39 傭兵ギルド
カタカタと馬車が石畳の上を進み、窓から見える木と住居が入り混じった景色を眺めながら目的地を目指していた。
今日顔を出すのは傭兵ギルドとなる。本来ならば、商人ギルドも顔を出す予定だったのだが本日は午後から出発となったので残りは明日以降となった。
傭兵ギルドは街の入り口近くにあり、人の往来がもっとも多い場所でもある。
秋斗は馬車の中から街の様子を見る事ができ、秋斗の姿が少しの間だけ多くの人に晒されるので『慣れ』というには丁度良かった。
一応、ギルド入り口と馬車の周りには騎士団が配置されて賢者に対する住民のパニックが起きても対処できるよう護衛もされている。
大騒ぎにならなければ、ギルドが建っている大通りを少しだけ眺めたり歩いたりする予定も組み込まれていた。
そんな予定を立てつつも、秋斗は馬車の中で傭兵ギルドについて説明を受けていた。
傭兵ギルドとは国が戦争になった際に民間人から戦う者を募るために設立されたのが最初だが、平時は主に魔獣の駆除や魔獣素材の狩りを行っている。
現在では戦争に参加するかどうかは本人の自由意志で決められるので、傭兵と言うよりも魔獣に対して戦う者達という認知度の方が高い。
というのも、兵士や騎士以外の人間が魔獣を狩るには傭兵ギルドへの登録が必須である。誰でも自由に魔獣に挑んでしまうと、相手が危険度の高い魔獣だとどんどん人が殺されてしまう。
元々は魔獣を狩るのは国に声を掛けられた一定の者達である戦争で名を上げた凄腕の傭兵や騎士団が行っていて、魔獣と戦う者の制限は無かったが英雄に憧れた子供がヒーローゴッコの延長で魔獣に挑んで殺されるという事案などザラだった。
そんな理由から魔獣狩りをしようとする者の実力選定と管理、魔獣狩りを行う人間のサポートや討伐依頼の請負。駆け出しが狩りを行うまでの訓練と知識を授ける授業など、様々な事を取り仕切る民間組織であり戦争への参加志願者と魔獣狩りをする者を管理する『傭兵ギルド』が出来た。
現在はどちらかというと魔獣狩りに重きを置いた傭兵ギルドであるが、登録をすれば商人への素材の売却仲介や武器屋・防具屋・宿屋の斡旋など嬉しい特典も充実していて職業選択の1つとして数えられている。
傭兵ギルドは東側各国の各街に支店が置かれ、傭兵ギルド本部はレオンガルド王都に存在する。街の腕自慢達は故郷の傭兵ギルドで名を上げて道場破りのように各街の支店を渡り歩いたり、商人からの護衛依頼を受けて各地を旅しながら腕を磨く者もいる。
もちろん人によっては自分の安住の地を見つけて、その街で依頼をこなす者も多く存在する。とにかく、共通するのは彼らは自由である事。
そして、彼らの強さはギルドによって定められる。依頼の達成度によって駆け出しのEから始まり、高等級となれば、A、AA、S級と等級が評価されていく。
Bになればギルドや特定の人物から指名依頼が来る程のベテランの域であり、AやAA等級ともなれば領主や国から依頼される。S等級ともなれば、一騎当千の領域。
また、相手にする魔獣も等級が割り当てられており、S等級ともなれば国を揺るがす『災害認定』されている。もちろん等級が高い魔獣であるほど、魔獣の強さもあって素材は市場に出にくい。その魔獣の素材を手にすれば大金を手にできるし、一生遊んで暮らせるほどの一攫千金も夢じゃない。
自由で、強さを求め、魔獣素材で一攫千金を狙う場所。それが傭兵ギルドである。
馬車の中で説明を聞き終えると、丁度折よく馬車が停止した。
窓から外を覗けば、大通りには多くの人に溢れている。大通り沿いには食べ物を売る屋台が点在し、武具屋、宿屋、生活雑貨を扱う店などの看板を掲げた店舗が立ち並ぶ。
秋斗が景色を見つつ、窓の外を窺えばギルド入り口の斜め前に停止した馬車は王族専用馬車ということもあって大通りを行く住人の多くから視線を向けられていた。
護衛として一緒に来ているジェシカが馬車のドアを開け、秋斗達を外へと促す。
外に出て目的の建物に目を向ければ、剣と斧をクロスした絵の下に傭兵ギルドと文字が書かれた大きな看板を掲げる木造の建物。外観はやや痛んでいるが荒くれ者達の集う場所だからだろうと推測する。
入り口はスイングドアになっていて、中からは多数の喧騒が聞こえてくる。
秋斗が左右にリリとソフィアを連れ立って傭兵ギルドを正面から眺めていると、秋斗の背中からは近くにいた人達の声が耳に届く。
「ね、ねえ。あそこにいるの姫様?」
「姫様と一緒にいるのリリ様よね? っていう事は真ん中の男の人って……」
「騎士の人が護衛してるしもしかして……」
「あの人って……」
と、若干周囲がザワついてきたところで秋斗は周囲の状況に気付き、慌てて皆で傭兵ギルドの中へと入っていく。
スイングドアを押して中に足を踏み入れれば、入り口のすぐ傍には木造のカウンターが並ぶ。カウンターの机は長い一枚板で各窓口毎に仕切りが施されている。
各窓口の上には『依頼受付』『相談窓口』『精算窓口』と目的別に看板が掲げられている。秋斗が見た感想としては、賢者時代にあった銀行を思い出させる作りだった。
そして、窓口前正面の壁の前には長イスが置かれて数人が座っていた。
窓口を目線で通り過ぎ、奥に目を向ければ最奥の壁には大きな掲示板に小さなメモ帳の切れ端のような物がいくつも張られている。
掲示板の近くにはフリースペースのようなイスとテーブルが置かれた場所があり、相談や雑談している者が数名見受けられる。
「支部長を頼む」
「か、かしこまりました!」
秋斗がギルド内部を見渡しているうちに、ジェシカが近場の窓口で用件を伝えていた。
窓口にいた受付嬢はチラチラと秋斗達を見ながらも、緊張した様子でジェシカの用件をブリキのオモチャの如くガックンガックンと頷きながら返事を返していた。
窓口の奥にあるギルド職員の仕事場のようなテーブルがいくつもある場所にいた者達は、ジェシカの姿や秋斗達の姿を見てザワザワと騒ぎ出す。ギルドの職員達が何やら騒がしくなったのを察知した奥のフリースペースにいる者達も怪訝な表情で秋斗達を見ていた。
「今支部長を呼びましたので少々お待ち下さい」
ジェシカの言葉を聞いて、入り口で待機する秋斗達。徐々にざわざわと喧騒が広がり、奥のフリースペースから秋斗達を見つめる人の数も増えていた。
「手を振ったら喜ぶのではないでしょうか?」
と、現状と秋斗の顔を見ながらくすくす笑うソフィアに提案されたところで、窓口奥に設置された2階へ続く階段から慌しく降りてくる中年エルフが秋斗の目に入った。
秋斗達の顔が視界に入ると、彼は走って秋斗達へ近づく。
「も、申し訳ありません! お待たせしました」
そう言いながら、ふうふうと息を深くして呼吸を整えてから秋斗達の前で深々とお辞儀する。
「傭兵ギルド エルフニア王都支部へようこそお越し下さいました。パーティーの時にも挨拶させて頂きましたが、改めて自己紹介を。支部長のエヴァンと申します」
「どうも。ご丁寧にありがとうございます。御影秋斗です」
と、支部長エヴァンのお辞儀に秋斗もお辞儀で返す。
「支部長。本日はありがとうございます」
ソフィアも王家として挨拶すると、顔を上げたエヴァンは恐縮したように勢いよく再び頭を下げた。
「いえ! とんでもございません! 賢者様のご訪問、誠に嬉しく存じます! 姫殿下であるソフィア様はもちろんのこと、リリ様のお顔も拝見できた事も嬉しく思います!」
「心配かけてゴメン」
リリがエヴァンに謝罪するのは傭兵ギルドで依頼を受けた後、エルフ狩りに遭った件の事だろう。
「いえ、とんでもございません。ああ! 立ち話など失礼致しました。2階にある私の執務室へ参りましょう」
エヴァンの案内で窓口の横を通り抜けて進む一行。
ギルド内はエヴァンの賢者様という言葉を聞いて一層ざわざわと五月蝿くなっているが、秋斗は聞こえてくる喧騒を聞かなかった事にしてエヴァンの後をついていった。
支部長の執務室に案内された秋斗達は室内に設置されていたソファーヘ腰を降ろす。
すると、ドアがノックされて1人の女性が飲み物を載せたトレイを持って入室してきた。
彼女は秋斗達の前にカップを置くと、キラキラとした目を秋斗へ向けながらペコリとお辞儀して退室していく。
秋斗は彼女の視線に首を傾げていると、部屋の外からキャアキャアと興奮する女性の声が耳に届く。
「申し訳ありません。職員達が秋斗様が来られた事に興奮しっぱなしで……」
支部長が恐縮しきりにペコペコと頭を下げる。いつものように秋斗が気にしないでくれ、と告げて会話は始まった。
「本日のご訪問は各ギルドの視察でしたよね?」
「そうです。秋斗様は目覚めて日が浅いですし、現代の様子がまだお分かりではありません。最初は各ギルドや施設を視察しつつ、街の皆にも少しずつ姿を見せていこうと思っています」
「確かに。いきなり街にお姿を晒したら大パニックでしょうね」
エヴァンはその様子が容易に想像できるのか、困ったように笑いながらソフィアの考えへ同意を示す。
「それと、秋斗様もギルドを利用するかもしれませんので施設案内などをして頂こうかと。後は陛下からの伝言もあります」
「陛下からの伝言ですか?」
「はい。秋斗様が魔石の研究をなさるので、陛下が研究用の魔石を買い集めたいと。これは商人ギルドにも伝えます」
「ほほう。魔石研究ですか。確かに、秋斗様が研究なされば魔石の利用価値が高まるでしょうね。どのグレードをお望みでしょう?」
エヴァンがソフィアに問いかけると、ソフィアは秋斗に顔を向ける。
研究者自身が決めてくれという事だろう、と解釈した秋斗はエヴァンに自身の意見を告げる
「グレード別けされている物の全てのサイズを揃えられるか? 内部に込められている魔法は問わない。できれば全グレード3つずつくらいはあると嬉しいかな」
「ふむ。内部魔法を問わないのであれば可能だと思います。AAとS等級魔獣の魔石はこのギルドに無いので商人ギルドにお願いする事になるでしょうが、他は揃えられますね」
「AAとS等級はやはり数が少ないか」
秋斗はある程度予想していた感想を呟く。しかし、魔石を組み込んだマナマシンの実用化はあくまでも住民が手軽に買えるくらいのコストに収めたいと思っているので市場価格の高い魔石はそこまで必要ない。
すぐに手に入るのであれば同時に研究するし、入らないのであれば手に入った時に研究するつもりだった。
「そうですね。やはり魔獣の危険度が高いですから。しかし、全く無いわけではないので商人ギルドなら用意できるはずです」
「そうか。よろしく頼む」
「魔石の請求は王城に回してください。受付で言えば伝わりますので」
「承知しました。すぐにでも用意致します」
その後、秋斗達とエヴァンは傭兵について話をする。事前にソフィア達からギルドの成り立ちや傭兵については聞いていたので知識の確認といったところだった。
話が終わる頃、エヴァンが思い出したかのように秋斗へ問いかけた。
「秋斗様もギルドを利用するかもしれないと仰っていましたが、ギルドカードを作りますか?」
東側では国が身分証明書を住民に発行しているが、各ギルドが発行するギルドカードも身分証明書の代わりにもなる。
子供の時は国の発行する物を使い、職に就く際に既に持っている物か新規に発行したギルドカードを身分証明書として使うのか選択できるとエヴァンに説明してくれた。
両方持つ事もできるが、複数枚持つのは嵩張るという理由で1枚だけ持つのが現代の常識らしい。
秋斗はまだ身分証明書を発行していない。城で言えばエルフニアが発行してくれるだろうが、傭兵ギルドのギルドカードが無ければ魔獣は狩れない規則なので発行する事にした。
発行時の等級は最低ランクのEランクで発行する。賢者が特別だからといって他の者達と贔屓されるのは悪いので、公平にしてくれと秋斗がエヴァンに頼み込んだ。
もちろんエヴァンは最低でもA等級からと意見を固持していたが、最終的には折れてくれたので秋斗はホッと胸を撫で下ろす。
エヴァンが職員にギルドカードをEランクで発行するよう指示を出し、現物が届いて秋斗へ渡してくれた。
「では、これがギルドカードです」
カードは銀でできた薄い金属製カードで、名前と等級が書かれ魔獣狩猟許可と一筆書かれている簡単な物だった。
因みにS等級以外は等級毎にカードの材質が変わるなんて事は無く、全員が銀で等級が上がる毎に新品のカードに差し替えられる。
S等級に到達した者のみ、特別感を出す為に金のカードへ変わるとエヴァンに説明された。
カードを受け取ると、さっそくエヴァンの案内で傭兵ギルドの施設を見学する事になった。
「まずはここが受付です。奥にある依頼が書かれた紙を持って受付に持って来て受諾します。上に書かれた看板を見て目的の窓口に来て頂ければ対応します。相談窓口は何か困った事があれば何でも相談に乗りますのでお気軽にお尋ね下さい」
エヴァンの案内で1階に下りてすぐにある受付から説明が始まる。
受付の説明を聞いた後、受付カウンターの奥にいる職員達や傭兵達の視線を受けながらギルド内の奥へ向かう。
「これが依頼ボードです。依頼票には内容と受注できる等級が書かれています。B等級までは自分の等級から1つ上の物まで受けられますが、A等級以上の依頼は同等級の者しか受けれませんので注意して下さい」
A等級魔獣という物は1匹でも街を壊滅させられる程の危険度である。A等級以外の傭兵が相手にするならば最低でもB等級の腕前を持った傭兵が10人以上は必要だと言う。
したがって、A等級以上の依頼になると対象の魔獣はかなり危険度が跳ね上がるのでそういう措置になっているとエヴァンが説明する。
「こちらはフリースペースになってるので自由にお使い下さい。チームメンバーとの相談や雑談、休憩などに使うのが主ですね」
エヴァンの説明を受けながら周囲を見渡せば、フリースペースにいた全員が秋斗達へ注目していた。彼らは秋斗の顔を見つめたり、チームメンバーであろう仲間とヒソヒソ何かを話していたりしている。
傭兵と呼ばれる彼らは全員武器を携帯し、身体には金属製や革製の防具と呼ばれる物を装着している。武器の種類も剣から槍に弓など様々。
男女どちらもいるが、やはり男性の方が比率は高い。そして、種族も様々である。馬車から見えた街を行く人達のようにエルフや獣人、ドワーフ、羽の生えた魔人族と呼ばれるであろう人まで種族で存在していた。
「フリースペースからはギルド裏手の訓練所に行けます。自主練習をしたり、メンバー同士で手合わせをしたり、初心者の実践への講習や武器訓練講習を行う場所です」
フリースペースからドアを潜れば、宛ら闘牛場のような作りをした円形の広い訓練場が現れる。木製の案山子や訓練用の武器が箱に入って置かれたり、訓練する者を観戦するスペースも見受けられる。
「リリもここで訓練してたのか?」
「たまに魔法の試し撃ちはしてた」
リリと会話していると、フリースペースにいた傭兵達が秋斗達を追って観戦スペースにはゾロゾロと集まっていた。
そして、1人の見た目から若そうな女性獣人が手を上げてこちらに声をかける。
「賢者様の実力は見れないんですか~?」
「こら。賢者様に失礼でしょう」
ニコニコと笑いながら声をかけた女性獣人は、隣にいたチームメンバーらしきエルフ族の女性に注意される。しかし、彼女の発言を切っ掛けに秋斗の実力が見たい、手合わせしてみたいという声が続々と上がる。
エヴァンも彼らに注意するが、血気盛んな彼らの要望は収まる気配は無さそうだった。
「やめた方がいい」
が、リリが彼らに1言呟く。
「やめた方がいいって何でですか?」
秋斗と戦いたいと目をギラギラさせる女性傭兵は、その闘志を漲らせたままリリへ聞き返す。
「秋斗に殴られた帝国の人族は頭が無くなった」
「王城のアダマンタイトの柱にも腕をめり込ませて大穴開けてました」
「「「………」」」
リリとソフィアの説明を受けた傭兵達とエヴァン、手を上げていた女性傭兵はスッと腕を下ろす。
チラリと傭兵達に視線を向けると、一斉に顔を背けられた。
明日から仕事の都合で投稿できません。1週間後くらいに更新を再開します。
申し訳ないです。




