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第96話 出張要請

「最近、お魚のメニュー少ないね」


「確かに、言われてみればそうかも」


 レイスの一件からしばらくして、アンと昼食の賄いを食べていたある日のこと。

 ふと気になったことを口にした私に、アンも少し記憶を巡らせる素振りを見せてから頷いた。


 ギルド職員が頂戴している賄いは、大変バランスの取れたもので、肉料理や魚料理、パスタやシチューにサラダなど、出されるメニューも栄養バランスがよく考えられている。

 けれど、ここ数日魚料理が出ていないのだ。


「冬だから漁獲量が少ないのかな」


「うーん、別にそんなことはないんだけどねえ。王都で出回っている魚介類は大体が北西にあるロスマン湖で獲れるのよ。もしかしたら、今年は不漁の年なのかもね」


「そっかあ……お魚が恋しい」


 なんて話をしながらお昼休みを終えて魔物解体カウンターに帰ると、カウンター前に見慣れた赤い髪の男性を見つけた。


「アルフレッドさん! どうかされましたか?」


 駆け寄って声をかけると、振り返ったアルフレッドさんはパァッと表情を明るくしてふにゃりと微笑んでくれた。癒しの波動が出ている。つられて私もふにゃりとだらしなく頬を緩めてしまう。


「サチさん、お疲れ様です。実は魔物解体カウンターの皆さんに、折り入ってご相談がありまして」


 私が戻ったことで、ちょうど魔物解体カウンターの職員全員が揃っていた。

 ドルドさんをはじめ、ナイルさんとローランさんも顔を見合わせて首を傾げている。


「おう、とにかく話を聞かせろ」


 腕組みをしたドルドさんに促され、アルフレッドさんが事情を説明してくれた。


「実はですね、王都の北西に位置するロスマン湖の件なのですが……皆さんもご存知の通り、広大な湖は魚が豊富で、王都で流通している魚のほとんどを賄っているのです。ですが、湖に凶悪な魔物が複数出現したらしく……すでに全て討伐されているのですが、魔物が暴れたことで大量の魚型の魔物が打ち上がってしまい、討伐された魔物も含めて対処に追われているようなのです」


「ふむ。それで、その凶悪な魔物ってのは何だったんだ?」


「シーサーペントです。Cランクの魔物にはなりますが、群れで現れたようで、近くにいた冒険者パーティ何組かで協力して討伐したそうです」


「なるほどなあ。ロスマンの街までは王都から馬車で丸一日かかる。早めに出発しねえと鮮度がガクッと落ちちまうな」


 最近魚料理が減った理由はこれか、と一人納得していたところ、ドルドさんが発した単語に首を傾げる。

 ん? 出発?


「話が早くて助かります。皆さんへのご相談というのは、五日ほどロスマンへ赴き、現地で魚型の魔物の処理を手伝っていただきたいというものです。大量の魔物を王都へ運ぶのは現実的ではなく、それならば解体師を現地派遣しようという話になりまして……移動で往復二日かかりますので、およそ七日間の出張となります。もちろん出張手当や宿泊費はギルドが負担します」


 出張! なるほど、ドルドさんの反応を見るに、王都から離れた街からの要請で魔物解体師が出張解体に赴くことは初めてというわけではなさそう。

 問題は、誰が行くかと、出張期間中の魔物解体カウンターの仕事よね。


「ふーむ、毎度申し訳ねえが、サチに頼むのがいいだろうなあ。だが、せっかくの機会だ、ローラン! お前も同行して二人で対応してくれるか」


「えっ! 俺ですかい!?」


 薄々私が行くことになりそうだなあ、と思っていたけれど、ローランさんはまさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかったご様子。ギョッと目を剥いて焦っている。


「おう。ナイルはチビたち家族を置いて長期で家を空けるわけにはいかねえだろ? ローランも魔物解体歴が長くなってきている。たまにはここ以外でナイフを振るってみるのもいい経験になるぞ」


 ドルドさんの目には信頼の色が色濃く滲んでいる。

 ローランさんもきっとそのことに気づいているのだろう。グッと唇を引き結ぶと、覚悟を決めたように目が力強く光った。


「分かりやした。サチさんと二人で行ってきやす。サチさん、よろしく頼みやす」


「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」


 頷き合う私たちの後ろで、ナイルさんががくりと肩を落としている。

 何を考えているか手に取るように分かる。それは口にしたらダメですよ。


「うわあ……二人がいない間、ドルドさんと二人きりっすか……」


 ああ、言っちゃった……!

 ドルドさんの目が鋭く光っている。


「ああ? ナイル、何か言ったか? いい機会だ。太刀筋から根性まで徹底的に叩き直してやるからよ、楽しみにしていろ」


「ヒィィィッ!! 勘弁してくださいっす!!」


 魔物解体カウンターが笑いに包まれる。

 優しい笑顔で見守ってくれていたアルフレッドさんが、私とローランさんに向き合った。


「では、サチさんとローランさん。どうぞよろしくお願いします。明朝には出発いただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「はい! 問題ありません!」


「大丈夫ですぜ。ナイフ一本あればどこでも解体できやすからね!」


 グッと力こぶを作ってみせるローランさんが頼もしい。毎日魔物の解体に追われて疲れた顔をしている彼にはいい気分転換になるかもしれない。


 こうして私とローランさんは、王都の北西に位置する湖畔の街、ロスマンへ出張解体へ赴くことが決まったのだった。

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