41 初めてのおつかい
「本当に1人で大丈夫ですか?」
ソフィアは秋斗を不安そうな顔をしながらソワソワと落ち着きのない様子で見やる。
「大丈夫だって。最近はよく街に出てるし、道も覚えたからさ」
「で、でも……」
ソフィアが不安そうにしているのには理由がある。
秋斗が研究するための魔石がまだ納品されておらず、秋斗の予定が空いていた。秋斗は製作室のメンバーに講義をしようかと提案したのだが、彼らから現段階の知識で色々試してみたいと断られてしまった。
自身の考えていた予定が無くなり、研究をしようにも材料が無い。暇を持て余してしまったところにエリザベスから秋斗の服が1式出来上がったという連絡が入った。
アレクサからその事を聞いて、予定も空いているしさっそくエリザベスのもとへ3人で行こうとソフィアが提案したのだが、秋斗が待ったをかける。
王都に到着してから今日で2週間弱経過し、秋斗はギルドや農園に足を運んだり嫁達と街を散策していた。今日までは常に誰かが秋斗の傍にいて行動していたので、王都に来てから1人で行動していた事が無いことに気付く。
自分の立場は理解しているが、目覚めてから1人で街も歩けないのはマズイのでは、と秋斗は思った。
さすがに大の大人が街も1人で歩けず、買い物も出来ないのはマズイ。何かしらの理由で今後に1人で行動する機会もあるかもしれないから、と秋斗は1人でエリザベスのもとへ向かうと言い出したことがソフィアの態度のきっかけだった。
「いや、さすがに1人で買い物できるって。最近、街に出てるけど平和じゃないか。巡回している警備兵もいるし大丈夫だよ」
秋斗は涙目になりながら不安顔を浮かべるソフィアの頭を撫でて落ち着かせる。
「うう……」
「すぐ帰ってくるから、な?」
チラリともう1人の嫁であるリリに視線を向けるが、彼女は特に心配はしていないようだ。
いつものぼーっとしたような表情を秋斗に向けているが秋斗の視線に気付いて、彼女は秋斗に向かって頷く。
「ソフィー。ここは秋斗の好きにさせる」
「リリまで! 秋斗様に何かあっては……!」
「大丈夫。秋斗はできる子」
リリはソフィアに向かって強く頷く。彼女の顔は自信に満ち溢れていた。
「秋斗。お金は持った?」
「ああ、持った」
リリに言われて、秋斗はポケットから10枚の銀貨と1枚の金貨を取り出す。
金貨1枚はエリザベスに支払う洋服代。これは上下1式を3セット分の金額。銀貨10枚は秋斗のお小遣いである。
因みに、この時代の貨幣は銅貨・銀貨・金貨・白金貨の4種類で銅貨10枚で銀貨1枚、と10枚で貨幣のランクが繰り上がる。
現代の給料事情としては一般人が月に稼ぐ平均月収は金貨3枚。金貨3枚で4人家族が食うに困らず暮らせる。
「ん。気をつけてね」
リリは秋斗のお小遣いを確認すると、ソフィアを抱きしめながら秋斗に1つ頷いて送り出す。
「おう。じゃあ行ってくる」
アレクサが部屋のドアを開け、いってらっしゃいませと言いながらお辞儀して秋斗を見送る。パタンとドアを閉めたところでアレクサはリリへと向き直った。
「リリ様。5分後に部屋を出るのがよろしいかと」
「うん。そうしよう」
アレクサとリリが頷きあうと、ソフィアは首を傾げながら2人へ問いかける。
「どういうことですか?」
「秋斗の考えを尊重する。けど、後を付けて遠くから見守る」
「姫様。既に影から護衛している者もおります。リリ様と姫様が見守れば、姫様がお考えになる状況にはならないでしょう」
「ハッ! なるほど! 夫の考えを尊重しながら影から支える……さすがだわ!」
まさかの尾行。秋斗の嫁達と王城の者達はとんでもなく過保護だった。
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王城入り口で「いってらっしゃいませ賢者様ッ!!」と毎回気合の入った挨拶をいつも通りもらって、返事を返しながら秋斗は外へ出る。
既に見慣れた緑と花に囲まれた道を1人でテクテクと歩いて行く。
いつものように護衛をする騎士や嫁2人が傍にいない、秋斗1人。初めてのおつかいである。
初めてのおつかいか、と思えば秋斗の脳内には賢者時代に放送していた人気テレビ番組であった、チビッコが初めておつかいに行く番組を思い出す。
確かに目覚めた現代は自分のよく知る時代とはガラリと変わっている。ともあれば、自分の今の状況はテレビに映っていたチビッコと大して変わらない状況なのだろう。
そう考えれば、出発前のソフィアの過度な心配も頷ける。あれは正しく、初めて外の世界に1人で旅立つ息子を心配する母のような心境だったのだろう。
当時のテレビ番組を思い出しながら、大通りを歩いていると『ドレミファドレミファ~』とテレビ番組のテーマソングが脳内に流れ始める。そうなれば、街行く人がカメラを持ったスタッフのように見えてしまって少し笑ってしまう。
(ふふ。あの木箱を持った人がカメラスタッフだったりしてな)
道の脇で木箱を持って人を待っていると思わしき男性。現代にカメラなんてものは存在しないのでスタッフなんて事はありえない。そもそも番組なんて放送していないし、懐かしいテレビ番組と自分の様子を重ねているから秋斗の目にはそう見えるだけである。
チラリと男性に視線を向けつつ、フッと笑みを浮かべながら横を通りすぎる秋斗。男性は特別、秋斗を気にした様子は見せなかったが――
(クッ! さすが賢者様! 俺が住民に紛れ込んで護衛しているのを気付いている!)
チラリと秋斗に見られ、笑みを浮かべられた事で自分の任務を見抜かれたと勘違いして冷や汗を流す護衛騎士。
(賢者様はお優しいから気付いても気付かぬフリをしてくれたのだろう……。もっと研鑽を積まなくてはッ!!)
とんでもない勘違いが誕生した瞬間だった。
その後も一般人に紛れて護衛する者に知らずに挨拶して、勘違いを量産しまくりながらも秋斗のおつかいは順調に進み、目的の場所へ到着していた。
目的地は王都大通り沿いにある、エルフニア王国で1番大きな規模を誇る大手服飾商店。秋斗の洋服を作るべくエルフニアへ召集されたエリザベスは、ルクス王に言われ素材の品揃えが確かな国内最大の服飾商店にある作業場を借りるよう指示を受けていた。
秋斗もリリとソフィアに連れられて各施設の視察の合間に何度かエリザベスの滞在する商店に足を運んでおり、賢者という事もあって店員からの覚えも良い。
気軽な足取りで入店してエリザベスを呼んだ。
「おおい。エリーいるか~?」
入り口で声を掛けると奥から従業員がやってきて、秋斗に丁寧なお辞儀で挨拶するとエリザベスを呼びに奥へ再び走っていった。
しばらく店内で待っているとパタパタと足音を鳴らしながらエリザベスが姿を現す。
「あらァ~ン。アキト。今日はお1人?」
いつも通りの厳つい顔に化粧と割れ顎を兼ね備えた金髪三つ編みオネェが笑顔で声を掛けてくる。
「おう。1人で外に出た事無かったからな。さすがにこの歳で買い物できないのはマズイと思って、今日は1人だ」
「そうねェ。あの子達はアキトに対して過保護だしねェ~。でも、愛されている証拠だワァ~!」
クスリと笑って一瞬店の外へ視線を向けるエリザベスだったが、すぐに秋斗へ視線を向けて相変わらず筋肉で服をピッチピチにさせながらクネクネと体を動かすエリザベス。
「服が出来たって聞いたんだが、どう?」
「とりあえず1セットは完成したわよ~ン! 今日一通り試着して貰って、問題無ければ次に取り掛かるわ~ン!」
「あいよ~」
こっちよんッ! と秋斗は奥へと案内され、エリザベスの作業場へと進む。
作業場では商店の従業員がチクチクと手縫いで服を作っていて、秋斗に気付くと立ち上がって挨拶してくれる。彼らに挨拶していると、エリザベスが服を持ってきた。
「ハ~イ。じゃあまずは下から合わせましょ~ン?」
エリザベスから出来立てホヤホヤであろう黒いスラックスを受け取り、着替え始める。
特に装飾はされておらず、シンプルな見た目。しかしながら履いてみればその着心地に感心してしまう。
秋斗が持っていた技術院支給のスラックスよりも動きやすく通気性が良い。肌触りも心地よい。
「おお。すごい履きやすいし動きやすいな」
秋斗は屈伸して伸縮性を確かめつつ、エリザベスの仕事ぶりに思わず笑みを浮かべる。
「ふふ。気に入ったようね~ン! じゃあ丈を見るから自然体で立っててちょうだい!」
エリザベスがスラックスの丈の最終確認をするが特に調整は必要無かった。大きな調整が必要無いというのはエリザベスの腕が良いのが窺えるだろう。
続いてYシャツを試着。
こちらは希望通りの白いYシャツだが、襟と袖口に小さな紋章のようなワンポイントが刺繍されていたり、ボタンも白ではなく色つきボタンになっていた。
ゴテゴテに装飾するのではなく、シンプルさを残しつつオシャレに。洋服事情に疎い秋斗でも着ればオシャンティになれるほどのセンスの光る1品。
もちろん、スラックスと同様動きやすいし機能性も十分だった。
「さすがエリー。良い仕事をする」
「ンフフ。 賢者様にそう言って頂けるなんて光栄だワァ~」
エリザベスは上下試着した秋斗の姿を、少し遠目からフォルム全体を確認したり秋斗の使用感を聞いていく。そして、問題無しと判断されて試着は終了した。
「これ着て帰るよ」
「そうした方がイイわ~ン! 2人の奥さんにも見せてあげないとネ!」
その後、エリザベスと共に街に出て嫁2人へのお土産を購入するべく散策する。
途中小腹が空いたので屋台に立ち寄ると
「へい! らっしゃ……!?」
屋台で串焼きを焼いていた中年エルフがエリザベスの顔を2度見したり、街行く住民がエリザベスを2度見したりしていたが、エリザベスおすすめのお菓子をお土産に買って平和に終わった。
その後、エリザベスと別れて王城に帰宅して自室へと戻る。秋斗は洋服も手に入れ、1人で買い物もする事が出来たので足取りは軽い。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
「ん。おかえり」
自室に戻れば、リリとソフィアが並んでお迎えしてくれる。そして、試着したままの新しい洋服について感想を貰う。
「やっぱり秋斗様はそういった洋服が似合います」
「ん。カッコイイ」
やはりエリザベスの腕が良いのか、高評価だった。美女2人にヨイショされてニヤけてしまうのが男の性ってもんです。
「ちゃんと買い物できたんだぞ。これお土産ね」
アレクサにお土産を渡し、ソファーへと腰を降ろす。
「ふふ。じゃあ皆で食べましょう」
「うん。マドレーヌ好き」
秋斗はリリの言葉を聞いて、ん? と何かに引っかかりを覚える。
彼女は何故俺の買ってきた土産の内容を知っているんだろう? と疑問に思いながらも3人で楽しくティータイムに突入した。




