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第67話 不測の事態

 すぐにミィミィさんが治癒師を連れて駆けつけて、ジェードさんの治療をしながら事情を聞いた。


 当初の予定通り、森への侵入を妨げる植物型の魔物たちは、氷雪系の【天恵(ギフト)】によって一掃することができたらしい。氷漬けになった魔物を砕いて森の奥へと立ち入った先遣隊は、一晩かけて森の中央に根付く巨大なラフレディアの花を発見したという。

 宿主とされる目ぼしい魔物は見当たらず、ともかくラフレディアを凍らせてしまおうと部隊は動いた。けれど、縄張りに一歩足を踏み入れた途端、どこに隠れていたのか、複数の魔物が襲いかかってきたらしい。

 そこからはもう混戦だったという。ラフレディア自身も繁殖を試みていたようで、獣型の魔物の爪や牙だけでなく、地を這うように襲いくる蔦や鋭利な棘にも苦戦を強いられた。

 何とか連携を取って冒険者側に目立った怪我人は出ていないようだけど、それもいつまで耐えられるか分からない。ましてや、最も強力で強大であろう宿主の魔物はまだ姿を現していない。

 先遣隊を率いていた隊長はすぐに救援要請を出す判断をした。


 そして今、満身創痍の状態で、ジェードさんがギルドに戻ってきたというわけだ。


 事情を聞いたミィミィさんは眉間に深い皺を刻んでしばし黙り込んだ。彼らを囲むように固唾を飲んで様子を見守っているギルド職員や冒険者の間にも緊張が走っている。


「……よし、ジェードの応急処置が終わり次第、後援隊を派遣するのじゃ。良いか、半刻後にラウンジに集合するのじゃ。昼がまだの者はすぐにかき込め。少しでも万全の状態に近づけておくのじゃ」


 私たちは顔を見合わせると、急いで食堂に向かった。

 後援隊が派遣される。つまりマリウッツさんも参加するということだから、少しでも力がつくように昼食を食べておくべきだ。


 食堂にはすでにミィミィさんの指示が飛んでいたようで、いつも以上に慌ただしく調理をしている。できた料理がどんどんカウンターに並べられており、一律の金額で提供してくれるようだ。


 素早く食べられるサンドイッチやホットドッグを選んで腹ごなしを済ませると、アルフレッドさんはミィミィさんの手伝いに走り、私とマリウッツさんは武器や防具を取りに倉庫へと戻った。


「サチ、あれは持ってきているか?」


「あれ?」


 不意に、自前の防具を身につけたマリウッツさんに声をかけられて、見当がつかない私は首を傾ける。

 そんな私の様子を見てため息をついたマリウッツさんが腰をポンポンと叩いた。


「ん? ああっ! 持ってきていますよ」


 道具や武器の類は王城に持ち込めないので、まとめてこの倉庫に保管している。自分の荷物をまとめているカバンを開けて中に手を入れて探ると、すぐに目的のものは見つかった。


「じゃんっ」


 得意げに取り出したのは、ナイフの投擲で及第点をもらった日にマリウッツさんから頂いたベルト。小型ナイフが収納できるホルダーが付いている。

 ちなみに、ドーラン王国を出る前に、ガンドゥさんに相談してオリハルコンのナイフも収納できるように腰のあたりに専用のホルダーをつけてもらった。軽量かつ丈夫な作りにしてもらうのは中々大変だったけど、ガンドゥさんは瞳の奥にメラメラと炎を燃やして作り上げてくれた。魔物の皮にスライムを混ぜた特別な合皮を使っているらしい。


 ベルトを見たマリウッツさんは満足そうに口角を上げた。

 あ、なるほど。そういうことね。


「はい、どうぞ」


「は?」


 討伐に向けて貸してほしいということかと理解して差し出してみたところ、思い切り眉を顰められた。あれ、違った?

 ひったくるようにベルトを私の手から奪ったマリウッツさんは、素早くベルトを私の腰に回してキツく締めた。


「ぐえっ、えっ!? 私!?」


 まさか自分がつけろということだとは思わなかったので、びっくりしてしまう。だって私はお留守番組だから。

 きっと間抜けな顔をしているだろう私に、呆れ顔のマリウッツさんが説明してくれる。


「恐らく対象の魔物を討伐するまで、俺はここに戻ってこられない。このギルドは王都の中心に位置しているから魔物が侵入してくることはないだろうが、どこに危険が潜んでいるか分からん。自己防衛のために常に身につけていろ」


「は、はい……」


 少し過保護すぎやしないか。ギルドにいて危険はないと信じたいけれど、マリウッツさんの言う通り絶対はないので素直に従うことにした。


「ピピィッ!」


 その時、軽やかに飛んできたピィちゃんがマリウッツさんの肩に降り立った。

 そして、フンッと鼻を鳴らすと僅かに胸を反らせる。


「ピィピィ! ピィッ!」


「ふ、そうか。それは心強い。俺が留守にしている間、サチを頼んだぞ」


「ピィィッ!」


 どうやらピィちゃんは「留守は任せろ、自分がサチを守る」といったことを話しているみたい。なんて健気でいい子なのかしら。


 ピィちゃんなりに激励しているのか、コツコツと嘴でマリウッツさんの頭を小突いてから私の腕の中に飛び込んできた。


「ふふっ、ピィちゃんと一緒に、ここでお帰りをお待ちしていますね」


「ああ、なるべく早く戻ってくる」


 慌ただしく準備を終えた私たちは、集合場所であるラウンジに向かった。すでにミィミィさんとアルフレッドさんもその場にいて、私たちに気づいたアルフレッドさんがこちらに駆けてきた。


「ジェードさんの傷の手当ては完了しています。全員揃い次第出立です。マリウッツ殿、現地は今も戦闘の真っ只中かと思われます。どうかお気をつけて」


「ああ。任せておけ。そちらこそ、留守は任せたぞ」


「ええ、任されました」


 2人は力強く頷き合った。たまに対立することもあるけど、何やかんやお互いに認め合っている感じがしてなんだか嬉しくなってしまう。


 間も無く、後援隊として派遣される8人の冒険者が揃った。


「うむ。ジェードの話からも分かるように、不測の事態が起こる可能性が高い。ラフレディアとその宿主となる魔物の討伐が目標じゃが、自分たちの命を一番に考えるのじゃ。いいな、深追いは禁止じゃぞ。くれぐれも、全員無事に帰ってくるのじゃ。よし、ジェード、無理をさせてすまぬが、頼んだぞ」


 ミィミィさんに促され、ジェードさんが中央に歩み寄る。

 やっぱり顔色が悪い。どこか怯えたような目をしているようにも見える。それほどまでに過酷な状況に陥っているのだろうか。


 急に不安な気持ちが込み上げてきて、胸元でギュッと両手を握る。


 【転移】の対象者となる8人がジェードさんを囲むように並ぶ。私とアルフレッドさんは輪の外に出て、彼らを見送る()()()()()()


 対象者をぐるりと見渡したジェードさんの視線が、私とアルフレッドさんに向いてピタリと止まった。そして、ぐにゃりと表情を歪ませて泣きそうな顔になった。


「え……?」


 何? と思った時には、床から身体が浮き上がり、グンッと身体を引っ張られるような感覚に襲われて――視界がぐわんと反転した。

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