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20 王都直前

 魔石に大興奮した翌日。朝から走り続けて昼になった頃、秋斗達はようやく森を抜けて王都へ続く街道へと出ることが出来た。

 森を抜けると、見晴らしの良い草原の中に1本の道が続く。現在の場所は王都と他の街への中間地点で、道を歩いている人と何組かすれ違う。

 

「言っていた通り、本当に村も無いんだな」


 森を抜け、ようやく変わった景色を秋斗は馬車の窓から眺めていた。


「ええ。村や少数人が集まる集落だとエルフ狩りをする者達の格好の的になってしまうので。大きな街でしたら襲われ難いですからね」


 現在はエルフ王国に限らず他の国も少数人が暮らす村や集落を形成するのは推奨していない。

 帝国による人攫いは国境を警備する騎士団に気付かれぬように少数でやってくる。少数故に狙うのは小さな村や集落であった。

 被害が拡大した事により、東側の国は村を統合して街にする。人の多い街にすることによって被害を抑えるための政策を実施した。

 

「被害は減りましたが、単独で行動する者が狙われるようになりました。でも、一昔前よりはずっと被害が減ったんです」


 昔は1年に100人以上の人が攫われていた。村を襲い、女子供が連れ去られ他は殺される。全滅した村などは珍しくなかった。


「奴隷になった者は帰って来れないか?」


「大半がそうです……。ですが、レオンガルドの人族が、西側に侵入して奴隷となった民を救出する活動を行っているんです」


 人攫いが激化した時代。レオンガルド王国は救出作戦を西側に悟られぬように密かに行っていた。

 作戦の概要は、レオンガルドの人族種である者数名が帝国に輸入を行う商人として潜入。


 帝国で適当な取引を行った帰りに、あちらに存在する奴隷商人の下へ行き東側で捕まり、売られている者を買い戻す。他には夜に奴隷商人の店へ侵入し、闇に紛れて連れ去るといった任務内容。

 様々な方法で救出を行い、現在でもその活動は続いている。


 もちろん、潜入できない異種族の国も資金や食料など様々な形で支援を行っていた。


「ですが、首輪は外せませんでした。首輪を無理矢理外せば死に至る。嵌めたままでは衰弱していく。救出された人々は国の医療院で治療を受けながら暮らしています」


 レオンガルドの潜入部隊によって救出された者達は、本人の希望通りの国に送り届けられる。

 家族のいる場所。故郷の国。思い出のある国。

 首輪を付けられ、自分の人生は残りわずかだと悟った者達は終わりの地を選ぶ。国はそれを尊重し、各国の医療院と呼ばれる医療施設への受け入れを続けている。


 医療院ではスタッフが魔法で体力回復を促し、首輪の効果を弱めながら死に向かう時間を少しでも引き延ばしていた。

 それでも、根本的な解決にはならない。


「王都に着いたら、初めに医療院に行く」


 ソフィアの説明を聞き終えた秋斗の決断は早かった。

 秋斗は眉間に皺を寄せ、怒りを滲ませながら窓の外を眺め続けながら。


「ありがとうございます……」


 怒りを顕わにする秋斗の横顔を見て、ソフィアは涙を浮かべながら頭を下げた。リリの首輪を外した秋斗ならば、絶望に沈んだ被害者達をきっと救えるだろう。そう思うと、秋斗が救いの神に思える程に嬉しかった。

 ソフィアが涙を拭いていると、横に座るリリがソフィアの手を握って頷いた。

 彼女も被害にあった1人であり、救われた張本人なのだ。秋斗ならやってくれると信じて疑わなかった。


-----


 それから街道を順調に進み、2日目の野営となった。

 王都に近づいた事により、魔獣も姿を現す事もなく平和な道のり。夕方に差し掛かったところで、見晴らしの良い草原で野営の準備を始める。


 いつも通り、ソフィアの作った夕飯を楽しんでまったりタイムとなった。

 今夜は先日からずっと秋斗の作った試作マナマシンを弄繰り回していたケビンとアラン、既に偵察役の報告や他の者達への指示も終えたジェシカも揃ってテーブルを囲んでいた。


「秋斗様。今日は秋斗様の事をお聞きしたいです」


 秋斗が食後のインスタントコーヒーを飲んでいると、ソフィアが今夜の話題を挙げる。


「俺の事?」


「はい。秋斗様が眠りに就く前、どのような事をしていたのかをお聞きしたいです」


 ソフィアは目をキラキラさせながら、秋斗を見つめる。


「私も聞きたい。もっと秋斗のこと、知りたい」


 リリも今夜の話題に賛成した。他の者達もどこかワクワクとした表情を浮かべながら、ウンウンと頷いていた。


「そうだなぁ。どこから話すか……」


 秋斗は顎に手を当てながら語り始める内容を整理し始める。


「秋斗様の幼少期はどのように過ごしていたのですか? 本では、秋斗様がアークマスターになられた頃からしか書かれていないんです」


 ソフィアの言葉を聞いて、じゃあそこから、と秋斗は語り始める。


「俺の子供時代は……。施設にいたな。孤児だったから」


「「「えっ?」」」


 秋斗の意外な言葉に、全員が驚く。


「えっ、あっ……。ごめんなさい……」


 秋斗の辛い過去を思い出させてしまったのでは、と質問してしまったソフィアは悲しそうな顔をして秋斗に謝罪した。


「ん? ああ、別に辛いとかはないよ。施設では普通の子供達のように変わらず暮らせたし。親の顔は知らないから悲しさとか寂しさとかは無いんだ」


 秋斗はソフィアが気に病まないよう笑顔を向ける。そして、話を続けていく。


「施設で暮らしながら学校に行って、魔法工学を学んで……卒業後は軍に入った」


 魔法工学とは秋斗の専門とする学科の名称で、主にマナマシンの製造に関連する知識や技術を学ぶ。科学と魔法のどちらも学ぶので挫折者が多いと評判の学問だった。


 だが、それを極めてアークマスターと呼ばれるまでになった秋斗だが、選んだ動機は『手に職をつける』為だった。

 秋斗が学生の時代は魔法工学を修了した者――魔法技師<エンジニア> と呼ばれる職種に就労する者が少なく、マナマシンが台頭した時代では引く手数多だった。


 だから、簡単に自立した生活が送れると思ったんだ、と秋斗は語る。


「だけど、隣国だったグーエンドと戦争になったんだ。そこで俺は前線の兵が持つ武器を修理する為に学徒兵として徴兵された」


 引く手数多だった魔法技師。それは戦争でも例外ではない。

 当時のアークエルは徴兵制を行っていなかったが、国を占領されてしまえば元も子もない。最初は大人男性を徴兵し、それでも足りない状況になれば苦肉の策とも言える未成年の学生から徴兵を行って人員に当てる事となった。

 

「古の時代の戦争ですか……」


 騎士であるジェシカはそう呟き、本に書かれた昔の戦争を思い出す。

 本で語られる古の戦争は、様々な兵器が飛び交う地獄絵図のような惨状が説明されていた。


 多くの人々が死に、兵器によって地形が変わる描写を語った内容に子供の頃は恐怖を覚え、本を読んだ直後は母に抱きついてしまっていた事を思い出す。


「その戦争で右目と右手を失った。隊の仲間も多く亡くなったし、親友も亡くした」


 秋斗はどこか遠い目をして語る。

 前線に送られ死に物狂いで戦った時の事。束の間の休息時に隊の仲間と語り合った自分達の将来の話。過去に交わした親友との約束を思い出す。

 

 秋斗の表情を見て、4人は静かに秋斗の言葉を待った。

 少し湿っぽくなってしまった場を感じて、秋斗はケリーとの過去を話す事にした。


「戦争が終わった後、魔法科学技術院っていう国の機関に勧誘されてな。そこで魔法工学をさらに学んだんだ。ケリーともそこで出会った」


「おお! ケリー様とですか!」


 湿っぽい場面から話題を変えた秋斗を察したのか、ケリーとの出会いに移った事で場の雰囲気を変えようとアランは少し大げさに反応する。

 他の者もアランの意図を察して表情を和らげながら耳を傾けた。


「アイツとは同期でな。一緒に講義で学んだり、ケリーに頼まれて農業用のマナマシンを作ったりと色々やったよ」


 秋斗も笑顔を浮かべながらケリーとの思い出を語る。

 ケリーと共に、失敗しながらもトライ&エラーを繰り返して目標へ進んでいった日々。


 彼が秋斗の作り出したマナマシンを設置した農園で品種改良した果実を実らせて、ちゃんと実った事の嬉しさから2人で果実に齧り付いたらめちゃくちゃ酸っぱくて悶絶したり、秋斗の作った試作品のマナマシンが暴走して爆発し、盛大に怒られた時もあったと楽しそうに語る。


「ふふふ。秋斗とケリー様、仲が良かったんだね」


「オルソン家の方々にお伝えしたら喜びそうですね」


 秋斗の語るケリーとのおもしろおかしい内容に皆から笑いが漏れる。

 アークマスターに至る前の秋斗とケリーが過ごした日々は若者特有の無茶と挑戦に溢れた輝かしいモノで、本では語られていない賢者達の裏話に4人は夢中になった。


「ケリーや他の連中と過ごしていたら、国と技術院から魔工師として認められたんだ。魔工師になってからは技術院の学生に授業をしたり、自分の研究をしたり、市販用のマナマシンを開発して過ごしていたな」


 マナデバイスや秋斗の作ったマナマシンについても含めて魔工師になるまでの話を語り終えると、皆は唸りをあげる。


「ふぅむ。ケリー様や秋斗様、他のアークマスターの方々の下積み時代は興味深いですな。それにしても、現在の技術は過去に比べて到底追いついてないですし、失われた技法が多いのですね」


「そうッスね。見せてもらった魔道具も仕組みが今の物と全然違ったッス。遺跡から発掘される物も全然仕組みがわからないッスからね」


 アランとケビンは現在の技術はまだまだ未発達だという事と、過去の時代に存在していたマナマシンについても現在では失われた技術が多い事に眉間に皺を寄せてしまう。


「うーん。秋斗様の言うマナデバイスを持った敵が現れたらどう対処すればいいか……」


 ジェシカは騎士らしく、古の時代に存在していた武器やマナデバイスについて考えを巡らせる。


 一方で、ソフィアとリリは秋斗の過去を知れて嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「本で語られる秋斗様は最初から凄まじいので、今日聞いた話は新鮮でしたね」


「うん。また秋斗の新しいこと知れた」


(これで少しはケリーから伝わった過剰な俺の話も少しは治まるだろうか……。いや、無理か)


 秋斗は周囲の反応を見て、自分の過去を語る途中に考え付いた目論見は失敗した事にガックリと肩を降ろす。

 よくよく考えてみれば、国民的ベストセラーになっているような物語なのだから多少の失敗談を話したところで覆せるわけないか、と潔く諦める事にした。


 きっと王都に着いても賢者に対する反応や対応は変わらないだろう。リリのようにもうちょっとフランクな対応をしてくれた方が秋斗もやり易いのだが。


 その翌日には、ついにエルフ王国の王都が目と鼻の先に見える位置まで辿り着いた。

 

 朝起きて準備していると、リリがドレスを着ている事に驚く。

 さすがに今日は王様の前に立つということで、Yシャツ一枚の姿からソフィアの持ってきたドレスへ着替えたようだ。


 ソフィアの話では、着替えるのにかなりゴネたようでリリは脱いだYシャツを胸に抱きながら不機嫌な顔をして、ソフィアは疲れきった顔をしていた。 


 王都に近づくにつれて街道を行く人々は多くなり、エルフ以外の種族もチラホラ見る事が出来た。

 秋斗がもっとも驚いたのは獣人という種族。エルフは耳が特徴的で美男美女揃いではあるが見た目はもっとも人間(人族)に近い。


 道行く人の中で見かけた獣人という種族は、頭に獣耳を生やし獣の尻尾が生えているのだ。リリやソフィアからしてみれば当たり前の光景だったが、秋斗からしてみればどのような現象が起きて獣人という種族が生まれたのかという疑問にぶち当たる。


 秋斗が眠る前の時代ならば、コスプレ以外ありえないような非現実的な光景。だが、実際に尻尾をフリフリしながら歩く獣人の男女を目にすれば「そういうもの」として受け入れざるを得なかった。

 さらには魔人族と呼ばれる種族。コウモリの翼が生えたサキュバス族や下半身が馬であるケンタウロス族といった、夏と冬の祭典で繰り広げられるコスプレ大会でも稀な種族も目にしてしまえば、秋斗は口を半開きにしながらすれ違う彼らを目で追うくらいしか出来ない。


 この時代の種族というモノは疑問と謎に満ちていたが、考えても答えは出ないので考えるのを放棄したというのが正しい。


 そのようなすれ違う様々な人々を窓から眺めていると、秋斗達を乗せる馬車が停止する。

 コンコンと窓をノックされ、ソフィアが窓を開けると馬に乗ったジェシカが顔を窓に近づける。


「これより王都へ入ります。城からの使いによると、城の入り口で陛下がお待ちのようですので城まで止まる事無く進みますが大丈夫ですか?」


 ジェシカは秋斗の顔を見ながら告げた。

 寄り道しないけど大丈夫? という事だろうと解釈した秋斗は頷きながら口を開く。


「王様を待たせるワケにもいかんだろう。そのまま行こう」


 秋斗はソフィアとリリの様子を窺ったが、2人とも賛成のようで秋斗の言葉に頷きで返していた。


「わかりました。では、これより向かいます」


 ジェシカは頭を下げて礼をすると、馬車を追い越して先頭にいる騎士へ指示を出しに向かって行った。

 彼女の姿を見送り、ソフィアが窓を閉めると先頭の方からジェシカの凛々しい声が響き渡る。


「これより王都に入る! 出発!!」


 彼女の声が治まると、馬車は大きな門を目指して再び進み始めた。


 2000年の長き眠りから覚めた賢者は、ついに都会へ踏み入れる。

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