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22 首輪解錠

 ラウロの案内で到着した医療院の外見は木造の2階建てで入院患者が過ごす建物として、隙間風などが無いよう丁寧に建築されたのが解る程にしっかりとした作りになっている。

 大人数を収容できるよう想定された作りの建物は実際に目の前に立つと、向かうまでの道のりで見えた時以上に大きく思えた。


「皆様。こちらになります」


 ラウロは入り口となるドアを開き、後ろを振り返りながら中へ案内を始める。

 医療院の中に通された秋斗はキョロキョロと周りを見渡す。

 玄関から入って最初にあるのは広めの待合室のような場所で、真ん中に受付のようなカウンター。そして、左右と奥にドアが存在していた。


 入り口での会話が聞こえたのか、奥のドアから一人の女性が姿を現し、建物内に案内された秋斗と王族を見ると丁寧に頭を下げる。

 頭を下げる女性に気付いた秋斗は、軽く会釈しているとラウロが口を開く。


「この医療院には怪我などの重症患者もおりますが、大半は首輪を付けられた人達です。患者には主に治癒魔法や生活介護を行っております。軽度の怪我などは入場門の近くにある出張所で治療しております」


 施設の事を知らない秋斗を気遣って、ラウロが説明をしてくれた。

 ラウロはこちらです、と言いながら施設の奥へ進む為のドアへ足を進め始める。

 

「奥に専用の部屋を用意して、そこで治療しております。右隣にある部屋は怪我をした患者の部屋です。左は診療室となっております。2階は常駐する医療職員の部屋です」


 説明を続けながら、ドアに近づくとドアから出て頭を下げていた女性が扉を開き、一行を招き入れる。

 ドアを通ると、最初に現れるのは大きな調理場。大きなテーブルに調理用器具やまな板が置かれており、壁沿いには患者が使用するのであろう食器を収納した棚が複数設置されている。


 調理場では複数の男女が包丁で野菜を切ったり、大きな鍋を火にかけて料理を作っている。彼らも、秋斗達に気がつくと作業を一旦中断して頭を下げていた。

 秋斗が彼らに会釈して王であるルクスが手をサッと上げた後、ラウロが彼らに作業へ戻るよう声を掛けると調理を再開しに持ち場へ戻っていった。


 作業を再開した彼らを横目に、調理場の奥にある両開きの大きなドアをラウロが開ける。

 開けた先には、ホテルのように小ホールのような場所があり、壁沿いにはドアが複数並んでいる。


「あちらにあるドアの先が患者の部屋です。4人で1部屋になっております。現在の患者数は37名です」


「よし、じゃあ首輪の効果で衰弱が激しい者からいこうか」


 ラウロの説明を聞き終わると、秋斗はシャツの袖を巻くって準備を始める。

 秋斗の言葉を聞いたラウロは手早く作業していた職員に指示を出し、秋斗を優先すべき患者のいる部屋へ案内する。

 

 案内された部屋を開けると、簡単な仕切りで区切られた大部屋に4つのベッドが並ぶ。一番奥にいる患者が最も死期が近いと小声で説明され、ラウロと共に足を進める。遅れて王族達も後に続く。


 部屋の一番奥に向かう途中、通路の左右にあるベッドをチラリと横目で窺うとどちらのベッドにも男性が横たわっていた。

 奥に到着すると、ベッドに横たわっているのは左右どちらも男性。ここは男性部屋だったようだ。


 こちらです、と案内された右のベッドには患者の家族と思われる男女がおり、女性の方が横たわる男性の手を握って椅子に座っていた。

 

「あ、先生……」


 ラウロと秋斗がやってきた事に気付いた女性は、ラウロを先生と呼ぶ。彼女の顔には目を赤くして頬には涙の跡が残っていて、男性の方もラウロを見て頭を下げた。

 横たわっている男性に視線を向ければ、見た目はまだ若く、青年と呼ばれるであろう歳に見えるが体は衰弱して顔は白くなっていた。


「どうなさって……え!? 陛下!?」


「へ、陛下!?」


 ラウロと共にやってきた王を見て、女性と男性は驚きを顕わにする。

 ルクスは何も言わずに、2人へ優しく微笑む。


「奥さん。こんにちわ。ちょっと、息子さんを診察させて下さいね」


 ビックリしている2人にラウロは安心させるように優しく用件を告げた後、秋斗に向かって頭を下げた。秋斗も頷いてベッドに眠る青年に歩み寄る。

 王族達が見守る中、秋斗は青年の首元に嵌められた首輪を確認して、まずは外見を観察する。


(見た目はリリの時と同じ。さて、パスワードはどうか……)


 首輪の外見を確認した後、首輪に右手で触れてリリの時と同じように解析術式を発動させる。

 

「あ、あの先生……。こちらの方は……?」


 秋斗が首輪に触れた際に、青年の母は不安そうに秋斗について尋ねるがラウロは「大丈夫ですからね」と返す。

 そんなやり取りが行われる一方、解析を行っている秋斗は衝撃を覚えていた。


(リリの物とパスワードが同じ? 記憶領域の内容も同じ。なんだこれは……?)


 解析の結果、嵌っている首輪はリリの時と全く同じ物。外見も内容もパスワードも全て同じ物だった。

 スキャンで内部の構造を見てみても、部品の配置などはリリの物と寸分違わぬ物だった。


(量産品? だが、量産するにしてもコアユニットのパスワードはハッキング対策で別々の物を用意するはず。量産品でパスワードを統一する意味は……?)


 秋斗はリリの時にも疑問に思っていたゼウスというパスワード。今回も同じゼウスというパスワードが使われている事が秋斗からしてみれば有り得ない事態だった。

 不審に思った秋斗は次の行動に出る。

 

「すまん。ちょっと隣の患者も診させてくれ」


 そう言って、左の患者に近づいて嵌められた首輪を解析する。


(なんだこれ……)


 さらに、入り口付近にいる残りの2名も解析。だが答えは同じだった。


(なぜ、量産品なのにパスワードが同じなんだ……)


 1つ解析してしまえば全てがハッキングし放題じゃないか。と秋斗は驚きを隠せない。

 この首輪のを製作したのは自分と同じような賢者と呼ばれる存在なのかと思っていたが、過去にマナマシンを製作していた技術者ならばパスワードの統一などという暴挙はしないだろう。


 マナマシンのハッキング対策というのは、過去に存在した国ならばどこでも行っていたし、対策を施すのが常識だった。

 賢者という存在が稀な存在だとしても自分やケリー、帝国にいる賢者と呼ばれる存在が少なからずいるのだから現在の他の国でも居ておかしくないと考えるのは容易い事だ。


 それならば、首輪の製作者の耳にも『別の国に賢者という存在がいる』という噂が入るだろう。そんな状況で製作したのが秋斗ならば、敵に解析されないようパスワードを統一するなんて事は絶対にしない。むしろ、敵ではなく味方だったとしても統一などしない。


(これを作ったのは賢者だと思っていたが違うのか…? この時代の人間で昔の企業レベルで作れる製作者が誕生した? だが、技術レベルとセキュリティ意識がチグハグで全くわからん……)


 首輪の構造自体は昔に存在していた企業製品のマナマシンに限りなく近い。だが、セキュリティが企業製品としては絶対に有り得ない。


 製作したのが賢者だったなら、とんでもなく脇の甘い阿呆だろう。しかし、西側の技術レベルが東側と同じだったと仮定して、製作したのがこの時代の人間(・・・・・・・)だったのならば限りなく天才だろう。セキュリティも完璧だったら限りなく(・・・・)が無くなって天才と評価したが。


「あの、秋斗様?」


 秋斗が製作者について評価していると、秋斗の行動を見ていたソフィアが不安そうな表情を浮かべて声をかける。


「あ、すまん。すぐ外す」


 考え込んでいた秋斗はソフィアの声で現実に戻り、最初に見ていた青年のもとへ戻る。

 そして、改めて首輪に右手を当ててハッキングで首輪を外しにかかった。

 リリの時と同じように、ハッキングが成功した首輪はカチリと音を発して青年の首から外れる。


「はい。完了」


 青年のもとに戻ってから何も気負う事無く、簡単に首輪を外した秋斗を目にした他の者達には何が起こったのか一瞬理解できていなかった。


 それも当然の事だろう。東側の者達は長く、奴隷という悪夢に苦しんできた。それは光の見えない闇の中を歩き続け、光が見えたと思ったら蜃気楼のように消えてしまうような終わりの見えない悪夢だった。


 首輪で苦しむ息子の見舞いに来ていた夫婦は勿論、長年に渡って医療院で首輪と闘ってきたラウロ。首輪という呪いを解き放とうと他国と連携してきた王族達。東側で生活する全ての者達が見続けてきた悪夢。


 しかし、彼らの経験してきた悪夢が終わる瞬間は一瞬だった。奴隷被害という終わりの見えなかった悪夢から抜け出した事に気付き、最初に現実に戻ったのは息子の母だった。


「首輪が! この子の首輪が!」


 母親は外れた首輪を持つ秋斗を見ながら、不安と期待が入り混じった表情で叫ぶ。

 次に、彼女の叫びで我に返ったラウロが青年の容態を確認する。秋斗がラウロの行動を観察していると、ラウロは青年の胸に手を当てて呼吸の深さと、何やら魔法を使って診察しているようだった。

 

「す、すごい! 苦しそうだった呼吸も安定している……。首にあった黒い霧も消えている……」


 息子さんは助かりますよ! と夫婦に告げるラウロ。そして、ラウロの言葉を聞いて夫婦は涙を流し、青年の手を握った。

 

「黒い霧ってなに?」


 そんな中、秋斗はラウロの放った言葉の気になった事をリリに小声で質問していた。


「ラウロ院長は魔力が私みたいに見える。首輪を嵌められると首に黒い霧みたいなのが渦巻いてて、それが首輪の呪いだって言われてる」   

 

 秋斗の質問にリリも小声で返す。

 リリと出会った時に、彼女が秋斗の右目と右手を見た際に言っていた魔力が見えるという現象。リリだけの特殊能力という訳ではなく、リリ以外にも見える者がいたようだ。


(黒い霧……。マナマシンから出る魔法効果に色がある? うーん、調べる事が山積みだな)


 リリの言葉を聞いて、秋斗は脳内で考察を始める。これも後々に行う研究の対象だと心に決めたところで声をかけられた。

 

「ハッ!? あ、秋斗様! スゴイです!」


 どうやら放心していたソフィアが我に返って秋斗に声をかけたようだ。


「な、なんと……。あの忌々しい首輪をこうも簡単に外してしまうとは……」


「やはり……! やはり賢者様は素晴らしい……!」


 ルクスは驚愕し、ロイドはだばだばと涙を流す。


「むふー」


 そして2人の様子を見て、何故かリリがドヤ顔していた。


「「 け、賢者様……!? 」」


 涙を流しているロイドの言葉が耳に入った夫婦は、秋斗の顔を見つめながら賢者という単語を耳にして困惑していた。


「お2人とも。この御方こそ、偉大なるアークマスター。魔工師である御影秋斗様ご本人です」


 ラウロは真剣な表情で夫婦に秋斗の事を話す。夫婦もラウロの表情から嘘を言っているのではないと理解し、今自分達がどれだけとんでもない状況にいるのかを理解してしまった。


 そして、夫婦が行う反応。これまで賢者という存在が、この時代の人々にどのように伝わっているのか分かっていれば想像するのは簡単だろう。

 

「ああ……! 賢者様! ありがとうございます……! ありがとうございますッ!!」


「なんという! 素晴らしいお慈悲を……! ありがとうございますッ!!」


 夫婦は2人して床に崩れ落ちると、父は土下座し、母は神に祈るかの如く手を組んで涙を流す。

 

「い、いえ……。どうかお気にせずに」


 王族が膝をつくというのも驚いたが、今目の前に広がる光景にはもう困惑を通り越して唖然としてしまう。

 どうしよう、とラウロに目をやると彼もまた秋斗の期待を裏切って涙を流していた。 


「と、とりあえず他の人も外そう」


 秋斗はこの場から逃げるように隣の患者に近づき、首輪を外す。

 さて次へと入り口へ向かおうとしたら、近くで見ていた他の女性職員も祈るように号泣していた。


(どうすんのこの状況……)


-----


 その後、なんとか泣きまくる夫婦とロイドを落ち着かせ、ルクスが騒ぎを聞きつけた職員に説明をしてその場を収める事に成功した。

 秋斗はルクスが説明を行っている間にラウロを促して次々と首輪を外す作業を続ける。


 被害に遭った者はやはり女性が多かった。やはり人権など一切無い奴隷とするのであれば、見目麗しいエルフの女性を狙う者が多く、女性8 男性2 といった割合。


 女性は帝国貴族などから性の対象となるので、捕まっても綺麗に扱われる事が多いので時間がある程度経っても生存している可能性は高い。だが、男性の奴隷は鉱山などで重労働を課せられ、そのまま死亡して助けられないケースが多いとラウロは語る。


 西側が行う仕打ちに苛立ちを覚えながらも、作業を続けながら別のパスワードの物が無いか探る事も行っていたが、残り4人となる現在までパスワードの違う首輪は存在しなかった。


「こちらの部屋で最後となります。こちらはまだ被害に遭ってから日が浅く、弱っていますが会話は可能な患者です」


 ラウロは秋斗に最後の組となる4人の説明をして、部屋のドアを開ける。最後の組は首輪は嵌められてしまったが、西側に連れて行かれる前にエルフニア王国騎士達に救出されたらしい。


 ドアを開けて部屋に入ると、他の部屋のような仕切りは存在せず、4つのベッドが全て一目で見えるように配置されていて、中には3名の女性と1名の男性。女性は小さな子供が1人とリリとソフィアと同年齢くらいの者が2人。残りの男性は中年くらいの見た目だった。


 ラウロを先頭に部屋の中心へ足を進めると、中に居た男性がラウロに声をかける。


「先生……。診察ですか?」


 男性はベッドに寝ながら声をかけ、苦悶の表情を浮かべて体を起こす。

 隣に並ぶ2人の女性達も起き上がろうとしているが、小さな子供は「うう……」と苦しそうにしていた。

 

(子供まで……。ふざけやがって)


 事前にラウロから子供も被害者として存在していると聞いてはいたが、やはり目にすると聞いた時以上に怒りを覚える。目の前にいる子供以上に衰弱が激しく酷い状態の者から順番に処置してきたが、やはり子供が苦しむ姿は一番辛いものがある。


「下の子が苦しそうなのです。私は後回しでいいから、あの子を見てやって下さい……」


「どうか……妹をお願いします」


 どうやら、最後の組は家族のようだ。他の部屋のように仕切りが無いのも、家族同士が話したり様子が見れるようにという配慮なのだろう。

 ラウロと秋斗は子供に近づき、さっそく作業を始めようとすると子供は辛そうな表情で弱々しく口を開いた。


「せんせい……くびがくるしい……」


「大丈夫。すぐに苦しくなくなるよ」


 秋斗は右手を首輪に当てながら左手でやさしく子供の頭を撫でる。


「な、何を……」


 秋斗の言葉を聞いて不審に思ったのか、父親が自由の利かない体を必死に動かして、ベッドから立ち上がろうとする。ラウロは父親の体を支えて「大丈夫です。安心して下さい」と言いながら無理に動こうとする父親を制止した。


 彼らのやり取りが行われている間、秋斗は解析を終える。やはり、子供につけられた首輪のパスワードも他の物と同じだった。


 それを確認した後、手早く首輪を外す。


「はい。もう大丈夫。よく頑張ったね」


 右手で女の子の首から首輪を外して頭を撫でる。ラウロに視線を送り、今まで行ってきたように黒い霧が見えるかどうかのチェックをするようアイコンタクトした。


 ラウロがチェックする為に患者に近づき、チェック中に他の患者の首輪を外す。2部屋目から行ってきた連携作業であるため、2人は最後の組もスムーズに作業を進める。


「大丈夫です。問題ありません」


「よし、次も終わった」


 女の子のチェックを終えるタイミングで、秋斗は取り掛かっていた次の女性の首輪を外し終える。


「えっ。首輪が……」


「なんで……。どうやって……」


 女の子の次に首輪が外された2人の女性は、自分の首をペタペタと触って首輪が無い事を何度も確認していた。

 その光景を唖然とした表情で見ていた男性の首輪も手早く解析を行い、外してしまう。これで、全て終了。

 結果、パスワードは全被害者同じだった。


「せ、先生。これはどういう事なのですか……?」


 目の前で首輪を外されて、他の者達同様に事態を把握しきれない男性は驚愕の表情を浮かべながらラウロに問う。


「パリスさん。もう安心して下さい。貴方も娘さん達も、助かったのです。首輪は外れました。もう苦しむ事はありません」


 ラウロはパリスと呼んだ中年男性の肩に手を置いて、ゆっくりと答えた。


「くるしくない。おとうさん、おねえちゃん。アンね、ちゃんと息ができるよ」


 女の子がベッドに横たわりながら隣にいる姉2人と父親に向かって声を掛けると、姉2人は泣き声を上げながら女の子に抱きつき、父親は大粒の涙を流す。


「先生……! ありがとうございます……! ありがとうございます!」


 父親は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、ラウロの手を握り締める。


「パリスさん。私は診察しただけです。首輪を外したのは秋斗様ですよ」


 ラウロがパリスにそう告げると、パリスは涙を流しながら秋斗に顔を向ける。全ての首輪を外し終えた秋斗は、部屋にあった椅子に座って抱きしめ合う姉妹達を満足そうに見ていた。


「先生。あの御方は……?」


「びっくりするかもしれませんが、あの御方は伝説の賢者様です。魔工師、御影秋斗様です」 


 パリスはラウロの口から告げられた言葉を聞いて、流していた涙が止まる程ビックリしてしまった。


「け、賢者様!? あの英雄譚で有名な賢者様なのですか……?」


「はい。まだ陛下から一般の方々へは正式な発表が出されておりませんが、本日の昼にエルフニア王国へ来て下さったのです。目覚めた賢者様が我々を助けて下さったのですよ」


 ラウロはパリスに秋斗の事について告げる。ラウロの顔にはエルフニア王国に存在する全ての被害者から首輪が外された事に対する一筋の涙が流れていた。


 秋斗がやってくる今日まで西側から救出した後、医療院にやってきたものの救えなかった者は多い。だが、それでも今日からは違う。秋斗の協力を得て、ラウロの長い戦いも終わりがやってきたのだ。

 

「偉大なる賢者。御影秋斗様。感謝申し上げます。本当に……本当にありがとうございました……」


 ラウロは、椅子に座る秋斗に体を向けて深々と頭を下げる。頭を下げる彼の足元にはポタポタと涙が落ちていた。

 秋斗は、そんなラウロに真剣な眼差しを向けながら告げる。


「ラウロ院長。貴方と医療院が、これまでしてきた努力がここにいる皆を救ったんだ。今まで救えなかった人もいるだろう。だが、今日からは違う。奴隷被害の対策はいくつか考えている。エルフニア王国に限らず、東側に存在する国全ての被害者を無くすと誓う」


「ッ!! ありがとうございます……!」


 秋斗の言葉を聞いてラウロは賢者という存在は尊く、偉大な者なのだと改めて認識する。過去に存在していた豊穣の賢者ケリーと同じ時を生きていた人々も、自分が抱いている今の感情と同じだったのだろうと思った。


 目の前にいる御影秋斗という賢者は英雄譚で語られる人物と全く同じく。力強く、大きい。

 英雄譚を読んで、誰もが憧れる賢者は確かに目の前に存在していたのだ。


 秋斗はラウロに奴隷被害者撲滅宣言をした後、真剣な強張った表情から柔らかい表情へ直す。

 因みに秋斗は首輪を外す度に他の部屋でも崇められたりしてきて、今の時代を生きる彼らからの態度や言葉に免疫が付き始めていた。いい加減、腹を括ったとも言う。


「あ、あの……」


「ん?」


 ラウロとのやり取りを見ていたパリスが、タイミングを見計らっていたように秋斗へと声をかけた。


「賢者様。娘達を救って頂き、ありがとうございます」


 パリスはベッドから床に降り、土下座をしながら秋斗へ感謝を述べる。


「ああ、気にしないで。どうか頭を上げてくれ」


 秋斗はすぐさま土下座するパリスに声をかける。腹は括ったが、さすがに自分より年上の男性が行う全力の土下座にはまだ慣れない。

 

「おにいちゃん。おにいちゃんは賢者様なの?」


「ア、アン。だめよ。賢者様をおにいちゃんだなんて……」


 秋斗がパリスに駆け寄って体を起こそうかと思っていたところで、ラウロやパリスが賢者と言っているのを聞いたのであろう。ベッドで姉に抱きしめられている女の子が無邪気に質問する。 

 抱きしめていた姉が妹の賢者に対するお兄ちゃん呼びに注意し、土下座していたパリスも頭を上げて自分の娘に顔を向けて注意しようとしていた。


 全力土下座に困っていた秋斗は、姉に注意されてションボリしている女の子に近づいて笑顔を見せる。


「ふふ。大丈夫だよ。俺は御影秋斗って名前だよ。皆から賢者って呼ばれているんだ」


 秋斗はそう言って女の子の頭を優しく撫でる。


「ほんと~!? じゃあ、おにいちゃんは、ケリー様を知ってるの!? 本で皆の為に戦う賢者様なの!?」


「ん~? ケリーは俺の仲間だったんだよ。一緒に出掛けたり、野菜や果物を作ったりしてたんだ。本は読んだ事無いんだけど、本の中では戦っているのかい?」


 秋斗の語るケリーと共にした行動に、アンと呼ばれる女の子以外は「本当にケリー様と一緒に食べ物を作っていたんだ! 本で語られる内容と同じだ!」と興奮していた。 


「すご~い! あのね、本でね。ケリー様とお野菜を作ったり、わるい国がいじわるしてきたら1人で退治しちゃうんだよ!!」


「そっか~。じゃあ本に出てくる賢者は俺だね~」


 と言いながらも、ケリーの盛りまくってる内容に納得しかねる秋斗。確かに戦争していたが1人じゃなく軍と共にだ。実際は秋斗1人でも十分戦える程の戦力を持っているのだが。


「すごい! すご~い!」


 アンは首輪が外れた直後だというのに大興奮しながらはしゃいでいた。家族達はアンと秋斗の会話にハラハラしっぱなしだった。

 もっと色々話したいのか、アンは「あのねあのね」と秋斗に大はしゃぎするが額には汗が滲んでいた。


 首輪が外れて負の効果も切れたが体力は完全ではない。本の登場人物である賢者という存在が目の前にいる事に興奮してしまって、子供故に自制が利かないのだろう。

 それに気付いた秋斗は頭を優しく撫でて、女の子を落ち着かせる。


「はは。そんなにはしゃぐと疲れちゃうだろう? まずは、お父さんとお姉ちゃん達の言う事を聞いて、体を治そうな。元気になったら、またいっぱい話を聞かせてあげるよ」


「ほんとう? アン、いい子にしてる」


 残念そうな顔をするが、自分の体が疲れているのはわかっているようで、大人しくするアン。どうやらアンは大人に迷惑をかけない賢い子のようだ。

 そんなアンを見て、秋斗は笑顔を浮かべてもう一度アンの頭を撫でる。


「賢者様。申し訳ありません」 


 秋斗とアンのやり取りを見ていたパリスは謝罪をする。同時に自分の子が粗相しないかハラハラしていたが、秋斗の自分の娘に対する気遣いにも気付いて目の前にいる賢者が優しい存在のようで安堵していた。


「いや、気にしないで。子供は元気が一番さ。みんなも、お大事に」


 朗らかな笑みを浮かべてアンを見る秋斗。

 そして、そんな秋斗を見つめる2つの影が部屋の外にあった。


「秋斗様は子供に優しいのね」


「きっと秋斗は自分の子供にも優しい。良いパパになる」


 ソフィアとリリは部屋の外から秋斗を見つめながらヒソヒソと会話する。

 彼女達の脳内では自分達の明るい家族計画が広がっていた。

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