第53話 手がかり
「よし、まずは1人。邪魔者が片付いたね」
「あなたは……」
ギリッと歯を食いしばるアルフレッドさん。
ミィミィさんも警戒心を露わにしている。
「お主の狙いは何じゃ? サチは大切な客人。傷つけるようなことはこのワシが許さぬ」
ゴッと闘気を燃やすミィミィさんのツインテールが風もないのに揺れている。
「マスター! 大変です! 調査隊から新たな情報が入りました! 今すぐこちらへ来てください! 可能でしたら、アルフレッド殿の知見もお借りしたく……至急会議室へいらしてください!」
「……チッ。タイミングの悪い。分かった。すぐに行こう」
このタイミングで倉庫の外にやってきたのは、伝令役と思しき人物。はぁはぁと肩で息をしている様子から、急いで駆けつけたことは明白だ。
ミィミィさんはフゥと息を吐くと、アルフレッドさんに視線を向ける。
「すまぬ。もしかすると目ぼしい魔物の情報が入ったのやも知れぬ。対象が確認できた場合、討伐部隊を編成して、魔物の大量発生の根幹を断つための作戦会議が必要じゃ。早期解決のため、お主の力を借りたい」
「で、ですが……サチさんを1人にするわけには」
アルフレッドさんは戸惑ったようにミィミィさんと私を交互に見ている。ようやく掴んだ情報だ。魔物が棲家を移す可能性も考えれば、至急頭脳を集めての会議が必要だ。
「……私は大丈夫です。行ってください」
精一杯の笑顔を作り、アルフレッドさんに答えた。1人残されるのは不安だけど、どうにか1人でも切り抜けられないと。いつまでも2人に守ってもらうわけにはいかない。
けれど、アルフレッドさんは悲痛な顔をして苦しそうに表情を歪ませてしまった。
「ええい! よし、サチも一緒に来るのじゃ! 狙いの分からぬヘンリーと2人きりにするわけにはいかん。というわけじゃ、お主は諦めて帰るのじゃ! 行くぞ!」
「え、あ! い、いいのでしょうかっ」
これから話すのはかなりの機密情報なのでは……!?
グイッと袖を引かれてよろめきつつ、歩き出したミィミィさんについていく。
「マスターのワシがいいと言えばいいのじゃ! サチを危険に晒すことを考えればどうということはない」
「うーん、そう来たか。仕方がない。出直すとするよ」
意外なことに、ヘンリー様は肩をすくめながらもあっさりと引き下がった。
「二度と来んでいい! ネッド、しっかりとそやつを追い出して倉庫の戸締りをしておくのじゃぞ!」
ミィミィさんに一喝されたヘンリー様は、素直に道を開けてくれる。けれど、真横を通り抜けた時、私にだけ聞こえる声で小さく囁いた。
「必ず、また君に会いに来るからね」
鼓膜から侵入してきた低い声に、ゾクッと寒気がした。
◇◇◇
「ミィミィさん、ありがとうございます」
「いいのじゃ、気にするな。こちらこそすまぬ。妹も妹じゃが、あやつもなかなかに厄介でのう。子供の頃から腹の中が読めんのじゃ。全く、似たもの兄妹で困ったものじゃ」
会議室へと向かう道すがら、アルフレッドさんが心から安心した表情でミィミィさんにお礼を伝えている。
ヘンリー様といい、リリウェル様といい、自らの立場を利用しての横暴な振る舞いには些か思うところがある。今日のところは難を逃れたものの、きっと彼はまたやってくるだろう。解体現場を見られないように厳重に注意しなければと気持ちが引き締まる。
それにしても、リリウェル様に呼び出されて行ったマリウッツさんが心配だ。
もしかして、2人きりで会っているのだろうか。リリウェル様はマリウッツさんを欲している。もし、強硬手段に出たとしたら……その先は考えたくもなくてブルブルと頭を振るう。
「さて、待たせたな。報告を聞こうか」
悶々と考えている間にも、会議室に到着した。
中にはすでに数人の冒険者と思しき重装備の人々が集まっていた。さっき倉庫にやってきた伝令役の人もいる。
やっぱり場違いだと思い、スススと壁際へと下がって見守ることにする。
「はっ! お呼び立てしてしまいすみません。実は、南の国境付近の森に、植物型の魔物が群生しているとの報告が入りまして」
「植物じゃと? それに最南端の森か、随分と遠いのう。詳しく聞かせい」
部屋の中央に置かれたテーブルには、サルバトロス王国の地図が広げられている。
ギルドが所在する王都は西寄りの中央に位置している。そこからずっと南方に下った国境線付近に深い森があるようだ。
植物と聞いて、私の中で何かが引っかかった。
なんだっけ? と考えている間にも話は進んでいく。
「はい。森の入り口を塞ぐように、それはもうワラワラと。数種類の植物が、まるで奥への侵入を妨げているようでした。近づけば蔦を振り回して攻撃してきます。毒粉を喰らった者もおります」
「ふうむ。その奥がきな臭いのう。何かを守っておるのか? 植物には火炎系の【天恵】持ちが有効じゃが、森を燃やしかねんしな……討伐隊の編成は少し考えねばならんな。アル坊はどう思う?」
神妙な顔をしたミィミィさんが、アルフレッドさんに意見を求める。アルフレッドさんは顎に手を当てて考えながら、ずり落ちた丸眼鏡を掛け直す。
「そうですね。ミィミィさんのおっしゃる通り、火炎系では森林火災に繋がる危険性があります。生態系を崩す手段は望ましくありません。では、その逆の手段を用いてはいかがでしょうか?」
「逆、とな?」
ミィミィさんの問いかけに、アルフレッドさんは深く頷いた。
「ええ、サルバトロス王国の気候は比較的温暖です。その中でも最も南部に位置する森に生息するのですから、きっと寒さに弱いはず。氷雪系の【天恵】で氷漬けにしてしまえば、一網打尽にできると思います。この方法を取る前に、該当の魔物の種類がわかるとより確実なのですが……地に深く根を張る植物型の魔物なら、棲家を容易に移すこともできないでしょう」
「おお! なるほどのう。すぐに氷雪系の冒険者に声をかけるのじゃ! それと、現地に赴いた者は、分かる範囲でいい、魔物の名前、様相、色、なんでもいいから情報を出すのじゃ!」
「はっ!」
会議は円滑に進んでいく。その間、私は引っ掛かりを解くべく記憶の糸を辿る。
「あっ!」
その記憶に行き当たり、思わず大きな声を出してしまった。その場の全員の視線が一斉に注がれる。
「サチさん、何か気づいたことがあるのですね?」
アルフレッドさんが優しく発言を促してくれる。ほんの些細なことかも知れないけれど、気になったことは伝えておいた方がいいだろう。魔物を解体する私にしか気付けないことかも知れないし。
「はい。その……魔物の腹を裂いた際に、消化しきれなかったのか、植物の種が残っていることが多いなって思っていたんです。この国の魔物がよく食べる果物か何かなのかと気にしていなかったのですが、その、南方に群生しているのも植物とのことですので、何か関係があるのかもしれません。もちろん無関係かもですが……」
素材にならないものは廃棄するので、「これがその種です!」と今すぐ示すことはできない。尻すぼみな私の発言を受けて、アルフレッドさんが目を見開いた。
「そうです! そうですよ! それです!」
え? え? どれですか!?
興奮気味なアルフレッドさんがズンズンと私に迫ってきて両手をガッシと握った。
ヒエッ! アルフレッドさんって普段は奥手なのに、興奮すると大胆な行動に出ますよね!?
爛々と輝くエメラルドの瞳がズイッと迫ってきて、思わず腰が引けてしまう。
「サチさん! 魔物解体カウンターに戻りましょう! きっと、今も新たな魔物が持ち込まれているはず。その魔物の腹から植物の種を採取しましょう!」
「え? わあっ!」
すっかりスイッチの入ったアルフレッドさんは、私の手を引いて会議室を飛び出してしまった。
いつもありがとうございます!
連休なので27〜29は12:10も更新します!
よろしくお願いします。




