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占い師には花騎士の恋心が見えています  作者: Mikura
番外 結婚生活編

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【幕間】見ざる・言わざる・聞かざる




 カイオスは他人の顔を見ればその相手の抱く感情が分かる。だからこそ信用できる者とそうでない者がはっきりと区別できた。だが忠誠心に厚い者だけが有能とも限らない。腹の内が黒くとも有能であれば重要な役目を与えて仕事をさせるが、そういう輩は頻繁に顔を合わせて釘を刺す必要もある。

 腹黒と知っていて相手をするのは楽しいことではないにせよ、左程苦痛という訳でもない。国王という役目はカイオスの性格、性質によく合っているようだった。たまの息抜きでもあれば油断なく臣下を管理し続け、国をより良き方へと導けるという自信もある。

 そんなカイオスのたまの息抜きの一つは、城の敷地の端に建つ塔にあった。



「息抜きに来たぞ。挨拶はいいから何か茶を淹れろ」


「……かしこまりました」



 引きつりそうな笑みを浮かべて承知したのは宮廷薬師兼カイオスの相談役であるシルル=ベディート。元々は交易の港町、サムドラで小さな薬屋を営んでいただけの小娘だった。

 それが今や王の信頼厚い相談役で、王城内の重要な薬の一切を任される存在だ。彼女についてあれこれと噂する人間は多いが、シルルはカイオスが見て「信頼できる」人間の一人である。能力があって信頼もできるのだから重用しないはずもない。



「お疲れだね。何かあった?」



 シルルが命令に従って茶の用意を始めると親友であるエクトルが話しかけてきた。……思えば彼がシルルに興味を持ったのがすべての始まりだったのだろう。

 飛び抜けた美しい容姿のために女性から危害を加えられることが多かった彼は、立派に女性嫌いへと成長した。それでも王太子の護衛騎士としての立場があった頃はまだよかったのに、カイオスを庇って王城勤めの医者でも治せない傷を負い、サムドラへと左遷されてしまい――あの頃は、カイオスもこの親友を酷く心配していたものだ。同時に己のせいでという罪悪感もずっと抱えていた。

 それがシルルに出会って何もかも変わった。不治であった傷をシルルに癒され、今や婿入りしてエクトル=ベディートとなり、それをカイオスに惚気て自慢してくるくらいである。彼がどれほどシルルに惚れ込んでいるかは一目で理解できるのでこの顔を見ると安心する。……カイオスの罪悪感は、幸福に満ちたエクトルを目にするたびに少しずつ溶けて消えた。



「何、政務に飽きただけだ。ほら見ろ、ドルトンも顔色が悪いだろう。休ませてやらなくてはと思ってな」


「ドルトンの顔色が悪い原因はカイオスだと思うけどね」



 小さなため息を漏らすだけの反応を見せたドルトンは、エクトルの兄であり左遷された弟の代わりにカイオスの護衛となった騎士だ。もちろんその心労の原因は理解している。理解しているが、気づかないフリをしているのである。

 しかしこの薬師塔を訪れることはドルトンにとっても多少の息抜きになっているのもまた事実。何せここには弟と義妹と姪が暮らしているし、彼とて弟の様子は気になっていて、その幸福そうな姿を前にすれば安心したように目を細めている。

 長年の間エクトルを心配していたのはカイオスだけではないのだ。だからこうして政務を抜け出し、薬師塔を訪れるのはドルトンのためにもなる、という訳だ。今とてカイオスの背後に無言で控えながら、弟の姿を見られて喜んでいるはずである。……シルルが同情したような目をそちらに向けているがそれは見なかったことにした。



「ところで娘の姿が見えないな。あれはどうした?」


「今はお昼寝中だよ。生まれてくる下の子のためにいろいろと勉強しててね、本当にいい子で絶対に良いお姉さんになるよ」



 エクトルの娘リリィは、父親からその美貌を受け継いでいる。平民でありながら伯爵家出身の祖母から礼儀作法を学んで気品を身につけつつあり、同年代の令嬢とも遜色ないどころか、カイオスの息子は彼女に釘付けだ。このままでは年頃になっても婚約者が見つからない状態になるだろう。


(見る目がある、と褒めてやりたいところだがそうもいかん)


 息子のライニスは第一王子、そして将来は王太子、次代の国王となる存在。そんな人間が、平民の娘を簡単に娶れるはずはない。娶れたとして、目の前に立ちはだかる障害の大きさは計り知れないものになる。

 ……まあ、伯爵家の血を継いでいるので方法はなくもないのだが。難しいことに変わりはない。


(ライニス一人の気持ちではどうにもならんからな。……親友に恨まれたくもない)


 ようやく幸せをつかんだばかりの親友は、花の騎士と称されていた頃の気取った笑顔はどこにいったのか、でれでれと溶けだしそうな顔で娘の自慢を語っている。……こういう顔をカイオスにまで見せるようになったのだから、本当に変わったものだ。痛みを隠して笑顔を浮かべていた時は、親友であってもなかなか本心を見せなくなっていたのに。

 だからこそ、エクトルにはこのまま幸せに暮らしていてほしい。息子の想いだけで、親友の愛娘に茨の道を歩ませようなどという横暴は決してしない。国王としても親友としても、愚かな行いをするつもりはなかった。



「お待たせいたしました。……あの、よろしければこちらも召し上がりますか? 疲労に効きます」


「そうか、頂こう」



 シルルが茶と共に簡素な菓子を持ってきたので食べることにした。手掴みで食べる平民の菓子のようだ。フォークも用意されていたが平民の流儀に倣って一つ掴み口に運んだ。


(毒見の必要もなく安心して口にできるせいかもしれないが、なかなか美味いな)


 どうやらナッツと干したフルーツを固めたものらしい。はちみつも入っているようで甘く、たしかに疲労に効きそうだ。用意された茶もこれに合うように選ばれたものらしく、口の中に残っていた甘さをさっぱりを押し流す。


(私の疲労を見抜いたか、本当に有用な能力だな。……男だったら何が何でも城の重職につけたんだが)


 彼女にはカイオスよりも優れた勘、いや特殊能力があるという。人間の頭上に様々な色の線が見え、それで感情や状態、少し先の未来まで読めてしまうというものだ。――ただ、彼女にはそれよりももっと貴重な力があるだろう。しかしカイオスはそれに気づかないフリをしているし、確かめることもない。

 たしかにシルルには大きな秘密、隠し事がある。しかし彼女は決してカイオスを欺かない。妻のソフィアはそんなシルルを「表裏がない」と評していたが、的を射た表現だ。見たそのまま、有能でお人よしな人間である。



「それ、俺が作ったんだよ。美味しい?」


「ほう、お前が?」


「そう。シルルさんとリリィと一緒に食べるおやつなんだ」



 昔のエクトルは甘い物が嫌いだった。茶会に呼び出されその甘味に薬を仕込まれたり、手作りだと渡された菓子に異物が入っていたり、酷い目に遭ってきた記憶のせいだ。

 だからこそ自ら甘い菓子を作ろうとする、なんて数年前であれば想像もできない。本当にこの親友は変わった。……いや、変えられたというべきか。


(男であれば本当に貴重な腹心になっただろうが……女でよかったのかもしれん)


 シルルがいなければきっと、今のエクトルは存在しない。今でも笑顔の仮面をかぶったまま、本音を隠して苦痛に耐えていたのではないかと思う。

 彼女に出会って、あらゆるものを変えてもらった。それはすべて良い方向へと進んで、今のエクトルは幸せに満ちている。……だから、カイオスはシルルのこともできる限り守ってやりたいし、大事に扱っているつもりだ。感謝は言葉ではなく、行動で示すことにしている。



「まさかお前の手製の菓子を食べる日がくるとはな、驚きだ」


「また食べに来てもいいよ」


「では、次はライニスも連れてこよう。いい機会なのでリリィも一緒に、茶会の練習をさせるのはどうだ?」


「……うん、分かった」



 途端に笑顔の仮面を張り付けた親友を前にカイオスは大笑いをし、シルルは仕方がなさそうにため息を吐いた。

 ああ全く、本当にこの場所は居心地が良い。しっかり休息をとったカイオスは、親友の手作りである甘い菓子を妻への土産に包ませて城へと戻った。……なお、ドルトンは義妹に労わられてカイオスとは別に包みを持たされており、心底同情したような「本当にお疲れ様です」というシルルの言葉は、聞こえなかったことにした。


旧Twitterにて誰の視点が読みたいか募集した結果、カイオスの要望が多かったのでカイオス視点を書かせていただきました。そういえばWEB本編ではあまり書いたことがなかったキャラだなと思います。


本日はコミカライズ更新日です!ドルトンが良いお兄さんな回。よろしくお願いいたします!


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公式YouTube
『ボイスコミック』
コミカライズ公式サイト
『占い師には花騎士の恋心が見えています』
― 新着の感想 ―
あー、追いついてしまった。この先が読めないのが残念。 「これまでの功績を讃えて」って形でカイオスからシルルに爵位をプレゼントするのがいい形かなぁ⁈ そうすればリリィも貴族のご令嬢になるので。 ライニ…
がんばれドルトン、お忍びだからと誰にも言わずに城から出られるよりはマシだ…
先生、更新ありがとうございました。 カイオス視点、最&高でした〜(笑) コミカライズも同日更新、しかも今回はカイオスと義兄の登場回。私へのご褒美ポイント3倍dayな日でした。
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