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第62話 アルフレッドの過去② ◆アルフレッド視点

※残酷な表現があるので、苦手な方はご注意ください。


「さあ、もう少しで目的の村に着きます。準備はいいですね?」


 隊列を組み、森を一気に駆け抜けながら、僕は後ろに続くパーティの面々に声をかけた。


「ああ、大丈夫だ!」


「バッチリです!」


「いやあ、アルフレッドさんがリーダーとして率いてくれる安心感半端ねぇっすわ」


 勇ましい返答に、思わず笑みが漏れてしまう。気合と共に自らへの厚い信頼も感じ取ることができ、素直に嬉しい。


「あはは、期待に応えられるように頑張ります」


 今回のパーティは僕を含めて4人。前衛が2人、後方支援が2人の即席ながらバランスの取れたパーティになった。

 目的地の村は四方を森に囲まれている。獣型の魔物が多く生息し、Bランクが出たということはケルベロスだろうか。村の近くに棲家があったはずだ。それならば戦闘経験もあるし、今回も(つつが)なく依頼を遂行することができるだろう。


 元々体格に恵まれていたこともあり、冒険者となってからはメキメキとその才覚を発揮してランクも駆け上がっていった。国でも数えるほどしかいないと言われるAランクの称号を得た時は、何にも代えられない喜びを感じた。

 戦闘向けの【天恵(ギフト)】ではないものの、【鑑定】は敵のランクや能力を知ることができ、それなりに役立っている。敵を知ることは勝率を跳ね上げさせるからだ。


「アルフレッドさん! 前方から魔狼の群れが来ます!」


「魔狼か……Dランクですが、戦っている時間が惜しいですね。このまま突っ切りましょう」


 探索担当のメンバーが魔物の接近を知らせてくれる。今は少しでも早く村に到着したいので、戦闘を避けて進みたい。だが、迂回する時間も勿体無い。


「出ました! 魔狼が、3、4……5頭です!」


「みなさんはそのままスピードを落とさずに走り抜けてください! さあ、そこを退いてもらいましょうか。【鑑定掲示】!」


 固有スキル名を叫ぶと、自らのステータス画面がブン、と眼前に表示される。5頭の魔狼に照準を合わせて腕を振り抜くと、ステータス画面が光の矢となって魔狼の頭に突き刺さった。


「キュゥゥン」


 魔狼は途端に急停止して尻尾を丸めて離散していった。


「いやあ、相変わらず便利っすね!」


「あはは、低ランクにしか通用しませんけどね」


 【鑑定掲示】とは、自らの能力値を敵に示すことで、本能的に相手が格上であり、敵う相手ではないと悟らせるスキルである。【鑑定】という非戦闘向けの【天恵(ギフト)】を持ちながらも冒険者を続ける自分に発現した独自の固有スキルだ。先ほどのように不要な戦闘を回避するのに重宝している。


「さあ、村が見えてきましたよ! 気合を入れてくださいね!」


「おう!」

「はいっ!」

「ういっす!」


 薄暗い森を抜け、一気に視界が開けた。

 この先に目的地の村が、()()()()()()()


「なっ……」


 僕たちの目に飛び込んできたのは、絶望的な光景だった。

 平和で長閑な村は、すでに魔物に蹂躙された後だった。

 家屋は倒壊し、畑は荒れ、家畜を飼っていたであろう小屋も無惨に壊されている。家畜は1匹もいない。きっと魔物に食われてしまったのだろう。

 そして、村だったそこには、人の気配もなかった。


 そうだ、聞こえなかった。

 村民の助けを求める声や悲鳴は聞こえてこなかった。


 とっくに魔物に襲われた後だったのだ。

 僕たちは間に合わなかった。村には結界があるからと、正直なところ高を括っていた。

 所々に染み付いた血の跡が、村を襲った惨状を如実に物語っている。


「Bランクの魔物1頭では、到底結界を破ることはできないはずなのに……」


「アルフレッドさん!」


 呆然と立ち尽くしていると、メンバーの1人が丸太が高く積まれた一角を指差した。建築のための材木や、薪にするための丸太だろう。


 僕は丸太の裏を覗き込んだ。


「ヒッ!」


 なんとそこには1人の少女が蹲っていた。生き残りがいたのだ。

 少女の顔は泥と涙にまみれ、衣服も泥まみれだった。


「ごめん……ごめんね。間に合わなくて……さあ、出てきてください。僕たちと行きましょう」


 せめてこの少女だけでも守らなくては。そう思って手を差し伸べた。


 けれど、限界まで見開かれて激しく揺れる少女の瞳は、僕の手を見ていなかった。

 その視線は、僕の後方。もっとずっと上を見ていた。


「あ、あ、あああああああっ!」


 少女が悲鳴をあげて蹲ったのと同時に、頭上に影が差し、「キャァァァァァ!」と背後から叫び声が上がった。


 慌てて空を仰ぐと、そこには5頭のワイバーンが巨大な翼を羽ばたかせながら滞空していた。


「ま、まさか……ワイバーンの群れ!?」


 ワイバーンはBランク相当の魔物だ。巨大な爪で獲物を捕らえ、巣に持ち帰る習性がある。だが、空腹時にはその限りではない。狩りをした獲物をその場で丸呑みにしてしまう。

 1頭でさえ厄介な魔物が、5頭も。

 ワイバーンの強襲を受けたのであれば、村の結界が耐えきれずに破壊されたのも頷ける。


 そして、ワイバーンの鋭い嘴は、真っ赤な鮮血で染まっていた。すでに食い荒らした餌場であるはずだが、食べ残しがないか確認しに来たのだろうか。


「う、うそ……聞いていた話と違うじゃない!」


「ワイバーンの群れだなんて、小隊を編成して挑まねぇと無理だ!」


「に、逃げ……!」


 パーティに動揺が走っている。それも仕方がない。僕以外はBランク以下の冒険者ばかりで、本来山岳地帯に生息するワイバーンとの交戦経験も恐らくはないのだろう。


 顔を真っ青にしてこの危機を脱しようということしか頭にないようだ。

 皆が見ているのは、僕たちが抜けてきた森の入り口。深い森に逃げ込めば、巨大なワイバーンの爪からは逃れられると考えているのだろう。


 いけない。それは悪手だ。

 このままパーティがバラバラになっては、勝てるものも勝てなくなってしまう。冷静に臨めば、きっと勝てる。


 それに今、ワイバーンに背を向けてしまっては――


「いけません! 待って……!」


「う、うわあああああ!!」


 少女を急いで再び丸太の陰に隠し、彼らの下へ向かおうと足を向けたと同時に、パーティの1人が無我夢中で森へと駆け出した。その背を追おうと飛び出し手を伸ばしたが、急降下してきたワイバーンの爪に一瞬のうちに攫われてしまった。


「やめろ! やめっ、嫌だ! 嫌だああああ!!」


 再び急上昇したワイバーンは、パニック状態で暴れ回る獲物を煩わしそうに一瞥し、大きな嘴を開けてバクンと頭から食らいついた。


 ボタボタッと降り注いだ生温かい何かが頬を濡らす。


「イ、イヤァァァァァ!!!」


 震える手で触れると、それは真っ赤な血だった。


 残されたメンバーのうちの1人が、発狂しながら何かを空に向かって打ち上げた。

 パァンと乾いた音を立てて弾けたそれは、救援要請の発煙弾だった。ワイバーンが飛ぶ高さに程近い高度で弾けたそれは、空に狼煙を立ち上らせる。


 確かにこの状況では救援を求めたくはなる。だが、彼女の行動はワイバーンを刺激してしまった。


「キェェェェェッッ!!」


「まずい!」


 攻撃されたと判断したワイバーンは、一斉に彼女めがけて急降下してくる。僕は背中に背負った大斧を両手に持ち、勢いよく振り抜いた。


「あああああっ!」


 ワイバーンの鋭い爪を弾き、残されたメンバー2人を背中に守るように立つ。


「ア、アルフレッドさ……」


「大丈夫、大丈夫です。落ち着いて。生き延びるためにも一緒に戦いましょう」


 肩越しに2人の状態を確認するが、血に塗れた2人は腰を抜かして座り込んでいて、足はガクガク震えてとても立って戦える状態ではなかった。守りながらとなると、非常に分が悪いが、どうにかワイバーンに諦めさせるか討伐するしかないだろう。


 心臓が早鐘のように脈打っている。

 手汗の滲む手を力強く握り込み、大斧を構える。


「いいですか、僕の後ろから離れないで――ぐっ」


 5頭のワイバーンが入れ替わり立ち替わり急降下して襲いかかってくる。鋭い爪を振り翳し、尖った嘴で貫こうとしてくる。僕は大斧でそれらをいなしながら、隙をついてはワイバーンの足や胸に攻撃を入れていく。


「ギャァァァッ!!」


 長期戦になりそうだが、着実にワイバーンに傷を負わせている。こちらもワイバーンの爪が掠って、頬や腕には傷ができている。体力には自信がある。僕はAランク冒険者だ。大丈夫、このまま消耗戦に持ち込めば――


 と、その時、ワイバーンのうちの1頭が、少女が隠れる丸太の陰に首を向けた。

 ヒュッと背筋が凍りつく。


「やめろ……やめろォォ!!」


 今ここを動くと、後ろの2人が襲われる。だが、少女を見捨てることはできない。

 どうすればいい。何が最善だ。何ができる。


 頭が沸騰するかと思うほど瞬時に考えを巡らせるが、間に合わない。判断が追いつかない。


 少女が必死に丸太の隙間に潜り込んで身を隠している。

 ワイバーンが邪魔な丸太を掴んでは放り投げていく。

 やがて、身を隠す丸太が取り払われ、少女の姿が晒される。


「いや……いや……」


 虚な顔でワイバーンをただ仰ぎ見る少女。


 守らなければ。


 そう思い、地面を踏み締めるよりも早く、僕の後ろで蹲っていたはずの2人が少女目がけて駆け出していた。


「わああああぁぁっ!!」


 剣を振り回し、弓矢を射て、ワイバーンの注意を少女から背ける。ただがむしゃらに、冒険者としての誇りを掲げ、守るべき命を守るために飛び出したのだ。


 僕は尚も攻撃を続けてくるワイバーンの対処に追われ、加勢することができない。1人、そしてまた1人と、ワイバーンの鋭い爪の餌食となっていく。断末魔の叫びを聞きながら、視界が涙で滲む。彼女たちは身を挺して少女を救ったのだ。


「あああああああああっ!!!」


 渾身の力で大斧を振り回してワイバーンを薙ぎ払い、僕は少女目がけて駆け出した。彼女だけは、彼女だけは守らなくては。散っていった仲間たちに顔向けができない。


 そこからはもう無我夢中で大斧を振るった。火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。大斧をふるい、仲間の残した剣を投げ、矢でワイバーンの目を潰した。我に返った時には、僕の周りにはこときれたワイバーンの骸が血の海に臥していた。鼻も目も痛い。強い鉄の匂いが辺りに充満していて眩暈がする。


 僕は満身創痍の状態で、少女の無事を確認すべく振り向いた。


「大丈夫……?」


 今にも途絶えそうな意識を奮い立たせ、少女に精一杯の笑顔を向けて手を差し出した。


「ひっ、や、やあっ! 来ないで……鬼、鬼っ!!」


 けれど、少女は本当に鬼を見るかのように怯えた目で僕を見た。

 ワイバーンを見ていた目と同じ目。そんな恐怖を映した目だった。


 僕は我が身を顧みた。頭も、服も、手も、真っ赤な血に染まっている。

 茫然自失として、ワイバーン、そして仲間の血に染まった両手を見つめる。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 いつも通り、簡単な依頼だと油断していた。

 いや、自分の力を驕っていた。

 その結果、パーティのリーダーとして預かった仲間の命を守れなかった。

 唯一、彼らのおかげで救うことができた少女からは、魔物を見るような目で見られてしまった。


 視界が真っ赤に染まっていく。

 震えが止まらない。


「ハァッ、ハァッ、ハッ……」


 身体中から血の気が引き、ガチガチと歯が鳴る。キーンと耳鳴りがして、次第に音が遠くなっていく。


 やがて僕は意識を手放し、ぐしゃりと血の海に沈んだ。

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