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79 支える者達


「壊れてるって……どういう意味ですか?」


 グレンの告白にソフィアは困惑しながら問う。


「アイツは……。アイツの心は壊れている。アイツが目の前の脅威と戦うのに、何故笑っているのか疑問に思わなかったか?」


 グレンの答えと問いに、全員が戸惑いを浮かべた。

 彼の笑みの意味は不敵なモノなのだと思っていたからだ。しかし、そうではなかったと今グレンによって明らかになる。


「私も内容を詳しくは知らない。ただ、秋斗が初めて参加した戦争で同じ部隊だった仲間を殺された、というのは知っている。それが原因で心が壊れたということも」


 当のグレンも詳細については知らない。彼は初めて出会った時には、戦場で笑っていた。当時グレンも恐ろしい敵軍を前に不敵な笑みを浮かべる奴だ、なんて思っていた。

 その笑みに隠された秋斗の狂気を知る前に、何故そこまで敵を徹底的に殲滅するのか、何故笑っているのか、と聞いたことがある。


『もう仲間を殺されたくないだけだ。俺の見える範囲、守れる範囲の者は殺させない』


 返ってきた返答はそれだけで、笑みについては語らなかった。むしろ、今思えば秋斗自身は笑っているのも気付いていない様子だった。


 この時、秋斗が語った言葉の意味に答えを見出す事は出来なかった。しかし、脳裏にはどうにも秋斗の言葉が引っかかって離れないグレンは、何かヒントになるのではないかと思って秋斗の経歴を調べた。


 彼に何があったのか、何故そうまでして仲間の死を避けるのか。


 幸い、グレンは既に軍の上層部に食い込んでおり、個人に対する過去の記録を閲覧できる権限も持っていた。

 秋斗の経歴を調べてみれば、現在の評価は最高値。一部黒塗りにされて抹消されている事項もあったが、今まで参加した作戦名は読み取れた。

 その中でも着目したのは最初に参加した戦争。それは、アークエルと隣国であるグーエンドとの小競り合いに火が点き、初めて大規模な戦争になったものだった。

 

 殺戮兵器を撃ち合い、苛烈な戦闘はお互いの肉を削ぐように行われ次第にどちらの国も戦う兵士の数が足りなくなった。

 そこでアークエルが執ったものが学徒兵の招集。正規軍人を前線に送って、技術を学んでいる国内の学生を招集して後方支援に回す。

 戦闘に参加する事は無い、と言われて多種多様な学科から多くの学生が召集され、当時まだ16歳の御影秋斗も当然のように戦場へ連れて行かれた。

 

 しかし、後方支援と言われて召集された学生達の多くは前線へと送られてしまう結果になった。

 後に政府の行ったこの舵取りはアークエル最大の過ち、と呼ばれるのだが当時の政治家が起こした過ちの被害者の1人が秋斗である事をグレンは資料を通して改めて認識した。

 

 グレンの調べた秋斗の資料の中には、この戦争で彼に何が起こったのかは詳細に書かれていない。

 補給地で魔法銃を整備していた秋斗は指揮官の指令によって前線へ送られ、終戦間際の大規模戦闘で配属部隊唯一の生き残りとして帰還。右目右手を失っていたのでアークエル国立軍病院へ搬送。

 この戦争後、学徒兵だった秋斗は軍を自動的に除隊。軍病院で治療を終えた後に学業へ復帰したとだけ記されていた。


 その数年後、アークマスターとなった秋斗は軍へ復帰。彼のメンタル検査の結果もあったが特に問題は無いとされていた。

 アークマスター就任後に初めて参加した作戦はグレンと出会ったものであり、グレンも秋斗との出会いはよく覚えている。

 

 結局、グレンは資料を見ても秋斗の徹底的なまでの殲滅理由については調査できなかった。

 彼の言う仲間を殺されたくない、という言葉。その言葉の意味は、資料にある学徒兵時代に唯一部隊で生き残ったというのを指しているのだろうと結論付けた。

 秋斗は仲間の死によって一種のトラウマを抱えているのだろう、と。メンタル調査も問題無しとあるので、そこまで深いモノではないのだろう、と。


 しかし、出会いから4年後。隣国グーエンドが条約を破り、アークエル西の街を攻撃。当然アークエルは報復行動へ。秋斗も報復作戦に参加したのだが――その時、グレンは秋斗の抱える狂気を知る事となる。

 

「その攻撃された街に……。秋斗が幼少期過ごしていた孤児院の仲間(・・)がいた。そうだ。秋斗の仲間がまたグーエンド軍によって殺された」


 あの報復作戦の時、いつも笑っていた秋斗の笑みは違った。不敵な笑みではなく、明確に狂気が滲み出るあの笑みは、忘れようと思っても忘れられない。今でもグレンの脳裏に焼きついている。

 グレンが始めて秋斗へ恐怖した日、彼は1人で敵国の街を1つ破壊した。跡形も無く、民間人も駐留していた軍人も、何もかも等しく殺して残っているのは地獄のような景色だった。

 

 現場を見た誰もが嘔吐するような光景に、当然軍の内部でも問題視されたが報復内容通りに相手の街を落とすという意味では一緒であり、報復作戦によるこちらの人的被害も資金的な損害も無かったので残虐性は当時の軍最上位に君臨する老人達によって問われる事は無かった。

 むしろ、最上位にいる老人たちは軍の財布が痛まなかった事に夢中で見なかった事にしたようにも思える。


 それ以降、秋斗は『死神』として敵国に畏怖され、アークエル軍内部でも都合の良い切り札であり恐怖の対象になった。


 秋斗の抱える狂気。それを理解してしまったグレンは以降、狂気のトリガーは仲間の死と結論付けたグレンは秋斗の参加する作戦では入念な情報収集を怠らない。

 それは敵に対してもだが、秋斗の仲間が存在しているかどうかも調査内容に入っていた。


「今回、囚われた騎士に秋斗と親しい人はいなかったはず……」


「そうなのか……? では、なんで……」


 イザークの呟きを聞いたグレンは以前に結論を出した答えがまだ足りないと分かると考え込むが、簡単に答えは出ない。

 

 過去に何度か秋斗本人に理由を聞こうとも思ってはいたが話を切り出せず、ズルズルと時間は経過。そして、結局は氷河期の到来によって聞く事はできずに今に至る。

 もしも過去に理由を聞けていれば、とグレンは過去の自分に対して後悔せずにはいられなかった。


 その時、背後から大きな衝撃と爆音が響き渡った。

 全員が身構えた後、グレンが告げる。


「今回の理由は不明だが、秋斗が暴走しているのは変わらない。この先、アイツがどうなるかもわからない。あの場所に……地獄が広がっているのは覚悟してくれ」



-----



 爆音が響いてから1時間後、グレン達は騎士団を再び編成し直してから野営地へ向かい始める。

 既に戦闘と思わしき音は鳴っておらず、辺りは夜の闇と空に浮かぶ星と月の光に照らされるだけで、森に住む虫の音が聞こえるくらい静かであった。

 グレンは野営地の場所が凄惨な事になっているのは予測しているので、野営地から少し距離のある位置で騎士団を待機させる。


「一度、私が様子を探ってくる」


 そう言ってグレンは1人で向かおうとしたが、王家全員に拒否されて交渉の末に王家と共に向かう事になってしまった。

 サンタナ砦の副官は最後まで懸念を口にしていたが、グレンとしては連れて行きたくはないので断固拒否。

 王家と共に向かう途中、その理由を彼らに話す事にした。


「この先、何があるかわからない。秋斗がどうなっているかもわからない。まずは遠目に全員で確認する。そこで……秋斗の姿を見て今後を検討してほしい」


 グレンが過去に経験したモノを思い出せば、そう言わざるを得なかった。

 彼の言葉にイザークが反応する。

 

「どういう事ですか?」


「もしも、秋斗を見て心の底から恐怖するのならば……もう関わらない方が良い。私1人だけが秋斗に近寄り、私が責任を持って秋斗を連れて君達の前から消えよう」


 グレンの答えに全員が戸惑う。そこまでしなくても、と誰もが思うが口には出せなかった。

 提案を口にしたグレンも秋斗を思えば消えるなど言いたくはなかった。彼が狂気を抱える事になった原因は絶対に過去の戦争である事は容易に推測できる。

 秋斗は被害者であり、秋斗の姿に王家達が怯えたとしても誰が悪いという訳ではないだろう。悪いのは原因となった当時のアークエル政府であり学徒兵などという安易な行動を取った無能達、平和なアークエルに難癖をつけて戦争を仕掛けて来た敵国だ。


 だが、これまで秋斗を英雄と賢者と敬っていた者達に怯えられるのは辛いだろう。特に婚約者とまで仲が発展した彼女達に怯えられたら……そう考えると最悪の結果、秋斗が本当に制御不能になってしまうかもしれない。そこまで至らなかったとしても、良い結果にはならないだろう。

 戦友であり、友人であるグレンは何としてもそれだけは阻止したかった。

 もしも、連れてきた全員に受け入れられるのであれば――今度こそ本人から理由を聞いて、二度とこんな事がないようにするとグレンは心に誓う。


 そこから誰も喋る事無くグレンを先頭に足を進め、秋斗の姿が見えたところで足を止めた。

 

「「「―――ッ!!」」」


 そこから見えた光景はグレンの言った通り地獄であった。王家達が想像していた以上の残虐性と、それを作り出した者の狂気が簡単に読み取れる。


 いくつもの()が人を地面に縫いつけながら突き刺さっている。人の形をしたまま突き刺さっているモノもあれば、一部しか残っていないモノもある。

 野営地だった地面は月明かりの下でも分かる程に周囲と色が違う。真っ黒に染まり、テントに飛び跳ねた血飛沫が事の凄惨さを語っていた。

 グレンを含め、全員がその光景を見て絶句する中、野営地で立っていた秋斗はゆっくりと振り返った。


 秋斗は全身返り血で染まりながら未だ笑みを浮かべていた。

 姿を見た全員の心が恐怖に染まる。北街での戦闘でも秋斗の姿に個人に差はあれど恐怖感を抱いていたが今回は姿はそれ以上であった。

 秋斗から滲み出るのは前回のような殺気ではなく明確な狂気。背筋が凍りつくような恐怖で前回とはまるで違う。


 しかし、秋斗に対していなくなってほしい、消えてほしい、と思う程の恐怖は誰も抱いていない。

 何故か。それは、今まで秋斗が東側の人々に対して行ってきた行為があるからだろう。見返りも求めず首輪で苦しむ人を救い、危機にあった北街へ救いの手を差し伸べて戦死者には悲しみを見せた。

 現在は奴隷狩りの被害が出ないように賢者の叡智を使って壁を作っている最中なのだ。

 そんな、自分達に対して優しく接し、庇護しようとしてくれる人を追い出そうなどと誰が思うだろうか。恐怖を抱けど、それ以上に感謝しているし尊敬している。怖いから追い出そうなどと思う程、東側の住人は腐っていない。

 

 確かに笑みを浮かべる秋斗からは恐怖を感じる。それと同時に、悲鳴を上げているような悲しみも見えた。

 それを見た王家達には後悔という感情が渦巻く。

 何故、自分達は彼の優しさに寄り掛かっているだけだったのか、と。


 彼ら全員がそう思っている中、いち早く行動を起こしたのはリリであった。彼女は秋斗の姿を見ながら彼の名を呟く。

 

「あき……と」


 彼らの中でも特に後悔しているのがリリだった。 

 

「あきと……」


 彼が浮かべる笑みを見て、リリはゆっくりと彼のもとへ歩を進める。早く行かなければ、という考えがリリの足をどんどんと前に進ませた。

 

 リリも秋斗の作り出した光景と秋斗の姿を見て確かに恐怖した。

 秋斗の心は壊れていて、暴走は仲間の死だとグレンは語った。今回の原因はわからない。もしかしたら、秋斗の内に秘める殺人衝動が溢れた結果なのかもしれない。

 

 それでも、リリは思う。

 グレンの言う通り秋斗の心は壊れているのかもしれない。でも、完全には壊れていない。完全に壊れる寸前、ズタズタに傷ついているのだろう。

 もしも、完全に壊れているのであれば、リリが今まで見てきた秋斗はいなかっただろう。

 リリが今まで見てきた秋斗は、いつも優しく、苦しむ現代の人達を救う為に行動してきた。そんな人物が楽しむために人を殺すだろうか。答えは否だ。だから、殺人衝動の線は消える。

 

 残った答え。それは、秋斗は狂気を抱かなければ耐えられないほど傷ついているということ。

 秋斗と接してきた時間は短いが、グレンと同じ想いであった。これ以上、秋斗の傷が進行すれば手の届かない場所へ行ってしまう、そう思えて仕方なかった。

 

 狂気を爆発させるほど傷を刺激したのは、ここに連れてきた自分達だ。

 ヴェルダの者達も原因かもしれないが、ここに秋斗を連れてきた自分達も同罪だと考えた。知らなかった、では済まされない。

 

 秋斗の狂気に満ちた笑みを見て堪らなく怖い。だが、それと同時に恐怖する自分が情けなかった。

 自分は秋斗に恋をして、愛していると言った。支えると誓ったのに、彼の心の傷に気付けなかった。

 誰よりも近くにいて戦う姿も見ていたのに、カッコイイ、ステキ、頼もしい、そんな表面上の浮ついた気持ちしか思っていなくて、秋斗の心に気付こうとも思わなかった。

 自分達が原因で秋斗の内に秘める狂気を爆発させてしまった。


 リリはそんな自分が不甲斐なく、情けない。

 彼を戦わせてしまった事を後悔している。


「あきと……あきと……」


 涙を流しながら、秋斗へと駆け寄った。

 未だ笑みを浮かべ、理性を感じられない秋斗に危惧したグレンがリリを止めようと腕を伸ばすが、それよりも早くリリは秋斗に向かって行ってしまう。

 グレンの予想は外れ、駆け寄るリリに秋斗は体をピクリと反応しただけで、彼女に危害を加える事は無かった。

 リリは秋斗の体に付着している返り血を気にせず抱きついた。


「あきと……ごめんなさい。ごめんなさい。私は、秋斗の妻なのに、秋斗の心に気付かなくてごめんなさい」


 力強く抱きしめるリリの感触を感じ、秋斗の紅色に染まる右目と口元に浮かぶ笑みはゆっくりと静まっていく。

 やがてぼんやりとではあるが、正気を取り戻した秋斗は胸元に顔を埋めて泣き声を上げるリリを見やる。

 

「リリ……。俺はおかしいんだ」


「おかしくない……。おかしくないよう……」


 秋斗の呟きを聞いたリリはどこかへ行ってしまうように感じた秋斗を抱きしめる力を更に強めて繋ぎ止める。


「秋斗様……」


 リリに少し遅れて駆け寄ったソフィアも涙を流しながらハンカチで秋斗の頬に付着した血を拭き取る。


「私は愚かでした。秋斗様も私達と同じ()なのに。賢者、英雄だと言って貴方の心の傷に気付かなかった……」


「ソフィア……。俺は――」


「私が守る!!」


 涙を流しながら頬を擦るソフィアに、自分が言い出さなかったのが悪いと秋斗が言おうとした時、オリビアの叫びが遮った。


「これからは私が守るぞ!! 旦那様が東の民を守ると言うのであれば、旦那様の体と心は私が守る!!」


 オリビアは涙をぽろぽろと流し、目を真っ赤に充血させながら誓いの言葉を叫ぶ。


「オリビアの言う通りです。秋斗、君に何があったのかは分かりません。でも、もう君だけに負担を負わせない。秋斗が戦うのであれば、必ず僕も共に戦って秋斗を守ります」


 イザークも友として宣誓する。未だ自分は賢者と共に肩を並べた初代国王には届いていないだろう。しかし、まだ届いていないからダメだ、などと言っている暇はない。

 未熟でもなんでも自分は秋斗と肩を並べて戦い、絶対に守りながら生き残る。精神論だ根性論だと外野に何と言われても絶対に譲らない、絶対に付いていき守るという決意を心に打ち付けた。



-----



(この人は……私と一緒なんだなぁ)


 一方で、秋斗の姿を見たエルザは恐怖を抱くと同時に共感のようなモノを感じていた。

 男性不信というトラウマを抱えているエルザは、人の顔色や態度を窺いながらこれまで生きてきた。

 秋斗に対し嫌悪感を抱かなかった理由が今まで分からなかったが、今の秋斗の姿を見てようやく理解できた。

 

 この人は、自分と同じなんだ。トラウマを抱え、心に傷を持ち、これ以上傷つきたくないと無意識に防御する。

 狂気が溢れるのは心の防衛本能であり、トラウマによって出来上がった新たな本能。何故、自分がこんな思いをしなければならなかったのか、という考えを巡らせて辿り着いた復讐心。


(同じなんだ。賢者と呼ばれても、古の叡智を持った人でも……私達と変わらないんだ)


 理解できた瞬間、エルザの中の何かがカチリと繋がる。そして、共にありたいという気持ちが湧き出て来た。

 狂気を撒き散らしながら、自分の中のトラウマと戦って悲しい顔をしている秋斗を抱きしめてあげたい。同じ傷を持つ自分が寄り添って共感したいと猛烈に思う。


(この人と、一緒にいたい。理解してあげたい)


 自分の男性不信を理解してくれて、必要以上に怖がらせまいと優しく接してくれる人に自分も何かを返してあげたいと。

 

(私、決めたわ)


 リリ達が駆け寄るのを眺めていたエルザは足に力を入れて、一歩踏み出す。

 その一歩は、自身と同じ苦しみを持つ秋斗と共に歩もうと決意した大事な一歩だった。


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