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第60話 能力レベル7

「ふわぁぁぁ……」


 マリウッツさんが私の部屋に訪れた日、結局日付が変わる頃まで話し込んでしまい、それからお風呂や寝支度を整えた私はすっかり寝不足になってしまった。


「おや、サチさんが欠伸なんて珍しいですね」


「え、あっ、えーっと、ちょっと夜更かししちゃいまして……あはは」


 大きな欠伸をアルフレッドさんに見られてしまい、羞恥心で顔が赤くなる。ひっそりマリウッツさんの様子を窺うも、いつもとなんら変わりないクールな表情をしている。いや、最近纏っていた鬼気迫るような不機嫌なオーラを今日は纏っていない。どこかスッキリと晴れやかな表情に見える。


「身体は資本ですからね。睡眠と食事にはくれぐれも気をつけてくださいよ」


「はい、気をつけます」


 アルフレッドさんの指導を受け、私は本日分の解体作業を開始した。


 魔物解体カウンターには、すでに夜のうちに冒険者が仕留めた魔物が山盛り持ち込まれている。その全てに【血抜き】をして、解体の記録がある魔物かを確認した後に、一斉にまとめて【解体再現】で片付ける。その際に溢れ出た種子は即座に焼却炉に放り込んでいく。


 最近アルフレッドさんはかなり古い文献を調べているみたい。古代語の文献の翻訳に苦戦しているようだけど、目ぼしい記述がありそうだと息巻いている。


 そして、マリウッツさんは今朝から作業の合間に倉庫の周りを見回りするようになった。不審な人物がいないか目を光らせている。


 ミィミィさんも南の森の魔物討伐に向けての準備を進めていて、調査と準備が整い次第、先遣隊を派遣するという。

 ギルドはいよいよ魔物の大量発生の原因に迫るということで、士気が上がっている。

 私も裏方ながらみんなを支えられるように気持ちを引き締めてナイフを握り締める。魔物はどんどん持ち込まれてくるからね。


「よし、【解体再現】!」


 作業台に山ほど積まれたコカトリスを瞬時に素材に解体する。

 そして脳内に響いたのは、すっかりご無沙汰していた待望の一声だった。


『レベルアップに必要な経験値を獲得しました。能力レベル7にアップします』


「アアアッ、アルフレッドさんっ! あ、上がりました! 能力レベルが7になりましたー!」


 この国に来てから本当〜にたくさんの魔物を解体した。オリハルコンナイフの【獲得経験値を倍増させる効果】の恩恵を受けても中々上がらなかったので、念願過ぎるレベルアップ!


 居ても立っても居られずに、私は古代語と睨めっこをしているアルフレッドさんの元へと駆け寄った。


「本当ですか!? いやあ、ようやくですね。能力レベルは後半に入ると上がりにくくなりますからね。たくさんの解体、頑張りましたね」


 アルフレッドさんも頬を紅潮させて我がことのように喜んでくれる。


「では、早速【鑑定】させていただいても?」


「はい! よろしくお願いします!」


 差し出された手に自分の手を乗せる。解体対象は広がらなかったけど、何か新しくできることが増えていると嬉しいな。


 ワクワクしながらアルフレッドさんの【鑑定】結果を待つ。


「なるほど、これは興味深い」


 そうして教えてもらった結果に、私は首を捻った。



天恵(ギフト)】:【解体】

能力レベル:7

解体対象レベル:Fランク、Eランク、Dランク、Cランク

解体対象:魔物、動物、食物、物体

解体速度:B−

解体精度:B−

固有スキル:三枚おろし、骨断ち、微塵切り、血抜き、付与


エクストラスキル

発動条件:命の危機に瀕した時、あるいはそれに付随した状況に陥った時

効果:解体対象レベルを超越してスキルの使用が可能となる



「付与……? って、なんでしょうか」


「付与とは、授け与えることを指します」


 いえ、辞書的な意味は存じているのです。


 アルフレッドさんは真顔だったから冗談を言っているわけではなさそう。

 こほん、と咳を一つして、私はもう少し詳細に尋ねてみる。


「ええと、その付与が、いったい解体にどんな効果をもたらすのか――」


 私とアルフレッドさんが膝を突き合わせている間、解体中ではないうちにとマリウッツさんが魔物の素材を運び出すため倉庫の扉を開けた。


 途端に喧騒が倉庫内にまで飛び込んできた。


「おい、早く医務室に連れていくぞ!」

「いや、待て! 今動かしたら危険だ。治癒師を呼んでこい!」

「わ、わかりました!」


 何だかカウンター方面が騒がしい。

 私たちは顔を見合わせると急いでカウンターへと向かった。


 そこには人だかりが出来ており、中心には誰かが倒れていた。声を荒らげて指示を飛ばしているのはカウンターの責任者であるヨルダンさん。そのヨルダンさんが抱き抱えているのは、魔物解体カウンター職員の1人で、その腹部には魔物の角と思しきものが突き刺さっていた。床には血溜まりができている。


「な、何があったんですか!?」


 近くにいた冒険者に声をかけると、心配そうに眉を下げながら教えてくれた。


「サーベルフィッシュだよ。角が随分と硬かったようでな、無理に切ろうとして折れた角が運悪く腹に突き刺さったようだ」


 どうやら魔物を解体している時に不慮の事故が起きたらしい。同じ魔物解体師として、人ごととは思えないことに血の気が引く。魔物を扱う以上、いつも気を引き締めてはいるけれど、武器にもなりうる素材もあるのだから、より一層気を付けねばなるまい。

 まだ治癒師は来ないのかとソワソワ辺りを見回す。


「道を空けてください!!」


 間も無く、治癒師の方がやって来て、人だかりが2つに割れた。すぐに治癒の光が弾け、安堵の空気がその場を包んだ。


「よかった……」


 怪我人は血をたくさん流していたので、傷は塞がったものの担架で医務室へと運ばれていった。


 この様子だと、しばらくカウンターは魔物の解体どころじゃないだろう。とにかく、この後持ち込まれた魔物は倉庫に運び入れるように職員の人に声をかけておいた。


「さて、あの人の分も頑張らないとですね。戻って準備を……って、アルフレッドさん?」


 気合いを入れ直して2人を振り返ると、アルフレッドさんの顔は血の気が引いて真っ白になっていた。


「だ、大丈夫です……」


 弱々しい声でそう言いながらも、ガクリとよろめくアルフレッドさんに慌てて肩を貸す。


 そうか、あれだけの血溜まりを見たのだから、血が苦手なアルフレッドさんが平気でいられるわけがない。配慮に欠けていた。


「さ、私に掴まってください。倉庫に戻って休みましょう」


「ええ……すみませ……」


「俺が運ぶ」


 アルフレッドさんが私の肩に回そうとした腕をマリウッツさんが流れるように受け止めた。そしてアルフレッドさんを半ば抱えるようにしながら倉庫へと戻っていった。

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