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占い師には花騎士の恋心が見えています  作者: Mikura
番外 結婚生活編

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9.5話 リリィの冒険

ちょっと未来の話、リリィ視点



 リリィ=ベディートは王城の一角で暮らしている平民の娘である。この環境が一般的でないことは、成長と共に理解した。リリィもすでに十三歳の娘だ。たまに街に降りて見かける同世代と自分が違うことはよく分かっている。

 平民でありながら王の信頼厚く王城の敷地内に居を許されている宮廷薬師の母、その護衛であり王の親友であり貴族家を実家に持つ父。リリィはたしかに平民だが、周囲は貴族とその関係者ばかりなのだ。


 城の中に暮らしている平民は自分の家族くらいなので、人のいる場所、つまり城の方には近づかないように言いつけられている。貴族に会えば礼儀を求められ、それを誤ればひどい目に遭うからだ。そうならないよう、貴族である祖母からマナーも習っているものの、まだ完璧とは言えないだろう。

 しかしリリィの知っている数人であれば、そこまで気を張る必要はない。知り合いしか訪れない家が一番安全で、安心できる場所であるため、リリィも普段は家からほとんど離れることはなかった。


(あ……これ、本で見たことがある。なんでこんなところに?)


 薬草畑で母であるシルルに頼まれて水やりをしていた際に見つけた七色に光る蝶。それはこの国の王子で知人の一人であるライニスからもらった図鑑に載っていた、外国の虫だった。興味を惹かれてつい、それを追いかける。

 虫を栄養とする植物に近づきかけていた蝶は、リリィに気づいて畑からふよふよと離れ逃げて行った。母譲りと言われる強い好奇心が、何よりも勝ってしまった。リリィは蝶を追いかけて、家である薬師塔から離れていく。


 蝶を見失ったのは、王城脇の庭園にたどり着いた時だった。さすがにここまで城に近づけば人に会う可能性がある。誰かに見つかる前に帰るべきだと踵を返したところで、声をかけられた。



「リリィ? どうしてこのような場所に」


「……ああ、なんだ殿下ですか」



 聞き慣れない声に振り返ると、そこにいたのはライニスだった。リリィよりは二歳年上である彼は、最近声変わりをしたので、まだその声に慣れていない。

 近頃は随分と背も高くなったため、リリィは彼を見上げなければならない。男子の成長は早いのである。その頭上には最近半透明ではなくなったばかりの桃色の線が残っており、今は喜びを示す橙色と共に寂しそうに水色の線を伸ばしていた。



「何故そのように他人行儀な話し方をするのか。以前のままでよい」


「一応、私もマナーを学んでいますから。最低限の礼儀は守らねばと」


「身内だけの時は礼儀など気にしなくてよかろう。父上とそなたの両親もそうしているではないか」



 それはそうなのだけれど。やはり平民と王族では立場が違う。この歳になればそれくらいはリリィにも分かるのだ。この王子とて、以前よりもいかめしい口調になり、王族らしく振る舞っている。いつまでも子供のままではいられない。


(でも桃色の線は……子供の頃から消えないまま)


 恋の感情を示す桃色の線は、出会った頃から彼の頭上にある。短くなることなく徐々に伸びているその線は全く消える様子がない。自分に恋愛感情を持たれているらしいことは分かっているが、おいそれとそれを受け入れることはできない。よく考えるようにと母からも言い聞かせられている。……ちなみに父からは猛反対されている。



「殿下は何故ここに?」


「……抜け出してきた。今頃ダリオンは私を探しているかもしれぬな」



 ライニスはまじめに勉強をこなし、優秀な王太子として認められている。だがそれでも息苦しさは感じるのか、時折抜け出しては護衛騎士のダリオンを困らせていた。リリィにとっては従兄弟にあたるダリオンからは、ライニスに隙をつかれない方法がないかという相談を受けたことがあるほどだ。



「それよりもリリィよ、早く家に戻れ。ここは危ない。誰かに見られたらどうする?」


「……それもそうですね」


「ああ、全く……そなたときたら自覚がなくて困る……」



 ぶつくさと何事か不満を漏らしているライニスの頭上に、ふと赤い色が見えた。それは怪我を示す線であり、彼に危険が迫っていることを表している。ほんの少しだけ、最もあってはいけない黒の色もある。

 周囲の異変を探すべく辺りに視線を走らせると、庭園の生垣の向こうにちらちらと藍鼠色の線が覗いていることに気が付いた。この色を見たら逃げるように、とシルルから何度も教えられている。

 とっさにライニスの手を掴み、リリィは走りだした。



「お、おい……!?」


「いいから、こっち!」



 ライニスの頭上の赤色が短くなる方向へと走る。どうにか二人で隠れられそうな茂みの陰にそのまま引っ張り込んで、混乱しているらしい彼が動いたり声をあげたりしないようにぎゅっと頭を抱えながら口をふさいだ。



「静かに、このまま隠れてて」


「っ……」



 藍鼠色は、誰かに危害を加えようとしている人間が持つ色だ。しかもそれは生垣を越える程長かった。ライニスは王太子であるからこそ、大人の陰謀に巻き込まれることもあるのだろう。それくらいは平民のリリィにも分かる。両親からは様々なことに注意を払うように、たくさん言い聞かされてきたことがあるからだ。

 何らかの理由でライニスを狙っている刺客だろう。身分が違っても幼馴染だ、見過ごすことなどできなかった。


(……よし、行ったかな。大丈夫そう)


 ライニスの頭上から赤と黒が消え、刺客が離れたことを確認した。ほっと息をつきながら強く抱きしめていた頭を離す。

 すると彼は無言のまま、そっと離れて地面に両手をつき、がっくりと頭を落として動かなくなった。許しでも請うような姿である。王族としてその恰好はまずいのではないだろうか。


(あれ、この色……まだ教えて貰ってない)


 赤系統の色で、夕日にも似た茜色の線。時々エクトルの頭上にも見えるその線の意味は、大人になったら教えると言われているためまだ知らない。そんな色がライニスの頭上にも伸びていた。



「お前……っ……他の奴には絶対するな……ッ」


「うーん……それはちょっと難しいかな」


「くっ……お前のお人よしをこれほど恨めしく思ったことはないぞ……っ!」



 目の前で害されそうな人間がいれば自分はきっと手を伸ばす。リリィにはその自覚があった。それは以前からの性質であり、母からは「それは仕方ないですね」と言われている。……父や弟は心配して怒るけれど。どうやらライニスもそちら側だ。



「そういえば殿下、格好つけた口調はもういいの?」


「私が恰好つけられないのはお前のせいだが!?」



 いつの間にか自分もライニスも、普段通りの砕けた口調に戻っていた。この距離感が本来の、幼馴染である二人の距離だ。

 無理に距離を取ろうとしない方がいいのかもしれない。リリィ自身、こちらの方が自然体で楽だと感じていた。



「絶対他の男に同じことをするんじゃないぞ、いいか、分かったか、分かったと言ってくれ頼むから……!」


「……分かった」



 たしかに見知らぬ男と茂みに隠れるのはよくないかもしれない。相手がライニスだったのであまり気にしていなかったが、異性と二人きりになるものではないと祖母からも教わっていたことを思い出す。

 やがて長い溜息を吐きながら天を仰ぐように顔をあげたライニスは、立ち上がらずに胡坐をかいて座り込むと、整えられた髪を自ら掻き乱していた。王族の威厳もなにもあったものではない。……それから桃色の線がまた少し伸びた気がする。



「お前はいろいろと自覚した方がいい。父親や祖母の話をよく聞け」


「うん?」


「絶対に貴族の令息の前には出るなよ。私はまだただの王太子で、出来ることが少ない。守れるか分からないんだ」



 ライニスはそれからもまるで子供にでも言い聞かせるような注意をいくつかしながら薬師塔の近くまでリリィを送り届け、城へと戻っていった。

 そういえば任された仕事の途中であったことを思い出し、リリィも慌てて畑へと戻る。そこでは姉に代わって弟のライルが両親と共に薬草に水やりをしていた。



「姉さん! どこ行ってたんですか!」


「リリィ! 心配したよ!」



 ジョウロを放り出したライルは駆け寄ってきてそのまま飛びつき、その後ろから父親も駆け寄ってきて弟ごと抱きしめてきた。二人を心配させていたことは頭上の色から判断できたため、申し訳なくなる。



「おかえりなさい。出かけるなら一言残してくれないと心配しますよ」



 二人と違って落ち着き払った声は母シルルのもの。彼女はリリィと同じ能力を持っているため、娘に何の危険もないと分かっていたのだろう。



「ごめんなさい、珍しい蝶を追いかけて……すぐ戻るつもりだったんだけど、つい人助けをしてきた」


「そうですか、じゃあ仕方ないですね」



 弟と父の「仕方なくない!」と綺麗に重なる声。こういう時、おそらくシルルもまた手を出してしまう性格だ。二人には同じものが見えていて、それを見過ごせない気持ちを分かっているからこそシルルはリリィを強く叱れない。

 しかしその分、心配性の父親と姉が大好きな弟にどれだけ心配したかと叱られるため、バランスはとれているのだろう。



「姉さんがいなくて僕がどれほど心配したことか……!」


「お父さんもお母さんに止められなければ心配で駆けずり回るところだったんだから!」



 はちみつ色の瞳にうるうると涙をためる弟と、父。そんな二人に迫られて困り顔になるリリィを優しく見つめる母。

 ちょっぴり反省した。しかし人助けをしたことを後悔はしていない。今後は心配を掛けないようにやる努力をしよう、と思った。


リリィとライニスは二歳差ですけど、年末で全員歳を取る方式なので実際は一年とちょっとしか離れてないんですよね。二人とも中学生くらい。初々しいですね。


本日はコミカライズ配信日です。毒味のあと、シルルがエクトルを抱きしめるあの回なので、是非よろしくお願いします。


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『占い師には花騎士の恋心が見えています』
― 新着の感想 ―
おぉ、弟かぁ。魔力は引き継いでなさそうですね。瞳の色からも父親のDNAが強いのかな⁈ 殿下は中学生くらいなのかー⁈ それで好きな子に茂みに連れ込まれて密着してたら、そりゃキツいなぁ〜(苦笑)十分過ぎ…
第二子が目出度い!リリィ兄弟出来て良かったねえ! ぜひぜひ国を覆うくらいに子孫繁栄していただいて笑 リリィは身分差のことを無意識ながらもよくよく理解してるんだろうなって思います。わきまえていてかつ能…
これは厄介な気質…説教臭いことを言うと、やりたいこと・やれること・やるべきことは別物として理解しておかないといつか痛い目を見ちゃいますねぇ 母親は気を付けていたから「よく当たる占い」で済んでいたけど、…
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