第81話 ペンダントと髪飾り
「やだ、もうこんな時間? 楽しい時間はあっという間ねえ」
「本当だ。あと三〇分もしたら新年だね」
大通りの露店を一通り回り尽くした私たちは、人混みから外れて少し休憩を取っていた。時計を確認すると、まもなく日付が変わろうという頃合い。
「今のうちにお手洗いに行ってくるわ。サチは大丈夫?」
「うん、大丈夫。この辺りのお店を見てるから、行っておいで」
「ありがと!」
アンの背中を見送って、私は周囲の露店を見渡した。一通りは見たはずだけど、道を外れた場所にもチラホラと露店が見られる。待ってる間に覗いてみようかな。
私は大通りから小道に外れる場所に構えている露店に足を向けた。
「いらっしゃい。ごゆっくりどうぞ」
「わあ……すごい」
ずらりと並べられたのはペンダントやバングル、イヤリングといった華奢なデザインのアクセサリーだった。どれも綺麗な石がつけられていて可愛い。
私が物珍しそうにマジマジと見てしまったからか、店主のお姉さんがクスッと笑って教えてくれた。
「その石はね、【天恵】の能力が込められた特別な石なのよ」
「えっ!?」
「たとえば、そのバングルは【結界】。身の危険から一度だけ守ってくれるわ。この指輪は【洗浄】。しっかりした水圧で水が放出されるからクエストに出る時のお皿洗いが楽になるわよ」
「へええ……!」
なんかとんでもないお店なのでは?
マリウッツさんが【圧縮】の効果がある道具を持っていたけど、それに似たようなものなのかな?
私は目を爛々と輝かせながら、「あれは?」「これは?」と目についたものの解説を求めた。
そして、私はとあるペンダントを指差した。
「あら、お目が高い。それはね、【通信】。二つのペンダントが対になっていてね、どれだけ遠くに離れていても、ペンダントを介して会話ができるのよ。もちろん、回数制限はあるんだけどね」
なんと!
元の世界の電話のような使い方ができるのかな?
これはとんでもなく便利な代物なのでは?
「これ、ください!」
「はいよ。毎度あり」
少々お値段は張ったけど、いい買い物をしたのでは?
私は代金を支払い、使い方の説明を受けてホクホクしながら包みを受け取った。
これがあったらサルバトロス王国に行った時もアンと連絡が取れたのになあ。
また遠い場所に行くこともあるかもしれないし、そんな仕事の依頼が来たらアンかドルドさんに渡そう。近況報告もできるし、寂しくなったり困ったりしたら【通信】すればいいもんね。
ペンダントが二つ入った包みを丁寧にカバンに仕舞う。
さて、そろそろアンが戻ってくる頃かな――と立ち上がって振り返ると、
「やはり、サチか」
「ぎゃああっ!」
真後ろに立っていた人物に突然声をかけられて思わず叫んでしまった。
「驚きすぎだろう」
「え……? マリウッツさん!?」
眉を顰めて片耳に指を突っ込んでいたのは、なんとマリウッツさんだった。
「いらっしゃらないと思っていたので……来ていたんですね」
いつもは寝て過ごすと言っていたから、てっきり来ないものかと思っていた。
「ああ。お前が行くと言っていたからな」
「え?」
マリウッツさんは聞き捨てならないことをサラリと言うと、興味深そうに周囲を見渡した。
「オーウェンの娘はどこに行った」
「アンですよ。確かに、遅いですね……探しに行こうかな」
「いや、ここで待ち合わせているのだろう? 下手に動くと余計に合流できなくなる」
「それもそうですね」
行き違いになってしまっては、年越しまでに会えなくなってしまう。
私とマリウッツさんは露店から離れて、大通りが見渡せる一角に移動した。
「それにしても、この人混みの中でよく見つけられましたね」
王都の街は広い。それにこの人と賑わいときた。本当によく出会えたものだわ。
「どれだけ遠くにいても、サチのことはすぐに見つけられる」
「え? 視力すごいですね!?」
視力幾つなんだろう。探索能力の高さもさすがSランク。
大いに感心していると、頭上から深いため息が降ってきた。
「……はぁ」
え? なんでそんな可哀想なものを見る目で見るんですか……
「あっ、もしかして、たくさんの人の中からでも私を見つけ出せるし、わざわざ苦手な人混みを掻き分けてまで会いに来てくれた、ってことが言いたかったとか? なんちゃって」
「……わざわざ言葉にしなくてもいい」
半分冗談で言うと、マリウッツさんはフイッと顔を背けてしまった。
……えっ!? 本当に!?
心なしかマリウッツさんのお耳が赤い。それは、寒いから……ってわけじゃない、ですよね。
マリウッツさんが照れるから、私まで恥ずかしくなってきたじゃないですか。胸の奥がくすぐったくて、思わずニヤけそうになる口元を頬に両手を当てて誤魔化す。うう、ほっぺが熱い。
火照った頬を冷ますようにペチペチ触っていると、周囲がワアッと盛り上がり始めた。
「10、9、8……!」
「え? もしかして……嘘っ」
突然始まったカウントダウン。周りの人々はみんな雲ひとつない夜空を見上げている。
待って待って! アンと合流できてない……! アンってばどこまで行ったのよ!?
「3、2、1……おめでと〜!!」
あわあわと狼狽えている間に、年を越してしまったらしい。
あちこちから新年を迎えた喜びの声が上がっている。
目をパチパチ瞬きながら、マリウッツさんに視線を向ける。マリウッツさんも少し驚いた様子でこちらを見ていた。
「……ぷっ、あはは、年越しちゃいましたね」
「……ふ、そうだな」
全然格好がつかない年越しになってしまい、二人で思わず笑ってしまう。この世界に来て初めての年越しをマリウッツさんと過ごすことになるとは思わなかったなあ。
「ふふ、今年もよろしくお願いします。魔物解体カウンターをどうぞご贔屓に」
「ああ、よろしく頼む。これからも俺が持ち込む魔物を解体してくれ」
クスクスと笑い合いながら新年の挨拶を交わす。
穏やかな空気が流れる中、突然、夜空が眩い光を放った。
「わあっ! 花火! 花火ですよっ! 綺麗……」
ヒュ〜……パンッ! パパンッ! と馴染みある音がして、夜空に光の花が咲き乱れている。
新しい一年の始まりを祝う花火を、王都の街のみんなが見上げている。今この時は、世界が一つになったような、そんな錯覚に陥りそうになる。
ほう、と花火に魅入っていると、「サチ」と隣に立っているマリウッツさんに名を呼ばれた。
「はい」
呼びかけに応じて顔を向けると、スッとマリウッツさんの手が伸びてきた。
えっ、なに!?
びっくりして思わずギュッと目を瞑る。なんか、頭の上でわさわさしてる気が……!? 何? なんなの!?
手が離れた気配がして恐る恐る目を開いてみると、どこか満足げなマリウッツさんが微笑んでいる。そっと髪をまとめているあたりに触れると――
「髪飾り?」
「ああ。先ほど露店で見かけてな。何故かサチの顔が思い浮かんだのだが……なるほど、よく似合っている」
満足げに目を細めるマリウッツさん。花火の光に照らされて、どこか絵画のような美しさに目が奪われる。
「えっ、あ、ありがとうございます……」
なんだか気恥ずかしくて、髪飾りをいじりながら視線を彷徨わせる。このままマリウッツさんの目を見ていたら、今度こそ吸い込まれて消えてしまいそうな気がする。
「あっ!」
落ち着かないまま視線を泳がせていると、人の波が途切れた合間にアンの姿を見つけた。
「アンっ!」
声を張って手を振ると、アンも私に気づいたらしく、手を振りかえしてくれる。
そして、誰かに手を振ってから人混みをかき分けてこちらに向かってきた。
誰かと一緒だったのかな? 死角になっていて誰だか見えなかった。
「サチ! ごめんね、ちょっと知り合いに会ったものだから……一緒に年を越せなくて残念。でも、マリウッツ様が一緒で安心したわあ」
どこか含み笑いをしているアン。
もしかして、アンは私が気付くよりも前からこちらの様子を窺っていたのではないだろうか。じとっと見つめると可愛いウインクで誤魔化そうとしてくる。とても怪しい。
「じゃあ、またな」
「あ、はい! また!」
私たちの様子を呆れたように見ていたマリウッツさんは、あっさりと挨拶をすると颯爽と去っていってしまった。
突然現れたかと思ったら、あっという間にいなくなってしまったわね……
マリウッツさんはちゃんと年越し祭りを楽しめたのかな?
もしかして、私に会うためにわざわざ来てくれたのかな……なんて。
いや、流石にそれは自惚れすぎだわ。ないない。
「あら? あらあらあらあら〜?」
目ざとく私の髪飾りに気づいたアンが、背後に回り込んで楽しそうな声を出している。なんとも気まずい。
「ちょ、な、何よ」
「ううん、マリウッツ様もやるわねえ」
ニヤニヤと含み笑いを深めたアンは、しばらく私の髪をつついて遊んでいた。
アンが誰といたのかはまた明日のお話で




