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第91話 解体したことありますので!

「はあっ!? 何を言っているんだい!? 手負いとはいえ相手はミノタウロスだよ! いいから、サチは下がって――」


 レイラさんは焦りながらも私を逃がそうとしてくれる。


「ありがとうございます。ですが、レイラさんを置いて私一人逃げるわけにはいきません。二人で力を合わせれば、きっと大丈夫です!」


 力強く頷いてみせた私は、腰から下げた小型ナイフを取り出した。


 ミノタウロスの解体結果はしっかりと記録されている。

 それに、相手はCランク。

 エキストラスキルを使わずとも解体可能な個体だ。


 見たところ、ミノタウロスの傷は刀傷。

 多分、討伐依頼のクエストが発注されているのね。

 獲物を横取りするようなことは避けたいけれど、正当防衛ということでご勘弁いただきたい。


「ピィちゃん、私たちを守ってね」


「ピィィッ!」


 ピィちゃんは私の声に応えるように、前方に青白い光を放つ結界を張ってくれた。


「は……? なんだい、これは……」


「レイラさん、一瞬でもいいので、ミノタウロスの注意を引きつけることはできますか?」


 何が何だか分からないといった様子のレイラさんに問いかける。

 小型ナイフをしっかりと握りしめ、視線はミノタウロスから外さない。

 ミノタウロスもこちらの動向を窺っているようで、ブルルと唸りながらゆっくりとにじり寄ってくる。


 幸い、小川のほとりは開けていて、私たちとミノタウロスの間には小川以外に遮るものは何もない。


 私とピィちゃんの覚悟を見て、レイラさんは腹を括ったようで、「ああ、もう!」と頭を掻きむしりながらふくらはぎに装備しているポーチに手を突っ込んだ。


「麻痺薬の丸薬だ。ミノタウロスの動きを完全に止めるには量が足りないが、一瞬ピリリとさせることぐらいはできるさ。用意は……できているようだね。いくよ!」


「はいっ! お願いします!」


 レイラさんは大きく振りかぶると、ミノタウロス目がけてありったけの麻痺薬を投げつけた。ミノタウロスの腹に見事命中したものの、やはり一瞬不快そうに「グルル」と唸っただけで、その動きを止めることはできなかった。


 でも、それで十分だった。


 私は、レイラさんと少しタイミングをずらして小型ナイフを振り抜いていた。

 ミノタウロスがほんの一瞬、自らの身体に命中した麻痺薬に視線を落としたその隙に、小型ナイフの切っ先は無事にミノタウロスに届いた。


「よしっ! 【解体再現】!」


 小型ナイフにはもちろん、【解体再現】を【付与】している。

 実際に使うのは二度目だけど、正確に、慎重に狙いを定めて発動させた。


 小型ナイフはカッと眩い光を放つと、ミノタウロスの身体の上を目にも止まらぬ速さで滑り、ミノタウロス自身が解体されていると認識するよりも速く、見事に素材別に解体してしまった。よし、うまくいったわね。


「ふうっ、無事に【解体】できました!」


 額の汗を拭って、レイラさんにピースして見せるも、レイラさんは開いた口が塞がらないといった様子で硬直している。


「あれ? レイラさん? レイラさーん」


 レイラさんの目の前で手を振っていると、背後でガサリと大きな音がして、人影が二つ飛び出してきた。


「サチッ!!! 無事…………なようだな」


「サチさんっ! 大丈……夫そうですね」


「えっ? マリウッツさんに、アルフレッドさんまで! なんで?」


 まさかの人物の登場に、私は思わず目を見開いた。


「いや、ミノタウロスがラーナの森に逃げ込んだようでな。サチが森にいると聞いて駆けつけたのだが……要らぬ心配だったようだな」


「森の中を探していたら、ミノタウロスの咆哮が聞こえたので慌てて来てみたのですが……はは、【解体】済、でしたか……」


 マリウッツさんとアルフレッドさんは、すっかり素材に変貌を遂げたミノタウロスと私を見比べて、揃ってため息をついた。二人とも珍しく肩で息をしていて、情報を聞きつけて急いで来てくれたことが分かる。


「ご心配をおかけしました。助けに来てくれて嬉しいです。ありがとうございます!」


「いや……うん。ともかく無事で何よりだ。怪我はないか」


 感心したような、呆れたような、微妙な表情のマリウッツさんに言われ、私は全身を確認する。うん、目立った怪我はなさそうなんだけど……実は、ナイフを投擲する時にちょっとだけ足首を捻っちゃったんだよね。足場が砂利で不安定だったから、うまく踏ん張りが利かなかったのよ。


「怪我はないんですけど、ちょーっとだけ足を捻って……」


「なんですって!? 見せてください!!」


「ひいっ! は、はい!」


 正直に白状したところ、アルフレッドさんが鬼のような形相で迫ってきた。ぎゃあ! 怖い!

 私は慌てて手頃な岩に腰を下ろしてブーツを脱いだ。ヒヤリとした外気にさらされた左足首は、ほんのり赤くなっている。


「すみません、失礼しますね……骨は痛めていないようですね。軽い捻挫でしょう。レイラさん、あなたなら湿布をお持ちではありませんか?」


「え……あ、ああ。もちろんさ。すぐに手当てするよ」


 アルフレッドさんに声をかけられ、放心していたレイラさんがようやく我に返った。サッと私の足元にしゃがみ込み、労わるように患部を撫でてくれる。


「すまないね。私が安易にクエストに誘ったりしたから……私がサチを守らなきゃならないってのに、まさか逆に守られてしまうなんてね」


 レイラさんは目一杯眉を下げながら、荷物を下ろしていくつもある薬缶の中から湿布薬を取り出した。


「いえ、気にしないでください。森の歩き方や魔物の痕跡の見つけ方、他にも色々学ぶことがありましたし、楽しかったです! 私でよければ、いつでもご一緒しますよ! アイタッ」


 力こぶを作って応えると、コツンと頭を小突かれた。マリウッツさんだ。


「次は俺も呼べ。まったく……サチは危なっかしくて放っておけん。さて、恐らく近くにミノタウロスを追ってきた冒険者たちがいるだろう。俺はそいつらを探して、サチが解体した素材を運搬させる。後始末はきちんとつけさせねばな。アルフレッド、二人を頼む。森の外で落ち合おう」


「ええ、分かりました。冒険者の皆さんには、ギルドに戻り次第僕の執務室に来るようにと伝えてください。では、後ほど」


 おっと、アルフレッドさんの笑顔が怖い。

 お叱りを受けるであろう冒険者の皆さんに同情する。


 マリウッツさんはミノタウロスが通ってきた痕跡を辿るように、軽やかな身のこなしで森の中へと消えていった。


「――よし、湿布を塗って包帯で固定した。ゆっくり歩く分には支障はないが、森の中は足場が悪いからね。どうしたもんかな」


 手際よく手当てを済ませてくれたレイラさんのおかげで、痛みはほとんど感じない。慎重に歩けば問題ないでしょう。


 そう思って立ちあがろうとすると、なぜかふわりと身体が浮いた。


「えっ!? 高っ……え、えええっ!?」


「森の外まで、僕が運びます。サチさんのことです、自分の足で歩くつもりだったでしょう?」


 わっ、高い! すごい! え、待って!? 何事!?

 視界がグッと高くなって、すぐ目の前にはアルフレッドさんの真っ赤な髪とエメラルドの瞳が。


「え、ちょ、ダメです! 下ろしてください!」


 なんてこと! これはお姫様抱っこというやつでは!?

 アルフレッドさんにそんなことはさせられない。慌てて抗議するも、アルフレッドさんはがっしりと私を抱き抱えて微動だにしない。この人意外と力が強いんだった!


「こら、暴れないでください。落ちても知りませんよ。何があろうと落としませんが」


 うう、日頃照れ屋なくせに、こういう時だけ平気な顔をするのだからズルイ。


「そうだよ、サチ。ここはアルフレッド氏に頼るべきだ」


 レイラさんまで真面目な顔で援護射撃をしてくる。

 ピィちゃんだけが両手で目を覆って「キャッキャッ」と黄色い声をあげている。こら、隙間から覗かない!


 アルフレッドさんってば、結構頑固だから、こうと決めたら絶対に折れないんだよね……これは、あれだ。保護者モード全開だわ。


「ううう……では、森の外までお願いします……そこからは自分で歩きますので……」


「いいでしょう。では、行きますよ! 揺れますので、しっかり掴まっていてください」


「はひいっ」


 遠慮がちに首に腕を回すと、アルフレッドさんは至近距離で爽やかな笑顔を咲かせ、意気揚々と森の外を目指して足を踏み出した。

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