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80 西の遺跡


(良かった。どうにか最悪の事態にはならなかったか……)


 リリの声で我を取り戻した秋斗、彼に駆け寄る王家達を見てグレンはホッと胸を撫で下ろす。

 宣言通り最悪の場合は秋斗と共に姿を消す事も考えていたが、様変わりしてしまった世界を人の手助け無しで生きるのは難しい。

 東側から出て行く事も出来なかったので、一種の賭けのような宣言でもあったが回避できて本当に良かったと思う。


「秋斗、お前は一旦砦に戻れ。ここの後始末は私がしておく」


 グレンはリリ達に抱きしめられている秋斗に声を掛けた。


「グレン……俺は……」


 秋斗は昔の――グーエンドの街を吹き飛ばした時の事を思い出していた。あの時は軍の者達から怖がられ、一時期避けられていた。

 今回はそうならず、皆が受け入れてくれたので精神的なダメージは軽い。しかし、制御できていると思えた自分の感情が抑えきれず理性を完全に無くして暴走にまで至ってしまった。

 北街の時のように理性を残しながらも狂気を身に染めるのは、良いか悪いかは別としてまだリカバリーは効くだろう。

 しかし、今回のように完全に理性を失って暴走し、敵と味方の区別も付かずに自身の仲間さえも殺してしまうなど……秋斗はできれば想像したくなかった。

 だが、そうならない為にも自分の中にある黒いモノを完全に制御するか、未然に防ぐ手段を用意しなければいけない。


「砦に帰ったら納得するまで聞かせてもらう。だから今は帰って休め」


「わかった……。すまない」


「僕はグレンと残りましょう。秋斗達の護衛を選出してきますので待ってて下さい」


 秋斗は王家女子達と連れてきた騎士団の1小隊を護衛にして砦に帰って行った。

 その後、イザークが残りの騎士団を連れて野営地へと戻ってくる。


「これは……」


 サンタナ砦の副官も敵の無残な姿に絶句。

 だが、彼らは戦場の凄惨さを見てもそこまで震え上がりはしなかった。


 びっくりはしながらも平常通りに見える態度を見たグレンが不思議に思っていたが、イザークの話では前々から前線を守り奴隷狩りによる人攫いに苛立ちを覚えていたし、今回は仲間が殺されたのでこんな無残な死に方をするのは当然だ、と思っているそうだ。

 グレンはそれを聞いて、もしかしたら昔よりも秋斗の狂気は受け入れられやすいのでは? とさえ思う。

 だが、あの狂気が伝染し他の者まで捨て身で戦われても困る。やはり、一度東側のトップ集団達と話して意識の統一や軍備編成、兵士の育成をするべきだと結論付けた。


「敵兵の物品を回収。穴を掘って死体を一箇所に纏めて燃やそう。生き残りがいれば尋問するので殺さないように」


「ハッ!! 皆、仕事にかかれ!」


 グレンは慣れた様子で騎士団に指示を出し、判断に迷っていそうな者を見つければ積極的に声を掛けて解決策を提示したり追加の指示を出した。

 その姿を見たイザークも、流石だと感心しきりだった。


「見事な指示出しですね」


「これくらいは軍に所属していたら普通さ。それより、秋斗の件だが本当にいいのか?」


「僕の言った事に嘘はありませんよ。それに彼女達もそうでしょう。秋斗は今まで僕らを助けてくれた。そんな人を恐怖したから追い出すなどあり得ません。王である僕の父もそう判断すると言い切れます」


「この有様を見ても?」


「そうです。僕達は長年奴隷狩りに晒されてきた。死んだ彼らに向ける感情は騎士達が思っているように当然の報いだ、と思っています。それは街にいる民も同じように思うでしょう。確かに、秋斗の心のケアは必要です。ですが、必要以上に騒ぎ立てる必要も無いと僕は判断します。王家である者だけが理由を把握し、支えれば良い」


 それが、東側を代表する王家達の責任であり、賢者を崇拝し返しきれない程の恩を受けた者の義務。


「我々は絶対に秋斗を裏切らない。秋斗が化け物、死神と言われて苦悩するのならば僕も彼と同じ化け物になりましょう。それだけ秋斗には感謝しています」


「そうか……」


「因みに、グレンにも同様の想いですからね?」


 ニコリと笑みを浮かべるイザーク。

 私は違う、とグレンは言いそうになったが既に騎士団への教育を約束しているので、その件を引き合いに出されれば無駄に終わるので黙って頷くだけしかできなかった。

 しかし、想ってくれるのは純粋に嬉しい。


「イザーク殿下、軍将閣下。この様な物が落ちておりました」


 グレンとイザークが会話しているところへ、サンタナ砦の副官が手に小さな物を乗せて2人の前にやってきた。

 彼の手の上に乗っている物を見ると青色の宝石が台座に乗ったイヤリング。それに見覚えのあるグレンが手に持って、青色の宝石部分を指で突くとキラキラと光りだした。

 

「イヤリング型のマナデバイスか」


 賢者時代に主流となっていた第2世代型マナデバイスの中でも一番小さなサイズであり、魔法の保存した記憶媒体が一番小さい規格であるマイクロカートリッジ式を採用した物。

 性能としては中の下、といったところであるがオシャレ用品としても使える、という謳い文句が話題となって主に学生に人気のあったタイプ。


 グレンが宝石の嵌められている台座の裏側にある蓋を開けると、マイクロカートリッジの挿入部分が露出する。蓋の横についている極小のボタンを突くとマイクロカートリッジに内蔵されている魔法が空中投影された。


「炎魔法が2種のみ……。これが炎の賢者とやらが使っていたマナデバイスか。炎の賢者とやらの死体は……」


「奴が喋っていた時の服装から判断すると、あれかと思いますが原型を留めていませんね」


 副官が指差す先には人だったモノ(・・・・・・)が転がっていた。しかし、副官の言う通り損傷が激しく判断がつかない。


「……まぁ、マナデバイスだけでも回収できれば上等か」 


 秋斗が広域殲滅兵器――主にミサイル系を使っていればマナデバイスごと吹き飛んでいただろう。もしかしたら、友軍領域での交戦というのは無意識に理解していてそれらを使わずにいたのか、と思ったがグレンは考えを思い直す。

 アイツが狂気化した時はそんな考慮一切しないだろう。ただ単に、敵を惨たらしく殺して恐怖心を最大限煽って敵軍の恐慌状態を誘発して自身の有利な場面を作り出したに違いない。

 相手の戦意を削ぎ、最大限の恐怖を与えて混乱した中を殲滅するのが秋斗のやり方であったな、と過去の行動を思い出していた。


 グレンはイヤリングを胸ポケットに仕舞いこみ、野営地に設置されていたソナー装置など賢者時代にあった物を見つけては木箱に放り込んでいく。

 野営地にあった物としてはソナー装置が一番の貴重品であった。他にはグレンも持っているような着火用マナマシンや給水用マナマシンで製造メーカーが違うだけの、昔ではありふれた物だ。

 それらも一応木箱へ放り込んでいると、1人の騎士がグレンのもとへ駆け込んで来た。


「軍将閣下! 生存者がいました!」


 グレンとイザークは頷き合って騎士の案内のもと、生存者のいる場所へ向かう。

 

「ひ、ひいぃ……」


 生存していた者は腹の肉がたっぷりとあり、顎も肉に覆われたカエルのような男だった。

 サンタナ砦所属の騎士達に囲まれて酷く怯えている。


「テントの中で丸まって怯えていました。何者か聞いても、この通り怯えっぱなしで話もできません」


 グレンは騎士から説明を受け、カエル男に近づいて男を見下ろす。


「おい。貴様の出身国と身分、それに従事していた職業を言え。言わなければ、ああなるぞ?」


 グレンはそこらに転がる奴隷狩人の死体を指差す。すると、男はビクリと体を震わせてガチガチと歯を鳴らし始めた。


「た、頼む! 殺さないでくれ! あんな死に方は嫌だ!! 悪魔の生贄になどなりたくない!!」


 グレンに対し、縋るような目で叫ぶ男。過去では死神と呼ばれていた秋斗は、現代では悪魔となったか、とグレンは男の怯える様など気にせず全く別の事を考えてしまった。


「そうか。なら正直に話せ。正直に話せば悪魔には検討するよう言ってやる。だが、適当な事を言えば殺す」


「ヒッ! わ、わかった! 何でも話す!」


 怯える男は話し始める。

 彼は帝国帝都で2番目に大きな奴隷商で、炎の魔術師が東側へ奴隷狩りを行うと言うので付いて来た奴隷商の1人。彼の仕事は奴隷狩人が攫ってきた者に首輪を装着し、奴隷の世話と命令を下すのが仕事である。

 彼曰く、テントで寝ていたら大きな音と地響きがしたので外を覗いてみると悪魔が人を串刺しにして殺しまわっていた。一番の頼りである炎の魔術師も戦う事すら出来ずに殺されてしまい、震え上がってテントに隠れていたそうだ。


「あれは何なんだ!? 悪魔以外ありえない!! あんなのがいるなんて聞いてない!! 悪魔だ!! 悪魔にやられたんだ!!」


 奴隷商の男は秋斗の姿を思い出したのか頭を抱えて再びガタガタと体を震わせて怯え始めた。


「ふむ。貴様の事はわかった。帝国に連れて行かれた奴隷達はどこにいる?」


「ど、奴隷達の大半はここから西にある旧時代の遺跡に集められている! 他の奴隷は……貴族の屋敷で飼われていたり……」


 グレンは奴隷商から奴隷制度についても詳しく知ることが出来た。これにより秋斗も知らなかった情報を手にする。それは、帝国にいる奴隷とは東の住民のみだという事。

 秋斗も奴隷制度があると聞いて西側の犯罪者も奴隷身分に落ちるような、賢者時代よりももっと前の時代である旧時代にあった奴隷制度と同じだと思い込んでいた。グレンにこの時代の事を説明した時も、西には奴隷制度があり東側の人を攫って不法な奴隷として使役していると説明していた。

 この件はイザーク達、東側の首脳陣は知っている事であったが、秋斗がまだ自分の中で救出作戦の草案を練っている最中であった為に詳しく聞いていない事項であった。

 恐らくここで聞かされなくても、時が経てば王家や騎士団から知らされる情報だっただろう。

 それを聞いたグレンも思い込みから西側には国内と国外の人間が奴隷にされていると思い込み、東側の住民のみを救出する際はどうやって判別すれば良いか悩んでいたのだが。

 勝手に旧時代と同じ制度であると思い込んでいたのを反省をすることになったが、悩んでいたタネは無くなった。これは不幸中の幸いだと、グレンの表情も明るくなる。


 しかも、奴隷商の情報によれば大半の奴隷が一箇所に集まっていると言う。救出するタイミングとしては悪くないように思える。

 他にも個人的に飼われている者がいるようであるが、それは個別に救えば良い。

 まずはその遺跡にいる者達を救出してから秋斗と共に体制を整えつつ継続的な情報収集を行うべきかと思考する。


「その遺跡とやらで何をしている?」


「こ、皇帝の命令で遺跡で旧時代の兵器を掘り起こしていると聞いた……。それ以外は詳しくは知らない!」


「旧時代の兵器……?」


 グレンは脳内に昔の地図を思い浮かべる。現在地は自分が昔住んでいた地区だと思っていいだろう。そこから西にある物。そして皇帝の狙う兵器。


「まさか……」


 自分の自宅から西にあり、兵器のある場所。それは賢者時代にあった軍事基地だろう。

 思い当たった場所は、氷河期が訪れるまでグレンが勤務していたアークエル軍西部基地。賢者時代ではグーエンドとの戦争で要衝となっていた重要基地であり、重火器やミサイルなどの大量破壊兵器が格納されている基地であった。

 

 もしも、皇帝が賢者時代の大量破壊兵器に目をつけて軍事利用しようとしていたら。それこそ東側は蹂躙され、昔と同等の装備が無ければ戦いにならない。

 一刻も早く阻止しなければ東側がマズイ、とグレンは顔を顰める。


「クソッ……あんな事になった後では……。しかし、今は迷っている暇は無いか」


「な、なぁ! ちゃんと知ってる事は喋っただろ!?」


「もう1つだ。帝国に残っている東から攫った奴隷の数と居場所を全部言え」


「わ、わからない。売って手元を離れた奴隷の所持権利は買い手に移るんだ。だから、1度売ってしまったらそこから先は関与していない……。た、頼む! 国に帰らせてくれ!!」


 グレンは奴隷商を冷たい眼差しで見下ろし、言葉を聞き終えると舌打ちを1つ鳴らす。

 

「コイツからはもう情報は取れないか。まぁいいだろう……。来い」


 男が着用している襟を掴み、イザークや囲っていた騎士達から離れた場所まで引き摺っていく。ヒィヒィと悲鳴を上げる男を後ろ向きに地面に座らせた後、背中側の腰に差していた魔法銃を抜いて――


 ダンッ


 後頭部を無慈悲な魔法弾で撃ち抜かれた奴隷商の男はドサリと地面に倒れ、グレンは倒れた男の足を引き摺って野営地に転がっていた死体を集める穴に放り込んだ。


「……良かったんですか?」


「もう大した情報も得られない。生かして帰せばこちらの情報がばれる。拘留しておいても飯代はタダじゃない。それに散々君達を苦しめた相手だ。君達も生かしておくつもりは無かったんじゃないか?」


「確かにそうです。でも意外でした。秋斗のアレをどうにかしたそうな顔をしていたので、てっきり相手の犠牲者は最小限にするタイプなのかと思いました」


 秋斗のともへ行く際にイザークがグレンの顔色から推測した回答であったが、どうやらその推測は少し違ったようだ。


「今日秋斗が見せたモノは行き過ぎたモノだからな。大きな狂気は人に伝播する。それでは危険だが多少の狂気は戦場には付き物であるし、賢者時代の軍人なら尚更だろう。それに私は殴られれば殴り返すタイプの人間だよ。だから秋斗と友人でいられるのさ」


「なるほど。なら安心です。東側の民や騎士達は長年続く西の侵略を受けたせいか、グレンのようなタイプが多いですから。だから、貴方も安心して下さい。秋斗もグレンも恐怖される事などあり得ませんよ」


 確かにグレンは戦争はよくないものだと考えているし、平和が一番だとも思っている。

 しかし、こちらを一方的に侵略して来たり危害を加えられて黙っている程お人好しじゃない。殴られれば殴り返すし、国を侵略されれば銃を持って撃ち返す人間だ。

 人の狂気についても、さすがに秋斗のように狂気に染まって理性を失うのはマズイが、味方の犠牲を伴う戦争で生き死にを見ていれば多少の狂気を内に秘める人間などいくらでも見てきた。それでも戦争が終わり、日常に戻った際に問題を起こさなければ良いとも考えている。

 大事なのは終戦後のケアだ。国防に尽くした兵士には穏やかに暮らす権利がある。

 

 東側の人々も同じような考えだろう。長年理不尽な侵略から身を守り続け、自分や身内が奴隷狩りに攫われるかもしれない危険を抱えながら生きてきた。

 こちらの事を意に返さず自分達の都合で行ってきた西側の人間に向ける慈悲など有りはしない。

 そういう意味では、身内には優しく敵には厳しい秋斗の考えと合致している東側は、秋斗やグレンにとって暮らしやすい国と言える。


「儀式やら式典は勘弁してもらいたいが……」


「それは無理な話ですね」


 グレンとイザークは軽口を挟みながら作業を進め、騎士に指示を出して野営地に残っていた死体を焼却処分する。

 疫病などが発生しないよう十分に処理しつつ、突き刺さった杭は後日回収する事にしてサンタナ砦へ急いで帰還した。


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