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第85話 サチの贈り物

 そして、『愛と感謝の日』前日の夜二〇時。

 ギルドの広めの応接間で腕組み仁王立ちをしてみんなを待ち構える私。


「あ、ピィちゃん! だめだよ。ちゃんとあなたの分も用意してあるから」


「ピィィ〜」


「だーめ」


 白いクロスをかけたテーブルに向かおうとするピィちゃんと押し問答をしていると、コンコン、と扉がノックされた。


「はーい! あ、アルフレッドさん! お疲れ様で、す!?」


 扉を開けた先にいたのは、アルフレッドさんだった。ご多忙なサブマスターが一番乗りとは。

 笑顔で迎え入れようとした私の前に、バサッと花束が差し出された。


「え? これは?」


 戸惑いながら受け取ると、アルフレッドさんは頬をほんのり赤く染めながら、しきりに丸眼鏡を触っている。


「き、今日はお誘いありがとうございます。その花束は日頃の感謝の印です。ぜひ受け取ってください」


「え、ありがとうございます!」


 今日は私がみんなに感謝を返す日なのに、こんなに素敵な贈り物を頂いてしまっていいのだろうか。でも、花束なんて初めてもらった。いい香りがするし、すっごく嬉しい。


 色鮮やかな花束に顔を埋めて香りを楽しんでいると、どこか緊張した面持ちのアルフレッドさんが口を開いた。


「サチさんにお誘いいただけるなんて、僕、本当に嬉しくて……明日お渡ししようかとも思ったのですが、せっかくなので……」


 そっか、アルフレッドさんはギルドのサブマスターだもの。きっと職員一人一人に日頃の感謝を伝えるべく用意していたのね。本当にマメな人だわ。


「ふふ、嬉しいです。本当にありがとうございます。部屋に飾りますね」


 花瓶を買わなくちゃなあ。ピィちゃんが倒さないように注意しないと。

 なんて思っていると、フッと頭上に影が差した。

 顔を上げると、思ったよりも近い位置にアルフレッドさんの顔があって、どきりと心臓が跳ねる。


「その、サチさん……! ずっと、お伝えしたかったことが――!」


「何をしている」


 アルフレッドさんが身を乗り出したタイミングで、マリウッツさんが応接間にやって来た。背筋が凍りつくほど低い声を発しながら、ツカツカとこちらに歩み寄り、私から引き剥がすようにアルフレッドさんの腕を引いた。


「え? な、なぜここにマリウッツ殿が」


「サチに誘われたのだ。当然だろう」


 アルフレッドさんの困惑した様子を見て、私は今日の参加者を伝えそびれていたことを思い出した。


「あ、アルフレッドさん、実は――」


「おう、もう来てたのか」


「お疲れ様っす〜!」


「早いですね」


「サチ〜! 来たわよお!」


 事情を説明しようとしたところで、魔物解体カウンターのみんなとアンがやって来た。


 顎が外れんばかりにあんぐりと口を開いたアルフレッドさんを見て、察しのいいドルドさんは何も言わずにアルフレッドさんの肩を叩いている。


「ま、とりあえず中に入ろうぜ。楽しみにしてたんだ」


 応接間前でたむろしていたら迷惑になるため、ドルドさんの言葉を合図にみんなで室内に入った。アルフレッドさんは状況を理解したらしく、がくりと肩を落としている。悪いことをしてしまった。


「んお? なんかいい匂いがするっす!」


 嗅覚のいいナイルさんが、早くもスンスンと鼻をひくつかせている。全員揃ったし、温かいうちにお披露目したいので、早速始めるとしましょうか!


「皆さん、今日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます! 明日は『愛と感謝の日』ということで、日頃お世話になっている皆さんにささやかなお礼を用意しました」


 みんなの顔を見渡して、私はそっと花束を置いてから壁際に用意していたテーブルの上のクロスに手をかけた。


「ジャジャーン!」


 そう言ってバサリとクロスを捲ると、昨日の夜から気合を入れて準備した料理の数々が姿を現した。


 元の世界のバイキング形式を採用し、保温効果のある大皿一杯に料理を並べている。ハンバーグ(魔物肉)にエビフライ(海老に似た魔物)、卵焼き、餃子風包み焼き、ローストビーフ、パスタ、パンなどなど。デザートにふわふわのシフォンケーキにクッキーと山盛りの果物も用意した。

 もちろん奮発してラディッシュベリーのワインとエールの樽も準備済みよ!


 ガタイのいい男性も多いし、きっと物凄い量が必要だと気合いに気合いを入れて用意した手料理の数々。

 これでも一応は料理人志望だったのだ。

 みんなに何ができるかを考えた結果、手料理を振る舞いたいと思い至った。


 共用キッチンの利用はアルフレッドさんに口添えしてもらったし、この応接間だってアルフレッドさんに頼んで利用許可をもらっている。

 料理にも応用の利く【天恵(ギフト)】のおかげで、下ごしらえはあっという間に済んだので、じっくり調理に時間を割くことができた。


 準備をして改めて思ったけど、やっぱり私は料理が好きだ。

 特に、誰かを想って作るのは本当に楽しい。

 みんなの喜ぶ顔、笑った顔、驚いた顔。自分の料理を食べたみんながどんな反応を示してくれるのか、その姿を想像するだけで幸せな気持ちになるし、気合いも自ずと入るというもの。図書館や本屋でレシピ本を読み漁り、元の世界の知識と合わせて私にできる精一杯を詰め込んだ。


 心地よい疲労感と達成感に満ちた私は、振り返ってみんなの反応を確認した。


「お前……たった一人でこの量を?」


「うわー! うまそうっす! サチさんの手作りっすか!?」


「こりゃすげえ。感激しやした」


「やーん! サチの手料理が食べられるなんて! それにしてもすっごい量ね……今度料理を教えてちょうだいよ」


「ほう、うまそうだ」


「サチさんの手料理……」 


 反応は人それぞれだけど、手応えは上々ではないだろうか。


「一日早いですけど、これが私からの贈り物です。私はこの世界に来てまだまだ日が浅いです。でも、そんな私が毎日楽しく笑って過ごせているのは、みんながいてくれるからです。えへへ……私、いつも貰ってばっかりで、全然お返しできていなくてすみません。今日は日頃の感謝の気持ちをいっぱいいっぱい込めて腕を振るいました! 是非楽しんでいってください!」


「ううっ、サチー!」


「おわあっ」


 少し気恥ずかしくて頭を掻いていると、アンが感極まって抱きついてきた。あわてて受け止めると、ドルドさんが一歩前に歩み出た。


「まったく、それはこっちのセリフだぜ。サチが来て、俺たちがどれほど助けられているか……何も返せていない? 何を馬鹿なことを言っている。お前が毎日笑って過ごしてくれている。俺たちにとっちゃ、それが何よりの贈り物なんだ」


 ドルドさんの言葉に、みんなが深く頷いている。


「皆さん……へへ、ありがとうございます。私を受け入れてくれる人がいるから、毎日頑張れるんです。さ、温かいうちに食べてくださいね!」


 私は照れ笑いを浮かべながら、用意していたお皿とフォークをみんなに配っていく。部屋の中央にはローテーブルと、それを囲むようにソファを配置しているので、好きな料理を取り、テーブルを囲んでみんなでワイワイと談笑できればいいなと思っている。


「いただきますっす! あ! 俺が一番っすよ!」


「ピピィッ!!」


 我先にと駆け出したナイルさんとピィちゃんが醜い争いを繰り広げている。その様子を笑って見ながら、他のみんなも各々好きな料理に手を伸ばし始めた。


「ん、うまい!」


「美味しいっす〜! 最高っす!」


「これはうまいですぜ!」


「ん〜!! おいひ〜!!」


「うまい。やはりサチが料理上手というのはなんとも不思議な気持ちになるな」


「サチさんの手料理……うっ、僕はとても感動しています」


 一人失礼なことを言っているけれど、みんな美味しいと笑顔で食べてくれている。私は味見でお腹いっぱいなので、みんなの感想を聞きながら、給仕に徹した。


 こうして私の『愛と感謝の日』の贈り物は大盛況だった。

 たくさん用意した料理もほとんど残らず、わずかに残ったパンやシフォンケーキは、妹弟が多いというナイルさんに包んで持って帰ってもらった。


 あっという間に夜も更け、程よくお酒も回って上機嫌になった一行をお見送りする。


 夜も遅いので、ドルドさんがアンを家まで送っていき、酔い潰れたローランさんを両脇から抱えるようにしてナイルさんとアルフレッドさんが帰っていった。


 最後に残ったマリウッツさんは、なぜかジッと私を見つめている。


「何か?」


 首を傾げて尋ねると、マリウッツさんは僅かに逡巡したあと、口を開いた。


「明日」


「え?」


「明日は何か予定があるのか?」


 明日? うーん、今日のことばかり考えてたからなあ。お休みだけど、アンはきっと家族で過ごすだろうし……


「そうですねえ、今日は頑張ったので、明日はお寝坊する予定があります!」


「ピィ……」


 ドヤ顔で答えたら、近くを飛んでいたピィちゃんに呆れられた。

 だって仕方ないじゃない。私にとっての『愛と感謝の日』は今日なのだから。最近は休みの日も準備を進めたり料理の試作をしたりで忙しかったから、のんびり過ごすつもりよ。


「……昼からは空いているのか」


「え? そうですね。特に予定は」


「ならば、少し付き合ってくれ。街に出かけるぞ」


「えっ」


 まさかのお誘いに、驚いて目を見開いてしまった。きっと今、私はかなり間抜けな顔でマリウッツさんを見上げているのだろう。


「いいか?」


「え、あ、はい」


「よし、決まりだ。太陽が真上を指す頃にギルドの前まで迎えに来る」


 戸惑っているうちに、とんとん拍子に約束が取り付けられていく。満足げなマリウッツさんは、上機嫌で扉に向かい、立ち止まった。そして振り返らずにこう言った。


「……髪飾り、付けているところを見せてくれ」


「あ……は、はい」


 髪飾りとは、年越し祭りでマリウッツさんが贈ってくれた蝶のモチーフがついたバレッタのこと。


 言いたいことを言い終えたのか、マリウッツさんは後ろ手を振って帰っていってしまった。


 しばらくポカンとその後ろ姿を見送って、私は遅れて我に返った。


「えっ!? 出かける!? 二人で!?」


 何か物を選ぶ手伝い? それとも荷物持ち? 誰かへの贈り物の相談? 意図が読めない。


「とりあえず……後片付けをしっかりしなくちゃね」


 みんな片付けを手伝ってくれると言ったけど、今日は私がおもてなしをする日だから丁重にお断りした。

 たくさんの大皿をワゴンに乗せて、ガラガラとキッチンの洗い場へと向かう。


 明日のことは明日の私に任せよう。今日の私は深く考えることを放棄した。

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