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第68話 想定外の現地入り ◆前半ヘンリー視点

「なんだと!?」


 執務室に篭って積み上がった書類と戦っている時に飛び込んできた一報に、僕は執務机を叩いて勢いよく立ち上がった。その拍子に書類の山が雪崩を起こすが構っていられない。


「どういうわけか詳しく聞かせてくれ」


「はっ、はい!」


 つい先ほど、先遣隊として出立したジェードが救援を求めて戻ってきたことは聞いていた。後援隊の見送りに行きたかったが、各地の魔物被害の対応に追われて出向くことができなかった。


 サチの護衛であるマリウッツが同行するとは聞いていたが、まさか、そんな。


 急ぎ情報を届けてくれた騎士の話を改めて聞き、気がついたら執務室を飛び出していた。

 嫌な予感がする。

 流石にそこまで愚かなことはしていないだろう、と自分に言い聞かせるように念じるが、足は自然ととある場所へと早足に向かっていく。


「どうして、サチとアルフレッドまで【転移】で連れて行かれたんだ? ジェードがそんなミスをするか?」


「そ、それが、当のジェードも現地に向かってしまったので事情が分からず……その場にいた冒険者やギルド職員に聴取したところ、どうもジェードの様子がおかしかったようで……何か思い詰めたような、そんな表情をしていたと一様に口にしています」


「現地が精神的にも疲弊するほどの状況だった、というだけではないようだな。ジェードに最近変わったことはなかったか?」


「いえ。いつも通り勤勉で、真面目に日々の業務に励んでおりました。……あ、そういえば。最近病気の妹の容体が良くないとかで気を揉んでいましたね。そのことで王女殿下から話があると言われて、出立前日に呼び出しに応じておりました」


 嫌な予感が的中しそうな状況に唇を噛む。

 そうこうしている間に、目的の部屋へと到着した。


 形式だけのノックをし、返事を待たずに扉を開ける。扉の近くに控えていたらしいメイドが「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。


「あら、お兄様。怖い顔をしてどうされましたの?」


 急な来訪に苦言を呈するわけでもなく、優雅な所作で茶を飲んでいるリリウェルに、カッと頭に血がのぼる。何を呑気に茶なんか飲んでいるんだと怒鳴りたくなるのをグッと堪える。自分を落ち着かせるために、爪が食い込むほどに拳を握りしめた。


「お前は……何をしでかしたのか、分かっているのか」


「何をおっしゃりたいのでしょう? わたくしはずっと自室で過ごしておりましたわ」


 白々しくも(かぶり)を振るリリウェルの側まで歩み寄り、見下ろすように彼女の目の前に立つ。


「サチとアルフレッドが【転移】に巻き込まれて連れて行かれた」


「まあっ、それは大変ですわね。……うふふ、どうやらうまくやったようね」


 リリウェルの嬉しそうな反応と、呟くように溢れた言葉で確信する。首謀者はこいつだ、と。


「お前は一体何を考えている」


 これまでも、ドが付くほどの我儘な妹だとは思っていたが、どうやら世界は自分を中心に回っているとでも思っているらしい。あまりにも身勝手で自分本位な目の前の女が、実の妹だと思うとゾッとする。


「あら、何のことかしら? わたくしは気に入ったものを側に置いておきたいと、ただそれだけを求めていただけですの。それなのに、随分な不敬を働かれてしまいましたのよ? 到底許せるはずがありませんわ。それに、言うことを聞かない悪い子は要りませんの。要らないものは処分しなくてはなりませんでしょう? みんなまとめて居なくなってしまえばいいと、そう思っただけですわ。ええ、ただ、そう思っただけのことですわ」


「ふざけるな!」


 こいつは……!

 国の恥を晒してまで招き入れた人達を戦場に送り出すなんて、まともじゃない。再三忠告をして、少しは反省の色が見えたかと思っていたが、全く反省していなかったらしい。それどころか、水面下で悪意の網を広げて獲物を絡め取ろうとしていたのか。


 さも当然とでも言うように持論を語るリリウェルを前に、背筋がゾワリと粟立つのを感じる。今ここで何を言っても不毛だ。こんなところで時間を浪費するぐらいなら、何か僕にできることはないかと駆け回った方が幾分かマシだろう。


「自らの行動の愚かさ、そしてその影響を何も分かっていないようだな。もし我が国が魔物に呑まれ崩壊するようなことがあれば、それはお前のせい……いや、お前の暴走を止めることができなかった僕たちの責任、か。はぁ……第一王子の権限により、リリウェルを当面自室謹慎とする。見張りには僕の従者をつけ、それ以外の人間には部屋の出入りを禁ずる」


 吐き捨てるようにそう伝えるも、リリウェルは飄々としている。

 僕は踵を返し、勢いよく扉を開いて部屋を出た。


 裁くにも証拠がない。リリウェルに相応の罰を与えるためにも、魔物討伐に向かったジェードを始めとする一同が無事に帰ってくる必要がある。


 肩で風を切るように廊下を歩いていたが、小窓から差し込む日差しの暖かさに自然と足が止まった。

 日の光を浴びながら、脳裏に浮かぶのはサチの無邪気な笑顔だった。


「頼む……どうか、無事に帰ってきてくれ」


 神に祈るように呟くと、重鎮と長時間の会議を行なっている父の下へと急いだ。




 ◇◇◇



「う……なに? 何が起きたの……」


 急な浮遊感から解放され、足元をおぼつかせながらも地面を踏み締めて、薄く閉じていた目を開く。


「え……」


 ゆっくりと開いた瞳に飛び込んできたのは、鬱蒼とした森だった。

 周囲には後援隊として見送るはずだった冒険者たちが集まっている。


「お前ら……!?」


 驚き目を見開いているのはマリウッツさんだ。私と誰かを交互に見ている。その誰かは仰ぎ見なくても誰だか分かった。


「な、なぜ……我々もここに」


 呆然と辺りを見回しているのは、私と一緒にギルドに残るはずだったアルフレッドさんだ。周囲の冒険者たちも、想定外の同行人に戸惑いを隠せない様子。


「おい。ジェード、どういうことだ」


「……すみません、すみません、すみません」


 いち早く状況を理解したマリウッツさんが、氷のような冷たい瞳でジェードさんを睨みつけた。ジェードさんは顔を真っ白にして、ガタガタ震えながらひたすら謝罪の言葉を繰り返している。


「チッ。とにかく、こいつが次の【転移】を使えるようになったらすぐにギルドに戻るんだ。いいな。ここから先は危険しかない」


 マリウッツさんの言葉に、コクコクと小刻みに首を振る。


「ピィッ!」


「お前も巻き込まれたのか」


 私が腕にギュッと抱き込んでいたピィちゃんも一緒に連れてきてしまったようで、全身の鱗を逆立てて辺りを警戒している。


「とにかく、来てしまったからには生き延びる方法を探りましょう。僕には魔物の知識と、応急処置の心得がありますので、後方支援に回ろうと思います。サチさんにも、前線からは離れた位置で、僕のお手伝いをしてもらいましょう」


「そうだな。そうするしかなかろうな」


 そう、アルフレッドさんの言う通り、来てしまったからには無事に帰ることを考えなくてはならない。そっと腰に手を当てると、マリウッツさんの指示で付けた小型ナイフのホルダー、そして、腰にはオリハルコンのナイフが刺さったままだ。


 まさかこんなことになろうとは。

 ベルトを付けておいて正解だった。

 丸腰よりは幾分かマシ、程度だけど。


「それで、ここは……? 先遣隊の皆さんや魔物はどこに」


「ウガルァァァァァッ!!」


「っ!」


 状況を把握しようと上げた声は、耳をつんざくような咆哮に掻き消された。


「魔物だ! 周囲を警戒しろ!」


 マリウッツさんの指示に、皆がバッと背を預け合って剣を握る。後援隊には治癒師も同行しているため、私とアルフレッドさんは輪の中心で身を寄せ合う。


 耳を澄ませば、木の葉が擦れる音に紛れて、雄叫びや悲鳴、何かがぶつかり合う音、異形の唸る声が聞こえてくる。


「……あっちか」


 目を閉じて気配を探っていたマリウッツさんが視線を向けた先に目を凝らす。木々が生い茂っていて分かりにくいけれど、僅かに光が差している。どうやら開けた場所に出れそうだ。


「よし、後方支援組とサチたちはこの先の木陰に潜んでいるんだ。前衛は状況を把握したら先遣隊に加わって応戦するぞ」


 マリウッツさんの指示に皆が静かに頷いた。

 ドクドクと大きく脈打つ心臓の音が耳の奥で反響している。

 足手まといにならないように、気配を殺して隠れていなければ。


 私たちは、姿勢を低くして先遣隊が魔物と戦っているであろう戦場へと移動した。

連休なので以下略(12:10も更新します)

波乱の第二部もいよいよ佳境です。

引き続きよろしくお願いします!

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