第79話 年越しに向けて
「おーい、サチ! こっちも頼んでいいか?」
「はーい! 大丈夫です!」
今日も今日とて大盛況の魔物解体カウンターには、大量の魔物が持ち込まれてくる。
私は目の前のコカトリス三頭をスパパパァンと【解体再現】で片付けて、手招きしているドルドさんのもとへと走った。
サルバトロス王国から帰国して早くも二週間。
私はすっかり元の生活を取り戻していた。
能力レベルが2も上がった私の解体速度は、出国前と比べると随分と早くなったようで、職場復帰後にドルドさんたちが目を丸くしていた。
ちなみに、【浄化】の固有スキルについては、アルフレッドさんとの約束通り、口外はしていない。ドルドさんに限り、アルフレッドさん同席の下で報告をあげている。ドルドさんは口が堅いからね。ナイルさんは口が軽そうだから絶対に言えないけど。
やっぱり、ドルドさんも他言無用に同意してくれたので、【浄化】について知るのは、アルフレッドさん、マリウッツさん、ドルドさんの三人に留められることとなった。
瘴気を癒す力である【浄化】。このスキルを使う日が来ないことを祈るばかりだ。
サルバトロス王国に滞在していた約一ヶ月の間にすっかりと季節は冬へと向かい、ドーラン王国ではチラチラと雪が舞う日が増えてきた。
あと一週間で、この世界は新年を迎える。
こちらの世界でも、私が元いた世界と同じように年末年始は派手に祝う習慣があるらしい。もちろん情報源はアンだ。
帰国後、アンにはサルバトロス王国での出来事を根掘り葉掘り聞き出された。
アンはリリウェル様の一連の騒動に激怒し、髪の毛を逆立てて憤慨していた。いつもはほんわりと穏やかなアンがあそこまで怒るところを初めて見たのでびっくりしちゃった。
ヘンリー様については、「国を背負う身としては色々と大変なことがあるんでしょうねえ」とどこか同情するように眉を下げていた。
ギルドマスターの娘だけあって、人の上に立つ苦労をよく知っているのかしら。
まあ、オーウェンさんは随分と自由気ままに生きているようなので、その分アルフレッドさんの苦労が絶えない様子だけど。
そしてお互いの近況報告の場で教えてもらったのが、年越しを祝う祭りのこと。今や街は年越しムード一色で、あちこちにランタンが吊るされ、夜になると淡いオレンジ色の光が優しく街を照らしている。
新年を迎えると、派手に花火が打ち上げられ、王都は眠ることなく朝までお祭り騒ぎが続くという。
「ねえねえ、サチ。年越し祭りは誰かと一緒に行くの? もういい人に誘われた?」
「いい人って誰よ……今のところ誰からも誘われてないよ」
仕事終わり、食堂でアンと軽く飲んでいる時に不意に尋ねられた。
そもそも年越し祭りのことだって、つい最近知ったばかりだし。
私が苦笑しながら首を振ると、アンはパァッと表情を明るくした。はい、可愛い。
「じゃあさ、私と回ろうよ! 色んな屋台が出てて楽しいんだよ」
「え、いいの? 私は嬉しいけど……ほら、オーウェンさんは大丈夫なの?」
そう、アンの誘いはもちろん嬉しいのだけど、彼女にはドがつくほど親バカのギルドマスターがいる。きっとオーウェンさんは数年ぶりの年越し祭りを愛する娘と過ごしたいに違いない。
「あー、大丈夫大丈夫。パパはママとデートだから。ほんとにいつまでもアツアツなんだから、見ていられないわよ」
呆れた顔で手を振るアンは、言葉とは裏腹に何処か嬉しそうにしている。
両親が仲睦まじいことはとてもいいことだ。幼い頃の記憶しかないけれど、私の両親もとても仲のいい夫婦だったとおじいちゃんがよく誇らしげに話してくれたっけ。
おじいちゃんに引き取られてからは、おじいちゃんと二人、穏やかに新年を迎えていた。歌合戦の番組を見て、おじいちゃんお手製の年越しそばを食べて……随分と遠い日のことに感じる。
おじいちゃんがいなくなってからはずっと一人で年を越してきた。短大時代は人手が足りないからとシフトを入れられてバイト先で年を越したこともあった。
大好きな友達と笑って新年を迎えられる日が来るなんて、思いもしなかった。
「えへへ、じゃあ一緒に年越ししよっか。ピィちゃんは……多分起きていられないよね」
「ピュィ?」
テーブルの上でガツガツとホーンブルの生姜焼きを食べているピィちゃんが、可愛らしく小首を傾げた。口にべったりとタレがついておりますよ。
ハンカチでピィちゃんの口元を拭ってあげながら、私は再びアンに視線を向けた。
「ピィちゃんを寝かせてからアンの家まで迎えに行くよ」
「やった! 楽しみだわぁ。一ヶ月もサチと会えなかったんだもの。今回はあの二人にも譲ってもらわなきゃねぇ」
「ん? あの二人?」
「いいのよ。こっちの話」
ハンカチを畳みながら首を捻るも、アンは不憫なものを見る目で私を見ている。何よ、その目は。
「まあ、とにかく! 年越しは私がサチを独り占めするんだから、もし他にお誘いがあってもきちんと断っておいてよね!」
そうアンに釘を刺され、この日はお開きとなった。
年越しなんて大事な日に私と過ごしたいと誘ってくれる人なんて、アンの他にはいないと思うけどなあ。そう思いながら自室へと登る階段に足をかけた。
◇◇◇
「えーっと、ごめんなさい。お誘いはとっても嬉しいのですが、先約が……」
「そ、そんな……」
なんて思っていたら、翌朝、落ち着かない様子で魔物解体カウンターにやって来たアルフレッドさんに年末年始の予定を尋ねられた。
先約があると伝えると、アルフレッドさんはガクリと肩を落としてしまった。
「サルバトロス王国でのお礼も兼ねて、一緒に過ごしたいと思っていたのですが……一足遅かったようですね。はぁ……」
なるほど、そういうことか。
どうしてアルフレッドさんが私を? と思ったけど、それなら納得。
しょんぼり項垂れるアルフレッドさんが、何かに思い当たったようにハッと表情を強張らせてガバリと顔を上げた。わっ、勢いがすごくてびっくりします!
「ま、まさか……先約というのは、マ、マ、マリウッツ殿……ですか!?」
切羽詰まった様子で尋ねられ、私は慌てて首を振って否定する。
「違いますよっ! アンです! アンに誘われたんです!」
「アンさん……? ああ、なるほど……はぁ……すみません、早とちりをしました」
「い、いえ……」
そもそもどうしてマリウッツさんの名前が出てくるのか。
「ったく、相変わらずだなあ……」
私たちの様子を見ていたドルドさんが、ポンポン、とアルフレッドさんの肩を叩きながら深い深いため息をついた。
「すみません、仕事の邪魔をしてしまいましたね」
「いや、今は落ち着いてるから気にすんな。ま、お前も気を落とすなよ。サチ相手だとなかなか骨が折れるだろう」
「え、いや……はは……」
ドルドさんとアルフレッドさんが何やらコソコソと話をしている。とても失礼なことを言われていることだけは分かる。
ぷうっと頬を膨らませて「不服です!」と意思表示をすると、ドルドさんに苦笑いをしながら膨らんだ頬をつつかれた。
「お、冒険者が来るぞ。仕事だ。じゃあな、アルフレッド、あまり気落ちするんじゃねえぞ」
「はい、ありがとうございます」
アルフレッドさんは「お邪魔しました」と頭を下げてカウンターを去っていった。入れ替わりにやってきた冒険者を皮切りに、魔物解体カウンターには冒険者が押し寄せて、あっという間に目が回るほどの忙しさとなったのだった。
ご無沙汰しております。本日より、第三部開始いたします!
平和な日常回を中心に、新キャラの登場や、後半では本作序盤以降ご無沙汰のあの子が出てきます。
毎日朝7時10分更新予定です。
第三部は感想欄開けたままにしようかなあと思っておりますので、お手柔らかにどうぞ。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




