11話
月日が過ぎ、二人目の我が子も無事に生まれた。男の子だ。
二人目の子が男の子でも女の子でも、今度は私が名付け親になると夫婦で話し合って決めていたため、リリィが生まれるより前から考えていた「ライル」という名をつけることにした。
「小さくてかわいい」
「そうだね、かわいいね……」
エクトルとリリィが二人でゆりかごを覗き込んでいる。すやすやと眠るライルの白い髪を、傷つけないようにそっと撫でるリリィの表情は柔らかい。頭上にも好意を示す薄紅色が伸びており、弟をかわいがろうという気持ちが強いようだった。
「どうしよう、世界一可愛い子供が増えちゃった……」
「ふたりいても世界一なんだ?」
「うん。リリィは世界一可愛い娘、ライルは世界一可愛い息子、そしてシルルさんは世界一可愛い奥さんだね……」
「お父さんは世界一可愛いをたくさん持ってて幸せだね」
「本当にそうなんだよね。俺ってなんて幸せ者なんだろう……」
昔のエクトルからは想像できないほど笑み崩れた彼は、視界の中に娘と息子と私を収めて満足そうにとろけている。もちろん喜びを示す橙色の線も、恋の桃色も、薄紅色も並んで天井を突き抜けているため、その幸福を疑う余地はなかった。
(私が幸せにしたいと願っていたけれど……よかった、ちゃんと叶って)
出会った頃のエクトルは作り笑顔を張り付けて、苦痛を抱えながらそれを表に出せず、誰にも助けを求めなかった。それが今はどうだろう、喜びのあまり笑顔を引っ込められなくなっている。私はきっと、こういうエクトルが見たかったのだ。……それが叶ってよかったと心底思っている。
回復魔法で自分を癒したというのに休むように言われて、あまりベッドから出してもらえない私は、上半身だけを起こした楽な姿勢で三人の愛する家族を見つめた。エクトルも変わったけれど私も随分変わったものだ。家族などいらないと思っていたのに、今はこの光景を宝だと思っている。……私自身もとても幸せだ。
「ライルは私にとっても世界一可愛い弟だから、守ってあげなきゃ」
「リリィは世界一素敵なお姉さんになるに違いないね」
「うん、そうなるよう頑張る。……大丈夫、お父さんはもう世界一素敵なお父さんだから」
「……うう……リリィがだんだんシルルさんに似ていく……」
「……? お父さん、何を心配してるの?」
娘が可愛くていい子で嬉しいと同時に、どこか心配でもあるらしく藍色が伸び縮みしている。口説かれることに弱いエクトルの心境は、リリィにはまだ分からないに違いない。
リリィの性格は私によく似ている。好奇心が強く、世話焼きなところがあって、親としては優しい彼女の性格を喜ぶと同時に心配でもあった。……私たちは魔法使いだから。親切にしすぎると危険かもしれないのだ。
「そろそろミルクの時間ですね」
「あ、シルルさんは動かなくていいから。俺がライルを連れていくから」
「過保護ですよ、私はもう元気ですし」
「いや、それでも。シルルさんは充分世界一のお母さんだから休めるところは休むべき」
「うん。お父さんの言う通りだと思う」
まだ「世界一」の話は続いていたのかと笑いながら、エクトルが連れてきたライルを抱きかかえた。エクトルによく似たはちみつ色の瞳がじっとこちらを見つめている。
この子は私から髪色を、エクトルから瞳の色を受け継いでいた。白髪も赤い瞳も遺伝するのは珍しいので、姉弟で片方ずつ受け継いでいるというのはかなり低い確率だろう。
(髪色を受け継いでもこの子は魔法使いではない。……それでも魔法使いの子だから、背負うものがある)
ライル自身は魔法使いでなくても母と姉は治癒魔法を持っており、ライルに子供が生まれればそちらに受け継がれる可能性もある。まだ生まれたばかりの彼は何も分からないだろうけれど、将来それが重荷にならぬよう、私とエクトルはこの子と、そしてリリィを守り育てなくてはならない。
――それから数か月がたち、ライルが四つん這いで歩き回るようになった頃。それは起きた。
小さな子供はふとした拍子に怪我をする。リリィと遊んでいたライルは、四つん這いで走り勢い余ってつんのめって顔を打ち、火が付いたように泣き出した。
「ライル……!」
私やエクトルよりもすぐ傍にいたリリィの方が早くライルを抱き起し、赤くなったおでこに手を当てる。その瞬間、たしかに彼女の手元が薄く発光した。……これは、魔法使いにしか見えない光。魔法の反応だ。
私もすぐに子どもたちの傍にしゃがみこみ、ライルの様子を確認した。皮膚の赤みは引いているし、他に擦り傷などの怪我もない。……あったとしても治ったのだろう。
ライルもすでに泣き止んで、きょとんとしている。苦痛を表す色もないので問題はなさそうだ。
「大丈夫!? 怪我は!?」
「大丈夫です。ライルに怪我はありません。……リリィ。今、貴女は治癒魔法を使いましたね」
「……リリィが魔法を?」
すでにリリィは魔法を発現しており、萎れた植物などを使って上手く操れるよう練習はさせていた。ただ一つ「治癒魔法は私たちの許可がない時は勝手に使わない」という約束をしていた。……彼女は今それを破ってしまったのだ。
どこで誰に見られるか分からない。今の護衛はエクトルで、ユナンはいない。魔法の光は魔法使い以外には見えないとはいえ、とっさに治癒魔法を使って見られる訳にはいかないのだ。
「リリィ、約束をしたでしょう」
「……ごめんなさい、ライルがかわいそうで……つい」
「その優しい心はとても素晴らしいものです。……でも、私たちの力を知られれば家族を巻き込んで、危ない目に遭わせる可能性があります。ライルのことも……だから、約束は守ってください。まだ、リリィでは気づけない場所に人が潜んでいるかもしれません。魔法は、お父さんとお母さんがいいと言うまで使ってはいけません」
今は誰もいないからとリリィもそう思って魔法を使ったのだろうし、確かに近くには誰もいなかった。しかし確認する間もなく魔法を使い、誰かに見られるようなことがないとは言えない。ここでしっかり注意をするように言っておくのが、何よりもリリィのためだと思った。
(……お父さんとお母さんも、こんな感じだったのかな……)
自分が子供だった頃、怪我をした母を見て慌てて魔法を使い、同じように諭されたことを思い出す。……けれど、両親は責めるだけではなく、人を助けたいと思いやる心はしっかり褒めてくれた。
「けれど、弟を守りたいお姉さんとしての気持ちは、素晴らしいと思います。貴女の優しさが、私はとても嬉しい。それは間違った気持ちではないですよ」
「うん……」
娘の小さな体を抱きしめて、背中を優しくなでた。できるからやっただけ、悪いことでもない。けれど今の世で魔法を自由に使うことは避けた方がいい。
カイオスはきっと守ろうとしてくれる。しかし公になれば、隠せなくなれば、何が起きるか分からない。
「ライルが大きくなって、秘密を守れるようになるまではこの子にも魔法のことは秘密にしましょうね。……できますか?」
「うん、大丈夫。ごめんなさい」
「謝らなくていいですよ。お母さんもリリィと似たようなことをしましたからね」
「……お母さんも?」
「ええ、リリィと同じくらい子供の時に……」
自分の失敗も、親として娘に伝えていく。そしていつか、リリィが子供を持った時には、同じように伝えてくれるだろう。……祖父母も両親以外の親戚も知らない。けれどこうして、私の家系は魔法を受け継いできたはずだから。
(我が子に幸せになってほしい。……親の願いはきっと、いつの時代も変わらない)
私の話を聞きながら、うとうととし始めたリリィはそのまま寝かせることにした。ライルもまた、エクトルの腕に抱かれてすやすやと眠っていたため、リリィの隣にそっと寝かせ、姉弟が並んで見せる愛らしい寝顔に頬が緩む。
「……シルルさんの子供の時の話、俺もたくさん聞きたいな。君の両親は、すごく親としての参考になりそうだし」
「ふふ……そうですね。少しお茶にしましょうか。私もエクトルさんの子供の頃の話を聞きたいです。子供たちが貴方のような優しくてかわいい人になってくれたら嬉しいんですが」
「……っすー…………危うく声出そうになったよ……お茶でも淹れてくるから、待ってて……」
子供たちを起こさぬよう、小声でひそひそと言葉を交わす。大きな声を出さないよう、呼吸と共に言葉を飲んだエクトルが入れてくれた甘いお茶は、とても美味しかった。
やがてシスコンに育つ弟ライルです。
本日はコミックス5巻の発売日です。
巻末書き下ろしSSとして私も「花の騎士と魔法使いのランタン」を書かせていただきました。
まるで夫婦のように仲睦まじいまだ婚約者の二人が表紙です。可愛いので是非よろしくお願いします。




