛かる声があった。
「……上手いね、君たち」
雨宮先輩だ。
「……うっす」
「まあ、女子と男子の体格の差もあるし……そっちには智美も居るし、あのセンター、聖上の秘蔵っ子でしょ? 東九条君も上手いし……それに桐生さん! あの子、バスケ部入らないのかな? 君から言ってくれない?」
「勧誘は直接本人へお願いします」
「良いの? 智美から聞いたけど……桐生さんのマネージャーじゃないの、君?」
「……」
智美……誰がマネージャーだ、誰が。
「違うのか。悪役令嬢って言われてたあの桐生さんがあんなにとっつき易くなったのは優秀なマネージャーの手腕だって聞いてたんだけど。悪役令嬢をモテモテ令嬢にプロデュース的な」
「……東九条Pですか、俺?」
「お? 格好いいじゃん」
何処がだ。
「それに、ウチのチームにもう一人居ますけど?」
「ああ、藤田君?」
「……知ってるんですか?」
「雫が『藤田先輩、藤田先輩』って五月蠅いからね~。まあ、あの雫に春が来たんなら喜んで見守るけど。どう思う?」
「……幸せになって貰えれば」
「そうだね~。ま、冗談はともかく、あの子も厄介だよね~。動き自体はあからさまに素人なんだけど、要所要所で良いプレイしてるし。あのちょこまか動き回る作戦は中々厄介だ」
「……でしょう?」
「お? 認めてる感じ?」
「努力家ですからね」
「……努力家か~。初心者でしょ、彼? 分かる気がする」
「……アイツ、嫌いらしいんっすけどね? 努力家扱い」
「ははは。面白い子じゃん。雫が気にするのも分かる気がするよ」
そう言って雨宮先輩はにっこりと微笑む。
「ま、そんな厄介な子を育てたのは雫でしょ? なら……自分で責任取って貰おうかなって」
「――あれ? 有森?」
「さあ、藤田先輩! マッチアップは私ですよ!!」
「……あれって」
「と、言う事で」
選手交代です、と。
嬉しそうに雨宮先輩は笑って見せた。




