第84話 招待状
翌日、新年の挨拶を済ませ、無事に仕事始めとなった。
冒険者たちも続々とクエストに向かい始め、魔物解体カウンターはあっという間にいつもの忙しさを取り戻していた。
日々の業務に追われ、くたくたで帰宅してから机に向かって、ああでもないこうでもないと頭を悩ませる。休みの日は図書館や街の本屋で目ぼしい本に目を通す。街に出ていくつかの店に当たりをつけて、着実に『愛と感謝の日』に向けた準備は進んでいた。
そして、当日を一週間後に控えた今日、出勤前の私は机を見下ろしていた。
「よし、あとはこれを渡すだけね」
机の上にずらりと並んでいるのは、六通の招待状。今日はみんな出勤してくることは確認済みなので、きっと無事に配り終えることができるはず。
私は招待状をトントン、とまとめてポケットに忍ばせると、ピィちゃんを肩に乗せて魔物解体カウンターへと向かった。
◇◇◇
「おはようございます! あの、皆さんにこちらを」
魔物解体カウンターに着くと、すでにドルドさん、ナイルさん、ローランさんの三人が揃っていた。
業務が始まる前に渡してしまおうと、私はポケットから招待状を三通取り出した。
「ん? なんだあ?」
「なんっすか? 手紙?」
「どれどれ……六日後の夜? 空いてやすぜ!」
ドルドさんは、「ほう、なるほどなあ」とニヤリと不敵な笑みを浮かべている。他の二人は首を傾げながらも快諾してくれた。
恐らくドルドさんにだけお誘いの意図がバレている。さすがはよく気のつく人だわ。
「ありがとうございます! では、当日業務が終わり次第、そこに書いてある場所まで来てください!」
全員がグッと親指を立ててくれたことを確認し、私はホッと胸を撫で下ろした。
きっと、皆さんそれぞれ『愛と感謝の日』の過ごし方があるのだろうと思った私は、計画の決行日を前日の夜に決めた。
あとはお昼休みにアンとアルフレッドさんに招待状を渡して、マリウッツさんにはカウンターにいらっしゃったタイミングでお渡しすればバッチリね。
完璧な計画を頭の中で反芻し、私は午前の仕事に邁進した。
そしてお昼休みに入り、私は受付カウンターを訪れた。
「もっちろん! 参加させてもらうわ! 何をするか無事に決まったみたいで安心したわ」
「えへへ……ありがとう。アンのおかげだよ」
アンの予定も押さえることができたので、続いてアルフレッドさんを探す。
「サブマスターでしたら、きっと執務室にいらっしゃいますよ」
「ありがとうございます!」
職員の方にアルフレッドさんの所在を教えてもらい、真っ直ぐに執務室に向かう。
コンコン、とノックをして、「アルフレッドさん? サチです。今お時間ありますか?」と声をかけた。
すると、中からドタタタッと物音が聞こえて、すぐに扉が開かれた。
「え、あ、サチさん!? どうしたんですか?」
突然の来訪に驚いた様子のアルフレッドさん。よほど慌てていたのか、丸眼鏡が思い切りズレている。
まあ、私が執務室を訪れるのは【鑑定】を依頼している時ぐらいだもんね。先触れを出しておくべきだったか、と反省する。
「お忙しいところすみません。あまりお時間は取らせません。こちらをお渡ししたくて」
ポケットから招待状を取り出して、差し出した。
受け取ったアルフレッドさんは、「中を確認しても?」とソワソワした様子で尋ねてきた。
「もちろん」と頷くと、アルフレッドさんは丁寧に封を切って、鼻先が付くのではないかというほど近付いて何度も何度も書かれている内容を確認していた。時間と場所とお誘いの文言しか書いてないんだけどなあ。
「こ、これは……その、もしかして、『愛と感謝の日』のお誘いと解釈してもよろしいのでしょうか?」
ようやく内容を咀嚼したらしいアルフレッドさんが、震える声を発した。
「はいっ! もうすでにご予定がありますか?」
先約があるのかしらと尋ねると、アルフレッドさんはブンブンッと風を切る音がするぐらい首を左右に激しく振った。
「な、ないです! 空いています! いや、予定があってもこじ開けます!」
「そ、そこまでしていただかなくても……あ、そうだ。アルフレッドさんにはもう一つお願いがありまして……」
「はい、なんでしょう? サチさんのお願いでしたらなんとしてでも叶えてみせます」
キリッとした表情で丸眼鏡を押し上げるアルフレッドさん。なんとも頼もしい。
私はサブマスターであるアルフレッドさんにとあるお願いをした。アルフレッドさんは驚いた様子だったけど、用途を聞かずに快諾してくれた。
「いいでしょう。手配しておきます。それにしても……まさか、サチさんからお誘いをいただけるとは……当日がとっても楽しみです」
アルフレッドさんは目を潤ませながら招待状を胸に抱いている。
大袈裟な人ね。期待に応えられるようにより一層気合を入れなくっちゃ!
「喜んでいただけるよう、準備頑張りますね! では、また」
「はい! 本当にありがとうございます!」
アルフレッドさんと別れ、急いで食堂へ向かう。招待状を配っていたからあまりゆっくり食べられない。ピィちゃんはカウンターでまだ寝ているから、何か包んで持って帰らなくっちゃ。
「あ、アルフレッドさんにみんなが来ること伝え忘れてた……」
うーん、それを伝えるためだけに再び執務室を訪ねて仕事の邪魔をするのも憚られる。
きっと聡いアルフレッドさんのことだもの、おおかた察してくれているだろう。
よし、となるとあとはマリウッツさんだけだわ。今日はカウンターに来てくれるかなあ。
そう思いながら急いでご飯をかき込んだ。
◇◇◇
「マリウッツさんが! 来ない!」
いよいよ作戦決行日を明日に控えているにもかかわらず、一向にマリウッツさんが魔物解体カウンターにやってこない。由々しき事態である。前日なのに招待状をまだ渡せていない。
もしかしてまた魔物解体が不要なクエストに出ているのだろうか。
うーん、と少し悩んだ私は、クエストの受注状況を教えてもらおうと、早めのお昼休みをいただいて受付カウンターへと足を向けた。
「ん? あーっ! マリウッツさんっ!」
「サチか。今日も元気そうだな」
受付カウンターのアンの元へとやって来たところ、すでに先客がいた。なんと、その先客が私の尋ね人その人だった。
ずっと探していた人物の登場に、思わず大きな声をあげてしまった。そんな私を咎めることなく、マリウッツさんはチラリと肩越しに振り返って目を細めた。
「あら、サチ。お疲れ様。もうすぐ手続きが終わるから待ってね」
「アンもお疲れ様。ありがとう」
アンが素早くクエスト完了の手続きを済ませてくれて、私はようやくマリウッツさんとお話しすることが叶った。
「ずっと探してたんですよ。会いたい時に会えないんですもん」
唇を尖らせていると、どこか嬉しそうなマリウッツさんが腕組みをして首をもたげた。
「なんだ、そんなに会いたかったのか。今後は魔物解体の依頼がなくとも、極力カウンターに顔を出すようにしよう」
「え? ありがとうございます? また護衛や採取系のクエストに出ていたのですか?」
ここ最近の様子を尋ねると、マリウッツさんは少し気まずげに視線を逸らしてしまった。
「いや、在庫の処理をさせられていた」
何ともバツが悪そうな顔をするマリウッツさん。在庫? なんのことだろう。
色々気になるけど、本題を済ませてしまわないと。
「あの、これ。受け取ってください」
「なんだ? 読むぞ」
招待状を受け取ったマリウッツさんは、私が頷いたことを確認してから、ピッと手早く封を切って中身に目を走らせた。
「あの……急なお誘いですみません。明日の夜なんですけど……」
「問題ない。必ず行く」
マリウッツさんは何度も招待状の内容を読み返しながら、口元に拳を当てた。
「よかったあ……もっと早くにお渡ししたかったんですけど、中々会えなかったから」
これで全員の了承を得られた。
ホッと胸を撫で下ろしたあと、あっ、と大切なことを思い出した。今度こそ、きちんと伝えておかなくては。
「参加者は魔物解体カウンターのみんなと、アルフレッドさん、それからアンの合計六名です!」
六本の指を立てて掲げてみせる。
「………………………………そうか」
あれ、何やら微妙な間が空いていた気がする。続いて深い深いため息が降ってくる。
「いや、そうだな。サチだからな。少しでも期待した俺が馬鹿だった」
「え?」
なんだかとても失礼なことを言われている気がする。
「まあ、お前の頼みだ。予定があろうと必ず行く」
マリウッツさんまで。ありがたいけど、みんなどうしてそこまでしてくれるのか。ちょっと過保護すぎないだろうか。
「ありがとうございます。楽しみにしていてください」
私がムンっと気合を入れて胸を叩くと、マリウッツさんの雰囲気も和らいだ。そしてその視線が、私の頭に向く。ん? 何だろう。アホ毛でも立ってる?
「どうかしましたか?」
「いや……なんでもない」
尋ねてみるも、フイッと顔を背けられてしまった。気になる。後で鏡を見てみよう。
用事は済ませたので、アンとマリウッツさんに別れを告げて食堂へ向かう。
とにかく、無事に招待状は配り終えた。あとは明日……いや、今晩から頑張るだけね!
私は気合十分に拳を突き上げた。




