37 服飾傭兵エリザベス
騎士達を盛大にドン引きさせた秋斗はその後、製作室に戻ってマナマシンを製作しようと話を振るが放心状態の製作室のメンバーから「色々考える時間が欲しい」と言われて拒否される。
どうしようかと考えていると天の助けの如くマルクが傍に現れ告げる。
「秋斗様、陛下。そろそろ夕飯のお時間かと」
「そうしよう。メシにしよう。そうしよう!」
秋斗の力を実際に初めて見てドン引きしている一同を残して、早足で逃げるように立ち去る。
明日からどんな態度を取られるのか、と心配しながら王家の食堂で王家と嫁達を連れて夕飯を食べた。当然、夕飯の味は覚えていない。
そして翌日。
大騒ぎになった式典から1夜明けても王都の興奮状態は覚めておらず、まだ街に出るのはおすすめしないと言われてしまったので、今のうちに製作室にいる彼らにプリンターの使い方を教える事にした。
向かう際、廊下ですれ違った騎士達は秋斗を見てビクッとなるが怖がらずに接してくれたので一安心。製作室のメンバーも一夜経つと変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
「マジ調子乗ってました」
「5人揃えば賢者様に匹敵するなんて無理でした」
「ぼくたちはみじんこです」
5兄弟の長男以外からは何やら言われたが秋斗は聞かなかった事にした。
その後、プリンターの使い方や原理などを教える授業をする。
もちろんアランも参加。ケビンは昨日の続きで騎士団訓練場にいるらしいので不参加。
秋斗の授業を終え、プリンターの使い方をいち早く覚えたのはエリーナだった。
「あはははは! ヨーナスさん! 次は何を制御しますか!?」
元々素質があったのか、彼女の興味と合わさってキーボードをカタカタカタカタカタ! と笑いながら猛烈な勢いでタイピングして制御装置をプリントしまくっている。
「人のことドン引きできなくねぇ?」
製作室で唯一まともかと思われたエリーナも本性を現してしまった。
キーボードの化身と化した彼女を見ながら秋斗が呟けば、ヨーナスは「ゴメン」と秋斗に謝った。
さらに翌日。
製作室の扉を開ければカタカタカタカタッ! という軽快なタイピング音とゲッソリとしたヨーナスとエルフ5兄弟達。
「ヨーナスさん! これでいけるはずですよ!」
「眠い……。エリーナ、寝かせてくれ……」
「これ試したらにしましょうよ。ね? ね?」
「それ、さっきも言ってただろう……」
どうやら徹夜で作業していたようだ。ともかく、これでは教えるどころか新しい事を教えたらヨーナスがガチギレしそうなので、秋斗はそっと扉を閉めた。
その後、自室に帰ろうかと廊下を歩いていると、ケビンとアランのコンビに遭遇。
アランに誘われ、執務室にお邪魔して2人と話をする。
他愛も無い話をそこそこに、製作室のメンバーに教本として使用しようとしていた『魔法工学:基礎編』の教本をアランに見せる。
秋斗の自宅遺跡の地下から持ち出した本の中にあった1冊で、秋斗が技術院で授業をする際に使用していた教本だった。
他にも『実践編』『応用編』の2冊が、出勤時に使っていた密封式のトランクケースに収められていたこともあり、やや使い古されてはいるがまともな状態を保っていた。
「これを使って彼らや他の国の技術者に教えようと思うんだけど、どう思う?」
「これはッ!? 賢者時代の技術教本なのですか!?」
秋斗から本を受け取ったアランは食い入るように本を見つめ、慎重にページを捲る。
「うん。それは魔法工学の基礎が載ってるやつだな。魔法工学は科学・錬金術・魔法の複合技術だからどれかに特化させるわけでなく、最初は満遍なく学ぶんだよ。だから賢者時代の知識を勉強するなら丁度いいかなって」
最終的には全部の知識を高めないといけない学問なんだけどね、と秋斗は付け足す。
「なるほど。確かにこれを教本とすれば賢者時代の技術を理解できそうですね」
「という事は、秋斗様はその3つを完全にマスターしてるんスか?」
「俺の専攻は魔法工学だけど、マナマシン製作に特化してるから……ある程度までかな。さすがに錬金術と魔法知識の頂点にいた2人のアークマスターには敵わないよ」
余談であるが、賢者時代では科学技術は義務教育中に魔法工学に応用できる重要な物をいくつか教わる程度の知識になっていたのでアークマスターは存在しない。さらには魔法の登場で科学で再現できなかったものが再現できるようになってしまったのであまり重要視されなくなっていた。
その辺りの事情が、科学技術が失われている現代に影響しているのかもしれないと秋斗は考察していた。
「そうなんスか?」
「魔法工学は魔法を使用した物作りを指し、魔工師はマナマシンと魔法の創造を自在に――っていう生まれたてで新しい複合分野と称号だからね。ほぼ煮詰まった3種の技術を満遍なくいいとこ取りしたようなモノなんだよ」
だからあまり大したアークマスターじゃないんだよと秋斗は言うが、2人には首を振って否定された。
その後、別の教本も見せながら内容を説明していく。
「ふむ。秋斗様。この教本、お借りして写本させて頂いてもよろしいですか?」
「ん? いいけど……結構1冊が分厚いし字もギッシリじゃないか?」
「ハハハ。そういう作業は得意でしてな。任せて下さい」
アランにそう言われたので教本を貸し出す事となった。
2人と相談し、新しい技術を教えるのは数日後と決めて執務室を後にする。
今日は自室でゆっくりしようか、と思いながら執務室の前から立ち去ろうとした時。
「ああああああああああああ!!!! (カリカリカリカリカリッ!! カリカリカリッ!!) 」
という絶叫しながら羽ペンで紙に写本しているであろう音が聞こえた。
秋斗が執務室の扉を見つめていると――
「まともなのは自分とヨーナスさんしかいないッス」
というケビンの呟きが横から聞こえた。
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「明日には外に出れそうですよ」
アランの絶叫を聞いた翌日、昼食を食べた後に自室でマッタリタイムを過ごしているとソフィアから街の様子の報告を受けた。
秋斗が現れた事による大フィーバー状態だった王都だが、さすがに3日も経てば落ち着きを取り戻したようだ。
「おお。さすがに服も欲しいしな」
秋斗は自分の着ている服を見下ろす。目覚めてから今日まで、同じ服のままだ。
リリに貸していたYシャツを回収し、2着ずつあった服を交互に使用している。風呂に入る際にメイドが着ていた衣類を洗濯して、既に洗濯していたモノに置き換えてくれていた。
夜は相変わらずふわっふわのバスローブ。
「秋斗様の洋服は専門の服飾家が王城に参ります。秋斗様が王城に到着した日より、レオンガルドより呼び寄せたので本日には到着するかと」
秋斗の言葉を聞いたアレクサがコーヒーを淹れなが答える。
「え? 街の服屋に行かないのか?」
「はい。賢者時代の洋服デザインを研究し、再現しているデザイナーがレオンガルド王国におります。秋斗様も着用するならば、着慣れたデザインの物の方がよろしいかと思いまして呼び寄せました」
「そりゃまた……なんだか悪い事したなぁ」
秋斗は特に服に対してこだわりを持っていない。着やすければOK 動きやすければOK といった大雑把なこだわりしか持ち合わせていないので、わざわざレオンガルドからエルフニアまで来てくれるというデザイナーに対して申し訳なく思う。
「いえ、相手方は話を聞いた際に大喜びで向かったようなので。秋斗様が気に病む必要はございません」
アレクサの説明では、エルフニアの騎士が依頼をしに相手方が営む店舗を訪れて本人に理由を説明すると、その場で店を閉めてその日のうちに馬車でエルフニアへ向かったらしい。
「もしかして、呼んだデザイナーってエリザベスさんですか?」
ソフィアが紅茶の入ったカップを持ち上げながらアレクサへ質問する。
「はい。エリザベス様です」
「知ってる人?」
ソフィアとアレクサのやり取りに疑問を持った秋斗が問う。
「エリザベスは賢者時代の服を数多く復活させた人で超有名デザイナー。しかもA級傭兵でもある凄腕の傭兵」
秋斗の問いに答えたのはリリ。
「私もソフィアもレオンガルドに行った時はエリザベス服飾店の洋服を買う」
リリの答えにソフィアも頷きを返す。
「デザイナーで傭兵……?」
「服を作る時の素材を自分で調達してる。魔獣の毛皮とか」
「とんでもねえデザイナーがいたもんだ……」
エリザベスという名から推測するに女性だろう。あの海辺で見た虎のような魔獣を倒して毛皮を剥ぐのだろうか。
秋斗がその様を想像していると、コンコンとドアがノックされる。
アレクサがドアに向かい、外の者と会話を交わす。そして、すぐに秋斗達のもとへ戻って来た。
「エリザベス様が王城にご到着したようです。この部屋へ向かっているとのご報告でした」
「わかりました。まぁ、本日は採寸と生地やデザイン選びでしょうね」
「夫の着る服を決めるのも妻の仕事。任せて」
3人の話では服の生産は手縫いで作られており、完全オーダーメイド製となるとデザイナーと共に採寸や生地選びにいたる全てを決める。
デザイナーは決まった要件を店舗や作業場へ持ち帰り、何度か試着を経て完成となるとのこと。
秋斗的には一般人が着る量産品でも良いのだが、もはや言い出せる雰囲気ではない。
リリとソフィアは優雅に紅茶を飲みながら生地についてアレクサと相談している。こんな雰囲気で言い出せば大ブーイング待ったなしだ。
デキル夫を目指す秋斗はグッと自分の意見を引っ込めて、嫁達の好きにさせる。地蔵の如くソファーにじっと座りながら3人の相談を聞きながらその時を待った。
オシャレ知識など全く無い秋斗は、3人の洋服トークを右耳から左耳へ受け流して聞きつつ、時折「そうだね」「ありだね」と相槌を打っていると部屋のドアがノックされる。
秋斗は今日のメインイベントがやってきたな、と気持ちを入れ替えて対応に向かったアレクサを待った。
「エリザベス様がいらっしゃいました」
アレクサの声を聞いて、ソファーを立つ。そして目的の人物がいるであろう背後を振り返ると――
「ハァ~イ! 賢者様! お会いできて光栄ですわァ~!」
立っていたのは洋服の上からでもわかる程の筋肉ムキムキオネエだった。
「エリザベスさん。ご無沙汰しています」
「エリー。久しぶり」
「ソフィア様にリリ様。ご無沙汰ですわン」
リリとソフィアも秋斗と同時に振り返り、ソファーから筋肉ムキムキオネエの傍へ歩み寄って挨拶を交わす。
2人と握手しながらオホホホと笑うエリザベス。
彼、いや彼女は手入れされている金髪を三つ編みにしている。だが、何より男だと決定付けるのは厳つい顔。
化粧を施していても隠し切れない割れ顎を兼ね備えた厳つい男顔に、洋服がはち切れんばかりのピッチピチに引っ張られた筋肉ムキムキの胸板。
そんな容姿から、エリザベスという名は本名ではないと秋斗の本能が告げる。
極めつけは右目から知らされる < unknown > の表示。何がだ、と秋斗は叫びたくなるがグッと我慢した。
賢者時代でもオネエは存在していたが、それよりも強烈に男だとわかる。否、男ではない。漢だ。
だが、美意識は高いようでシャツの捲くられた袖から出る丸太のような腕には毛は生えていない。髭の処理もバッチリだ。
あと付けまつ毛がめっちゃ主張しててヤバイ。
「ど、どうも。御影秋斗です」
その場で唖然としているのも相手に悪いと思い、秋斗も嫁2人に遅れてエリザベスと挨拶を交わす。
「お会いできて光栄ですわ。エリザベスと申します。気軽にエリーと呼んで下さいネ」
秋斗と握手をしながらバチコーン! とウインクをするエリザベス。
丸太のような腕を見つつ、大きな手を握り締めながらこれが未来型オネエか、と秋斗は感想を抱く。
秋斗の知らない新種族かと思ったが、スススッと寄ってきたアレクサが秋斗の耳元で「人族です」と小さな声で呟いた。
ブンブンと手を揺らしながら握手を交わした後、エリザベスは手に持っていた大きな革張りのトランクケースを開く。
「こちらのトランクに生地が入ってるから採寸している間に選んじゃってもOKよォ~ン」
ニコリと笑みを浮かべるエリザベス。ソフィアとリリがさっそくといった感じでトランクへ歩み寄り、中身の生地サンプルを手に取りながら相談し始める。
エリザベスと秋斗はあーだこーだと相談している2人を見送った後、再びエリザベスと秋斗が顔を見合わせるとエリザベスは折りたたみ式の長い定規を手に持ってニコリと笑みを浮かべた。
「さっそく採寸しちゃうわネ」
長い定規を使って体のサイズを測る。両手を伸ばして測ったり、何やら紐のような物を腰に巻きつけてウェストを測ったり。
彼女 (?) は秋斗が思っていた以上にプロらしく仕事をこなした。股下を採寸する際に尻を触られたような気がするが、気のせいだろう。そうに違いない。
採寸を行いながら簡単な世間話を彼女としていると、秋斗はエリザベスとすっかり仲良くなった。
「へぇ~。じゃあ賢者時代は手縫いじゃなくて魔道具を使って服を量産してたのネェ~?」
「そうだな。手縫いの物もあったんだろうけど、ほとんどは魔道具による大量生産だなぁ」
エリザベスの賢者時代で作られていた衣服は? という話から始まり、現在と過去の生産方法の違いなどを話して盛り上がっていた。
その後、当然のように秋斗の現在着ている服にも興味を持った。同じデザインである代えの服を見せたり、秋斗の覚えがある服のデザインを紙に描いて見せたりして2人の会話は弾む。
リリとソフィアは生地選びを終えても、予想外の盛り上がりを見せる2人の会話に口を挟めない状況だった。
採寸の終わった後、2人の会話が1時間を経ったところでアレクサから声を掛けられて中断し、本来の用件へと戻される。
「ごめんなさいねン。賢者時代のデザインとなると夢中になっちゃって。生地は決まったかしらン?」
その後、2人が選んだ生地や秋斗の希望で作る服のデザインを決める。
現在着ているようなスラックスにYシャツが秋斗らしいというリリとソフィアの意見もあって、大まかなデザインはそのままにワンポイントで刺繍を入れたり小さなオシャレを施すような内容に決まった。
使用される生地も2人が選んだ物で問題無かったのでそのまま採用される。
「うーん。服飾関係の本が残ってればエリーにあげたんだけど、俺は技術院から支給される服しか着なかったから……」
「あら、アキトが気にしないでいいのよォン。今日みたいに簡単な絵でも教えてくれるだけでも助かるんだから~」
すまん、と頭を下げる秋斗にバチコーンとウインクしながら笑みを零すエリザベス。
盛り上がった過程で秋斗はエリザベスの仕事への熱意に打たれる。さらには彼女の男らしい? 人柄も好ましく思っていたし、エリザベスは賢者という立場なのにも関わらず気さくに接してくれる秋斗の人柄と、自身の洋服研究への惜しみない協力をしてくれる姿勢に惚れこんでしまった。
すっかり意気投合した2人はエリー、アキトと呼び合う程の仲に。秋斗はこの時代で気さくに話せる友人が出来た事に喜び、エリザベスも秋斗の気持ちを察してフランクに接しつつ、賢者と友人になれた事を素直に喜んでいた。
「ふふふ。じゃあ気合入れて作ってくるから楽しみにしててネ~」
「ああ、楽しみにしているよ」
一頻り会話を楽しんだ後、エリザベスは持ってきた荷物を纏めて笑顔を浮かべながら退室していった。
この後、ルクス王に謁見して王城の者が手配した作業場で秋斗の服を作るらしい。
「秋斗様、楽しそうでしたね」
エリザベスを見送った後、ソフィアが秋斗へ笑みを浮かべながら言う。
「そうだな。エリーみたいに様付けで名前を呼ばずに接してくれるのは助かる。友人のように接してくれた方が気が楽だ」
「秋斗は様付けが嫌?」
リリが秋斗の顔を覗き込むように見て、可愛く首を傾げる。
「敬ってくれる人には悪いかもしれんが、自分が偉いとは思えないしな。緊張されるより気軽に話せた方がよくないか?」
「私もその気持ちはわかりますけど……。秋斗様は私以上に無理だと思います」
ソフィアも城の外へ散歩や買い物を楽しむ際に気軽に接して欲しいと願っているが、王女という身分がある以上相手に言ってもダメな場合が多い。リリもソフィアよりか位は低いが大公家令嬢なのでもちろん様付けである。
2人がそのような状態なのに、王族以上の地位になる秋斗など到底無理だろう。
「だよな……」
「何度も会ったり会話してればわかってくれるんじゃない? 私もそうだったけど、時間が経つにつれて気軽に接してくれる人もいた」
「そっか。じゃあ根気よくやるよ」
2人に頷かれながら、秋斗は街に出てから訪問する場所を相談し始めた。




