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第63話 アルフレッドの過去③

「……気がついた時には、ギルドの救護室にいました。パーティメンバーが打ち上げてくれた救援要請の発煙弾を見た冒険者が、僕と少女を保護してくれたのです。少女はしばらく入院した後、どこかへ引き取られたと聞きました。僕も長く意識が戻らなかったので、最後に会話をすることも、顔を見ることも叶いませんでした」


 苦しそうに拳を握りしめながら語ってくれた話は、あまりにも凄惨で過酷な内容だった。

 何か声をかけようにも、言葉が出てこない。何かを言いかけては、喉元につかえたように詰まってしまう。上っ面だけの言葉は何の慰めにもならない。


 尚も、アルフレッドさんは話を続けてくれる。


「それ以来、僕はすっかり血がダメになってしまいました。血を見ると、あの日のことを思い出してしまって……そんな状態で冒険者は続けられませんから、ギルドに冒険者カードを返却しようとして、当時サブマスターだったオーウェンさんに声をかけられてギルドの職員として働くことになったのです」


 弱々しく微笑むアルフレッドさんは、ギルド職員になってからは【鑑定】や持ち前の知識、経験を総動員して冒険者のバックアップに専念するようになったと話してくれた。そうして真摯に目の前の仕事に取り組む姿勢を評価され、オーウェンさんがギルドマスターの座についた際にサブマスターに引き上げられたのだという。


「……僕の話は以上です。話を聞いてくださり、ありがとうございます」


 少しズレた丸眼鏡越しにアルフレッドさんのエメラルド色の瞳をジッと見つめる。目が合っているはずなのに、アルフレッドさんは私ではなくどこか遠くを見ているような、そんな気がした。


 倉庫内にしばしの沈黙が流れる。


 静かな空気を破ったのは、目を閉じて静かに話に耳を傾けていたマリウッツさんだった。


「冒険者に危険はつきものだ。お前が責任を感じることではない」


 マリウッツさんの言葉に、アルフレッドさんはゆっくりと首を左右に振る。


「……そうはいきませんよ。僕はパーティの命を預かっていたのですから」


「冒険者は常に魔物と対峙する。いつ命を落とすか分からない、いわば死と隣り合わせの職業だ。それでも、冒険者という生業を選んだからには、自分の命に責任を持たねばならん。それはたとえ、パーティを率いる者がいたとしても、自分自身に課すべきものだ。自らの死は自らの責任であり、他の誰のせいでもない」


 アルフレッドさんは何かを言いかけて、グッと言葉を飲み込むように唇を噛んだ。


 私は冒険者じゃないから、実際に魔物と対峙してきた彼らのようには持論を語れない。どちらの言い分ももっともだと思う。けれど、どうしても、これだけは言っておきたかった。


「あの……一介のギルド職員が口を挟むのも烏滸がましいのですが、アルフレッドさんと一緒に村を救おうと駆けつけた冒険者の皆さんは、きっと相応の覚悟を持っていたのだと思います。それに、冒険者としての誇りをかけて、命懸けで小さな少女を守った。アルフレッドさんたちのおかげで、助かった命があるのです。ただ、悲劇として捉えるのではなく、彼らの冒険者としての心意気を、少女の無事を偲んでもいいのではないでしょうか」


 アルフレッドさんの瞳が、ゆっくりと見開かれていく。

 斜め前に座るマリウッツさんの口角も僅かに上がっている気がする。


 ただひたすらに責任を感じ、自分自身を責め続けることは、心の精神衛生上よろしくない。心に重しがのしかかったように、息ができなくなってしまう。


 自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと口内で噛み締めるように、何かを呟いたアルフレッドさんが真っ直ぐに私の目を見た。

 今度こそ、しっかりと目が合う。


「そう……ですね。僕は少女に拒絶されたことばかりが頭に残っていて、無意識のうちに彼女のことを考えないようにしていたのかもしれません。今もどこかで、元気に過ごしてくれているといいのですが……いつか、また出会うことができたらいいなと思います」


「はい。きっと会えますよ」


 アルフレッドさんは、何度も、何度も頷いた。

 そして、何かを決意したように私とマリウッツさんの顔を交互に見て、おずおずと口を開いた。


「あの……図々しいお願いなのは承知で頼みたいことがあります。実は、情けなくも、僕は今日まで被害にあった村に訪れることができておらず、村民の皆さんやパーティを組んだ冒険者の皆さんを悼むことができていないのです。無事にドーラン王国への帰還が決まった暁には、国に帰る前に……少し村に寄ってもいいでしょうか?」


「もちろんです」


「ふん、そんなことは頼みのうちに入らんぞ」


 即答する私たちに驚いたように目を見開くアルフレッドさん。


「ありがとう、ございます……」


 へにょりと力無く笑いながら、絞り出すように囁いたアルフレッドさんの目尻には涙が浮かんでいて、キラリと光を反射していた。


 胸にずっと秘めて、折り合いをつけられずにいた過去と向き合い、少しでも前に進めたらいいな。そう願わずにはいられなかった。

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