―第104話 7月4日 使い魔とプリンと謎のプリンセス 中編―
長くなったので前中後編に分けました。
放課後。
いつものように帰ろうとした飛鳥だったが、今日はちょっとした違和感を感じていた。
「フェブリルー? あれ、どこ行ったんだあいつ」
いつもなら鞄の中か引き出しの中で丸まって寝ているのだが、今日に限ってどこにもいない。
思えば、昼休みあたりから妙に挙動がおかしかった気がする。それはフェブリルに限った話ではなく。
「部活、行ってくるぞ……」
「あ、ああ。頑張ってきな」
げっそりとした顔で、おぼつかない足取りのまま部活動に行ったリーシェや、
「私、今日は急ぎの用事があるから! それじゃあアデューよ皆の衆!!」
終礼が終わった直後に放たれた矢の如く飛び出していったレイシアなど。
後ろの席の一蹴も机に突っ伏したまま起きる気配がないが、これは別にいつものことなので気にしない。
窓際の席では、帰ろうとする気配がなく、電池が止まったロボットみたいに微動だにしない刃九朗もいたが、これもいつものことなので気にしない。
「……鈴風。今日は寄り道なしでまっすぐ帰るぞ。ちっとばかし嫌な予感がしてきた」
「んにゃ……もう食べられない、とでもいうとおもったかー……あたしのチャレンジスピリットをなめてもらっちゃあ困るってもんよ「起きんか」ぎゃっぴぃ!?」
ベタな寝言かと思いきや、そこにおかわりを要求してくるという新しいボケに付き合っている暇はない。 仮にも女の子(失礼!)に暴力を振るうのは良くないと思い、先日作って鞄に潜ませておいたハリセンでスパンと頭を一閃した。相変わらずヒロインっぽさの欠片もない悲鳴である。
「飛鳥……ついにツッコミ道具まで自作しちゃって。仮にも主人公なのに、ツッコミ役が定着しちゃっても知らないよ?」
「誰のせいだと思ってるのかなこのヤロウ」
鈴風は小気味よい音が鳴り響いた頭をさすりながら涙目で抗議してきた。
目をくしくしと擦ってまたすぐにでも居眠りしそうな幼馴染の手を引いて、飛鳥は足早に家路に着くことにした。
フェブリルがいないことと今朝の出来事を関連付けると、急いで帰らないと手遅れになりそうな気がしたのだ。
(一応、いざって時の『保険』はかけてるが……ああでも嫌な予感が拭えない!!)
そして。飛鳥の嫌な予感はまたしても見事的中していた。
「はぁ、はぁ、ひぃ……流石に、2人乗りで休みなし全力疾走は、疲れた……!!」
「こんな程度で根を上げちゃって、運動不足なんじゃないクラウ? 私と自転車2人乗りなんて男子だったらトキメキで狂喜乱舞なシチュエーションだってのに、もっと気合い入れて漕ぎなさいよ」
飛鳥が校舎を出たのと同じ頃。
猛烈なブレーキ音と摩擦でタイヤのゴムが焼ける異臭とともに、日野森家の前に1台の自転車が停止した。
「ムッツリスケベなあんたのために、わざわざ後ろからしっかり抱き着いてやったってのに。せっかく当ててやってたんだから、鼻息荒くして馬車馬みたいに漕ぎ出すもんだと期待してたんだけどねぇ……」
「いや、だって……レッシィの場合、後ろからひっつかれても、その、あんまり感触が分からなかったというか……」
「よーし分かったあんたは胸より拳の感触の方が好きってことね! おら存分に楽しみやがれやあぁっ!!」
「あなた達、ホントにいつでもどこでも夫婦漫才やれるんだね……」
さて、フェブリルはこんなごちそうさまな寸劇を見たいがためにこの2人を連れてきたわけではない。
クラウにマシンガンばりの乱打をあびせかけるレイシアの肩をちょいちょいと突く。
「ご近所めいわくになるから、早く家に入ろ? 人ん家の前で傷害事件なんてシャレにならないんだから」
「無理くり連れてきたアンタにだきゃあ言われたくねぇわよ!!」
「あいててて……助かった」
怒りの矛先をくるりと返すレイシアと、拳の行き先が変わってほっとするクラウ。本当に初対面の時とキャラが変わり過ぎだった(多分今の方が素なんだろうなぁ、とも思えるが)。
さて、フェブリルが昼休みに話をつけておきたかった相手とはレイシアのことである。
理由は簡単。美味しい料理を作ってくれて、かつ自分の悪巧みに加担してくれそうな人間が彼女以外にいなかったからだ。なお、クラウは巻き込まれただけである。
「後で飛鳥先輩に怒られても知らないよ? 悪気があってやってるんだから、言い訳できる筈もないし」
「はんっ! 主が怖くて使い魔がやれると思ってんのか!!」
「アンタの使い魔事情なんざ知らんがな」
3人であーだこーだと言いながら、玄関の鍵を開けて中へと入る。
靴を脱ぎながら、ふとクラウがこんなことを言い出した。
「飛鳥先輩の家って、なんていうか、落ち着くんだよね。木や畳の匂いとか、僕のイメージしていた日本の家って感じがしてさ」
「あぁ、それは分かるかも。畳なんて前にこの家に捕まった時に初めて見たくらいだったのに、何だか懐かしいって気持ちになるのよね。なんでかしら?」
フェブリルにとっては、この世界における『家』という基準がこの日野森家になっていたため、特に違和感も何もなかったのだが……海外から来た留学生組には新鮮に映っているのだろう。
豪邸というには大袈裟すぎるが、それでも世間一般の日本家屋の中ではかなり立派な部類にあたる日野森邸。先月の事件の時にしかこの家に来ていなかった2人は、つい珍しがって散策を始めてしまっていた。
「あら、離れなんてあるのね。中々いい雰囲気じゃない……ここは書斎かしら?」「たまにアスカがここに籠もって調べものとかしてるみたい。難しい本ばっかりでよく分かんないけど」「これは、井戸かな? ……底が真っ暗で見えない」「今は使われてない枯れ井戸なんだって。でも、夜になると……ゲフンゲフン、やっぱり何でもないの」「いや待ちなさいよそんなとこで止めんじゃねぇわよ夜になったら何が出てくるってのよ」「立派な庭もあるんだね。真っ白な石畳に、綺麗に整えられた植木。すごいなぁ……」「お寺みたいなお庭を造るんだって、アスカが張り切り過ぎた賜物だね。来る人みんな驚いてたよ。立派すぎて、なんで賽銭箱がないのかって怒り出す人もいたけど」「いや、井戸の話はどうなったのよ」
フェブリルは2人の散歩に付き合いながら、ツアーガイドみたいな解説を加えていった。井戸の話はスルー。
居候の身ではあるが、フェブリルはこの家を我が家のように思っている。
そんな日野森家を褒められることは、我が事のように嬉しいものであった。
「こりゃまた……不気味な卵ねぇ……」
「これを食べようだなんて思えるフェブリルさんの感性の方が不気味な気がする……」
「何言ってんの。プリンが出来たら最初に毒見するのはあなただよ? そのために連れてきたんだから」
「え、聞いてないよ!?」
「大丈夫、なんとかなるわよ。だって“聖剣砕き”の術式なら食虫毒くらい軽く分解できるでしょ?」
「酷い扱いだ……」
と、一通りクラウをいじり倒したところで、本来の目的へ移るとしよう。
目標のブツは1階の客間にあった。白地に緑色の斑点がついた、キングサイズの卵。こいつを叩き割り、それで美味しい美味しいバケツプリンを作ってもらうのだ。
だが、ここで更なる関門が待ち受けていた。
卵を温めるためなのか、それともフェブリルに狙われていることを見越した上での処置だったのか。
「ちょっと。アンタのご主人様ガチの結界張ってんじゃない……」
卵の四方を守護するように畳に突き刺さっているのは、刃渡り30センチほどの真紅の短剣だった。
不用意に近付けば、分かってるよな? そんな飛鳥の意思を代弁するかのように、4本の烈火は脈動する輝きを放っていた。
彼女たちは知る由もない。この短剣は飛鳥の精神武装“烈火刃”の、未だ人前で披露していなかった隠されし姿。
その名を、烈火刃弐式・裏ノ型“影縫い”と呼ぶ。
通常の型である弐式・緋翼に比べ、形成維持に回す精神力を最小限に抑えることで、24時間常時具現化を可能とした省エネ武器である。
牽制目的の投擲や、狭い通路などでの戦闘時での使用を想定している代物だが、これまでの戦いでは使われる機会がなかったため、フェブリル達はこの小刀の存在を知らなかったのだ。
「2人とも下がって。飛鳥先輩も鬼じゃないだろうし、そんな怪我するようなものじゃないだろうから」
クラウが一歩前に出て、恐る恐る剣の結界の中に手を差し入れてみた。
――ジュッ。
「ああっぢゃあああああああああ!!??」
「大怪我必至じゃねぇのよこのスカポンターーンッ!!」
軽く肉の焼ける音がした途端、クラウが絶叫をあげながら大慌てで手を引き抜いた。
水! 水! とバタバタしながら暴れ出したクラウの手を捕まえて、レイシアは呆れ顔で得意の魔術を施していた。
「水霊招来・癒天女――ほら、これでもう平気でしょ」
「あ、ありがとう、レッシィ」
レイシアは火傷したクラウの手を慈しむように両手で包み込み、患部に薄水色の泡を発生させていた。みるみる内に炎症が引いていき、火傷の跡など見る影もなくなるまでものの数秒もかからなかった。
「癒しの魔術なんてあるんだ、すごいねぇー」
「そりゃ当然よ。水は万物の生命の源であり、生命そのもの。その定義を魔術的に抽出すれば、このくらいの怪我なら造作もなく治せるわ」
「やっぱりレッシィはすごいや。戦うためだけじゃなくて、こうやって誰かを助けるための魔術を編み出して。僕には真似できないよ」
「……ふんっ。中々殊勝なことを言うじゃない。アンタにもようやく私の偉大さが分かってきたってことね」
勝ち気な台詞を言いながらも、頬を赤らめて顔を背けている辺り、レイシアは随分と嬉し恥ずかしな心地になっているようだった。無意識なのだろうか、もう手当てが済んでいるクラウの手を両手でさわさわと撫で回していた。クラウもそれには気付いていたが、どう言ったものやら困っている様子だった。
「あの、イチャつくのは後でいくらでもやっていいから。取り敢えず、戻ってきてくれる?」
「んがっ!? い、いちゃっ!? な、ななななななななななぁにを血迷ったことをぬかしてくれちゃってるワケよこのなんちゃって霊長類は! どこをどう見たら、そんな風に見えるってのかしらねあーバカみたいアホらしいってね!!」
「あだだだだだだだレッシィ!? ちょっと、分かった、分かったから僕の手を握り潰そうとするのはやめてくれませんか!?」
照れ隠しで握った手に力を入れ過ぎてしまったらしく、クラウの手から鳴っちゃいけない音が鳴り始めていた。自分で治しておいて自分で再度怪我させてたら世話なかった。
閑話休題。今日はよく話が脱線する日である。
「アスカ……いくら卵を割られたくないからって、こんなえげつない罠仕掛けなくてもいいじゃない……身内が触ったらどうなるとか考えなかったのかな」
「いや、むしろ身内が触るとは考えてなかったからこれだけ物騒な結界張ってるんだと思うんですが」
ぐうの音も出ない正論だった。
ともかく、ここで指を咥えて見ているわけにもいかない。多少強引にでも卵を取り上げなければ。
「一応……僕の術式を使えば結界は壊せると思いますけど。でも、本当にいいんですか? 飛鳥先輩がここまでやるってことは、それなりにこの卵を大事に思ってるってことですよ?」
「う、うぅ……」
「後々日野森と関係が悪くなっても私らは知らないからね。悪いことって分かってて、相手を悲しませることも分かってて、それでもやりたいってなら止めはしないけど」
「うぐぐぐぐ……」
2人からの批難交じりの視線がぐさぐさと刺さって心が痛い。
確かに、飛鳥がこれほどの結界を張ってまで卵を守ろうとしていること。誰に強制されるでもなく、責任を持って面倒を見ると言い切っていたこと。フェブリルがやろうとしていることは、「仕方がないなぁ、まったく」と笑って許してくれる領域を完全に踏み越えていた。
そんなことに今更ながら気付いたフェブリルは、付き合ってくれた2人に自嘲めいた笑みを見せてぺこっと頭を下げた。
「クラウ、レイシア、ごめんね。やっぱり冗談で済ませられる内にやめとくよ。変なことに付き合わせちゃってゴメンなさい。それと、ありがとうございました」
「アンタがそう決めたなら、別に言うことは何もないわよ。この家を探検できただけでも、充分来た価値はあったろうし」
「それでいいと思いますよ、フェブリルさん。飛鳥先輩とフェブリルさんが仲違いするところなんて見たくなかったですから」
勝手なことではありながらも、それを笑って認めてくれた2人は本当に人間ができている。そんな2人に対して、以前偉そうに説教をかましていた自分が恥ずかしい。
さて、何事もなければじきに飛鳥も帰ってくるだろう。せっかくだし、クラウとレイシアも一緒に夕飯を食べていってもらおうか――そんなお願いを考えていたところに、
『――ほう? なんじゃ、結局わらわを食べようとするのは諦めたのかえ?』
「「「!!??」」」
突如、頭の中に直接誰かの声が響いた。
フェブリルだけではない、どうやらクラウとレイシアにも聞こえたようだ。
「今の声、いったい誰が――」
「ちっ、もしかして新手の魔術師!? 隠れてないでさっさと出てきなさいよ! でないと片っ端から水の刃でぶつ切りにしていくわよ!!」
「ちょっと!? 人んち勝手に堂々と壊さないでね!? 後で怒られるのアタシなんだから!!」
微妙に緊張感のない反応だったが、それぞれ気を張り詰めた状態で、いつ戦闘になってもいいように構えをとる。
フェブリルもクラウもレイシアも、一切聞き覚えのない声だった。だが、声だけ聞くと幼い少女のような印象を受けたため、いささか戦意を剥き出しにし辛い状況だった。
『早まるでないわ、愚かな人の子らよ。わらわは別段そなたらに危害を与えようなどと思ってはおらん。気が付いたら目の前で面白いことになっておったからつい、のぉ』
「なぁにトンチキなこと抜かしてんのよ。そんな偉そうな口振りするんなら、コソコソしないでもっと堂々と姿を見せたらどうなのよ」
『ほほほ、それは異なことを。わらわはさっきから、逃げも隠れもせずにそなたらの前にいるではないか?』
不思議で仕方がない、といった様子の少女の声に3人は揃って顔を見合わせた。
「あの……まさかとは思うんですが」
「食べられるとか、目の前にいるとかって……まさか、まさかねぇ」
「冗談じゃねぇわよ、まったく……」
少女の言い分を鵜呑みにするのであれば、おそらく、彼女はあの中にいる。
卵の中身をプリンにできる可能性はこの時点でゼロ。珍しい生き物の雛が入っている可能性が極小。
そして、
『フハハハハ! ようやく気が付いたか人の子らよ! では、そなたらの希望に応えてやろうか。わらわの真の姿を目の当たりにして、恐ろしさのあまり魂が抜け落ちてしまっても知らんがなぁ!!』
すごくヤバい未確認生命体が入ってる可能性――もう確定だった。
往年のRPGに出てくるラスボスみたいな台詞を吐くと同時、卵が不自然に蠢き出した。それ即ち、絶望へのカウントダウンだった。
「レッシィ、フェブリルさんと一緒に逃げて。ここは僕が抑えるから」
「ざけんじゃねぇわよこのヒーロー気取り。護られるだけの女になるなんざ真っ平ゴメンよ。それとも何かしら?……この私が戦う前からビビって逃げ出すような腰抜けだとでも思ってんの?」
卵の殻越しから感じる壮絶なプレッシャーを前にしても、2人の若き魔術師は一歩も退く気配がなかった。
まともな戦闘能力のないフェブリルは、本来なら邪魔にならないように離れておくべきなのだろうが……
「多分、そんなに警戒しなくても大丈夫じゃない? 口だけで大したことないよ、コイツ」
『……………………なんじゃと?』
フェブリルの呟きを挑発と受け取ったのか、少女の声に剣呑な気配が宿る。
「ならさっさとその中から出てきてその恐ろしい姿とやらを見せてごらんよ。ほら、どうしたの? もしかしてアタシが怖いのかな?」
『わ、わらわを臆病と罵るか、キサマー! いいだろう、ならば手始めにキサマから絶望を味わわせてくるわー!!」
少女の声はそう言い放ち、卵を内側から粉砕しようとする音がゴンゴンと鳴り響いた。
どうしたらいいのか思案していたクラウとレイシアだったが、しばらく卵の様子を見守っていたら、何だか力が抜けてしまっていた。
それはもう仕方がない。だって、
『ふんぬっ!……あれ、思ったより硬いのじゃ。このっこのっ! あぅあぁ……頭痛いのじゃあ……わらわ、もしかして生まれる前から大ピンチ?』
「…………」
「…………」
「…………」
おそらく中で頭突きをしたが、殻が硬すぎて頭を抱えているのだろう。こんなのにどう恐怖心を感じろと言うのか。
「……帰っていいかしら?」
『こ、これ! これこれ待たんかそこの者!? そなたはこの光景を見て何とも思わんのか! いたいけな少女が閉じ込められてシクシク泣いておるのじゃぞ! そこは何も言わずそっと手を差し伸べるのが人の情というものではないのかえ!?』
「もうツッコまないわよー」
呆れて物も言えない、とばかりにレイシアは両手をひらひらとさせて完全に知らんぷりを決め込んでいた。彼女には何を言っても無駄と思ったのか、少女は助けの声をクラウの方へと向ける。
『の、のう? そこな少年。ここはわらわの顔に免じて、ちょこっとばかし殻を破るのを手伝ってはくれんかのぉ? ホント、ちょこっとだけ! 外から叩いてちょっぴり割れやすくしてもらうだけでいいのじゃ!!』
「あなたの顔が見えないから免じるも何もないんですけど……」
半泣きになっている少女の声に流石に同情したのか、クラウは仕方がないと言いながら卵を守る結界に再び手を伸ばした。
二度も同じ失態を繰り返すほど彼は愚かではない。クラウは伸ばした右手に『破壊』の術式を纏わせ、四方を囲む炎の膜を掴み取り、そして一息に握り潰した。それに伴い、畳に刺さっていた(よく燃えないものである。不思議)短刀は砂のように崩れさり、跡形もなく消え去った。
この“聖剣砕き”の術式を初めて目にしたフェブリルは思わずぎょっとした。
彼の魔術の特性は話に聞いていたが、あれほど自然に、呼吸するのと同じような気軽さで、当たり前のように飛鳥の作った武装防壁を木端微塵に砕いたのだ。フェブリルが知る魔術の中でも、その剣呑さは群を抜いていた。
「それじゃあ、いきますね?」
『うむ。ひとおもいにやっておくれなのじゃ』
そんなフェブリルの畏怖の眼差しには気付いた様子もなく、クラウは卵のてっぺんにそっと手を置き――――グシャッ!!
『ひぃっ!? なんじゃその握力は! そなた、ホントに人間なのかえ!?』
「どこにでもいる至って普通で健全な人間ですよー。さ、これで出られますよね?」
『う、うむ。そうなのじゃが……今世の人間は随分と力持ちなのじゃなぁ……』
「いや、こいつ基準で人間全体を判断するんじゃねぇわよ。これは特殊、かなーり特殊だかんね?」
レイシアの合いの手も入り、完全に方向性を見失った『未知との遭遇』というコントにも取り敢えずひと段落がついたようだった。
『よぅし……ごほん、ごほんごほん。さぁ、わらわの真の姿を見て腰を抜かすでないぞー!!』
「む、無理やりやり直ししようとしてるわよコイツ!!」
「もう手遅れだって! 完全にネタばれしてるからもう諦めなって! ていうかさり気無く魂抜け落ちるから腰を抜かすにグレードダウンしてるし!!」
「……(早く終わらないかな、このコント)」
全然気を取り直せていない少女の啖呵に三者三様のツッコミを入れる中、ついに卵の中身が明らかになっていく。完全に呆れ返った雰囲気にも屈することなく、少女の声の主は卵を突き破り、そして歓喜の咆哮をあげた。
「クククク……さぁ、恐怖するがよい。括目せよ! あらゆる城壁をも一薙ぎで粉砕する、このしなやかで猛々しい我が尾を!!」
――ふりっふりっ。
「そしてぇ! 数多の英雄、豪傑どもの刃もすべて弾き返す、鋼より硬き我が鱗!!」
――ぷにぷに。
「世界を焼きつくし、すべてを焦土と化す我が灼熱の息吹!!」
――ぽうっ。
「そして聞けぇ! これが、万物を怖れ、平伏し、崇め奉る龍の咆哮よぉ!!」
――ぴきゃー!!
「……」
「……レッシィ、何かツッコんであげなよ」
「絶対ヤダ」
それは、左右にふりふりと揺れるキュートなしっぽ。
そして、ぷにぷにとしてさわり心地が良さそうな真っ赤な肌。
更に、バーベキューの火種として重宝されそうな、ライターくらいの小さな火を口から出し。
極め付けは、威厳の欠片も存在しないぴきゃぴきゃという鳴き声。
本来であれば、この世界にいる筈のないファンタジーの住人。最強の象徴であり、そして『悪』の象徴でもあるのであろう、その生物の名は。
「わらわの名は、オルニール。龍王とさえ呼ばれた最強の炎の龍とはわらわのことじゃ!!」
龍。……とは思えないほどにちみっちゃい真っ赤なトカゲのような生き物だった。
作者の頭の中には何年も前からいたこのオルニール、ようやく出せてちょっと感激。




