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第54話 植物の種

「ネッドさん! 魔物を数頭魔物解体カウンターから引き受けてきてください!」


「え? は、はい!」


 倉庫に戻ると、しっかりと見張りに立ってくれていたネッドさんにアルフレッドさんが声をかける。ヘンリー様の姿はなかったので、大人しく引き下がってくれたようだ。


 ネッドさんが魔物解体カウンターに駆け込んでいる間に倉庫に入り、そこでようやくアルフレッドさんは私と手を繋いだままだということに気付いたらしい。


「わあっ!? す、すみません! 手がかりを掴んだと、つ、つい……!」


「い、いえ……大丈夫です!」


 途端に顔を真っ赤にして丸眼鏡が鼻先までずり落ちる様子は、やっぱり可愛いと思ってしまう。釣られて頬が熱くなりつつも、フフッ、と笑みを漏らすと、アルフレッドさんは気まずげに咳払いをして丸眼鏡を指で押し上げた。


「お、お待たせしました! ちょうどブラックホーンの群れが討伐されたようで、大量に持ち込まれておりました!」


 そう言ってネッドさんがギルド職員の手を借りて、15頭のブラックホーンを倉庫に運んでくれた。ちなみにブラックホーンは真っ黒でマンモスの牙のように鋭い角を生やした牛型の魔物だ。ランクはDランク。この辺りに多く生息しているようで、頻繁に持ち込まれている。


「ありがとうございます!」


 ネッドさんたちが倉庫を出たところで、しっかりと扉に閂を掛ける。

 木箱にしまったオリハルコンのナイフを取り出して、腰にエプロンを巻き、私はブラックホーンに向き合った。


「で、では。まずは【血抜き】!」


『解体対象の【血抜き】が完了。余分な血液を分子レベルに解体、除去しました』


 よし、これでアルフレッドさんが倒れる心配はない。【解体再現】でサクッと片付けたいところだけど、目的はブラックホーンが食べたであろう植物の種を取り出すこと。


 私はブラックホーンの腹にナイフを入れた。腹を開くようにまっすぐに切り込みを入れる。そして、目的のものはすぐにコロリと転がり出てきた。


「これですね。ふむ、どこかで見たような……」


 ゴルフボールほどの種を拾い上げたアルフレッドさんが光に翳したり、コツコツと叩いたりして観察している。

 その間に残りのブラックホーンの腹も裂く。

 驚くべきことに、15頭全ての腹の中から同じ種が転がり出てきた。消化もされずに綺麗に残されていて、中には何と発芽しているものもある。


「興味深いですね。会議室に持ち帰り、皆様の意見もお伺いしましょう」


 目的を果たしたことを確認し、私は残されたブラックホーンに向き合った。


「では、残りは解体しちゃいますね。【解体再現】!」


 スパパパパパパパパパパパァン!!!


 すっかり捌き慣れたブラックホーンが瞬く間に解体される。

 急ぎなので、素材の運搬はネッドさんにお願いし、私たちは会議室へと戻った。


「おお、戻ったか! それで、どうじゃった?」


「出てきました。15頭のブラックホーン、その全ての胃の中から」


 ゴロリとテーブルの上に転がされた種をみんなで覗き込む。

 すると、発芽した種の芽が宿主を探すように突然動き始めた。


「うわあっ!」


 近くにいた冒険者目がけて飛びかかった種を、ミィミィさんが鋭い手刀で叩き落とした。

 床に打ち付けられた種は砕けて大人しくなった。


「これは……寄生性の種子でしょうか。魔物が棲家を出て大量に姿を現したのは、この種が原因……? 外敵を遠ざけるために種子をばら撒く魔物の話を聞いたことがあります」


 シン、と静まり返る中、真っ先に動いたのはアルフレッドさんだった。

 ポケットから取り出した手袋を装着し、砕けた種を拾い集めている。芽はくたりとしなだれていて、生命活動を停止しているように見える。


「恐らくそうじゃろう。そしてその植物が、南の森に群生しているということか。やはり、森の奥に近づけんように、魔物を遠ざけているのじゃろうか? 一体森に何が……ふうむ、ともかく方向性は見えてきたのう」


「ええ。植物型の魔物について、このギルドの文献を調べても?」


「もちろんじゃ。ワシの執務室を好きに使うといい」


 どんどん話がまとまっていく様子に、私はほっと胸を撫で下ろす。光明が見えてきたようだ。


「サチさん、お手柄ですね! 解体師でなければなかなか発見には至らなかったでしょう。種にいち早く気付けたことは大きいです」


 アルフレッドさんが頬を紅潮させて微笑みかけてくれる。

 よかった。私の作業が役に立ったみたい。


「えへへ、私も嬉しいです!」


「本当に、サチには頭が上がらんのう! どうじゃ? このまま我がギルドの職員に……」


 ちゃっかりヘッドハンティングをしてくるミィミィさんに慌てて待ったをかけるのは、もちろんアルフレッドさんだ。


「ちょ、ちょっと! ダメですよ! 約束が違います! 大事なサチさんを渡すわけにはいきません!」


「ほほう、大事な? とな?」


「え、あっ! えっと、そうです! 『我々のギルドにとって』大事なということです!」


 何やら弁明をしているけれど、大事に思ってくれているのは素直に嬉しい。

 ニヤニヤと未だにアルフレッドさんをいじっているミィミィさんに、タジタジのアルフレッドさん。


 ミィミィさんは自国のことは自国で解決する主義だと言っていたけれど、こうして国境を越えて協力し合える関係は素敵だと思う。

 隣の国のトラブルだからと見て見ぬ振りはできない。私にできることがあるなら、喜んで協力する。人と人との関係はそうやって強固に築いていくものだと、元の世界では希薄な人間関係に甘んじていた私でも、今ならそう思うことができる。


「さて、問題児も帰ったようじゃし、サチをいつまでも拘束するわけにはいかんのう。協力に感謝する。それぞれの領分に戻るかのう」


 腰に手を当てて一同を見渡すミィミィさんの言葉を合図に、その場は解散となった。

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