第50話 王家との謁見
「謁見といっても、挨拶を兼ねた軽いものじゃ! ワシも同席するし気楽に参加するのじゃ」
「とは言われましても……!」
すっかり日が暮れ、あっという間に夕飯時。
お昼にとんでもない爆弾を投下された私たちは、戸惑いながらも作業に戻って何とか元々倉庫に詰め込まれていた魔物の解体を終えた。
夜のうちに昨日今日の積滞分が運ばれるそうなので、明日にはまた魔物の山との戦いが待ち受けている。先はまだまだ長そうだ。
ものすごい量を解体したので、流石にくたびれてしまったのだけど、今日はこのまま部屋には帰れない。
なぜなら、王家との謁見とやらが待ち構えているからだ。
「呼びつけるだけ呼びつけておいて、挨拶せんわけにはいかんじゃろう。それに滞在中は王城で寝泊まりするのじゃ。サチらは来賓なのじゃからドンと構えておればよい」
いやいやいや! 王様と会う時のマナーとかルールとか一切知らないのですが!
ちょっと異世界に召喚されたただの一般人なんだもん、粗相をしないか心配すぎる。
それに、王家の面々と会うというのにこんな作業服でいいのでしょうか……
私は恐る恐る自らの格好を顧みる。
裾が広がったゆったりとしたズボン。解体で汚れたエプロンは、魔物解体カウンターの人がまとめて洗濯してくれるというので預けている。
上もギルドから支給された長袖の黒いシャツだし、髪の毛も大雑把にポニーテールにまとめているだけ。仕事終わりの疲労感滲む顔だって酷いものだ。心づもりだってできていない。せめて昨日の夜言って欲しかった……!
何より、正直なところ私は王家とやらにいい印象を抱いていない。
なぜなら、私をこの世界に呼び寄せたのは元はと言えば王家主導の聖女召喚だったのだから。
そちらの都合で巻き込んでおいて、アフターケアも何もなく放置され、その後謝罪も何もない。もちろん今更関わり合うつもりもないけれど、アルフレッドさんが雇ってくれなかったら私は見知らぬ世界で路頭に迷っていたことだろう。
聖女召喚をしたのはドーラン王国だから、この国に関係はないのだけれど、どうしてもそう簡単には割り切れない。
というわけで、とにかく気が重い。
「大丈夫か」
「マリウッツさん……正直乗り気ではありません」
私がどよんとしていたので、見かねたマリウッツさんが声をかけてくれた。ヘラリと笑って答えると、マリウッツさんも腕組みをしながらため息を吐いた。
「俺も王族とやらは好かん。奴らはどれだけ民が危険に脅かされようが高い位置でただ踏ん反り返っているだけだからな」
忌々しそうに眉間に皺を寄せるマリウッツさん。昔何かトラブルでもあったのだろうか。いつも冷徹なマリウッツさんだけれど、嫌悪感を露わにするのは珍しい。
「堅苦しい挨拶はアルフレッドに任せて、お前は俺の隣にいるだけでいい」
「……はい」
マリウッツさんが隣に居てくれる。そう考えただけで少し気持ちが落ち着いた。
そうだよね、私1人ってわけじゃないんだから、もう少し肩の力を抜こう。
「そうです。僕が代表者として話しますので、サチさんは気にせずに僕の隣に居てください!」
私たちの会話を聞いていたらしいアルフレッドさんが、語気を強めて言った。
「サチは俺が守る」
「いえ! 僕にはサチさんを守る義務がありますから! 僕が!」
「ええい、鬱陶しいのう。そんなにサチが大事なら、お前さんら2人で挟めば良かろう。そろそろ行くのじゃ」
またバチバチし始めた2人にピシャンと言ってのけたミィミィさんが、荘厳な扉の前に立つ兵士に声をかける。
私たちが今いるのは、謁見の間の扉の前。
左右に甲冑姿で槍を持った兵士が「いつになったら入るのか」と怪訝な顔をして立っている。
ミィミィさんの合図で、兵士は見事に揃った動きで扉に手をかけてグッと押し開いた。
中から眩い光が漏れ出て、思わず目を眇める。
ミィミィさんが光の中に向かって歩き始めたので、慌てて後を追う。
私たちが作業している倉庫よりもずっと天井が高くて広い謁見の間の中央には、真っ赤な絨毯が敷き詰められている。扉から真っ直ぐに奥へと向かっていて、絨毯の終着点には数段の階段がある。
階段を登った先には重厚な王座が存在感を発揮していて、王冠を被った王様と思しき人物が座っている。その隣に座っている女性は王妃様だろうか。2人を挟むようにもう2席用意されていて、そこにも誰かが座っている。
ミィミィさんに続いて真っ赤な絨毯を歩き進め、王座の前へと辿り着いた。
「陛下。連れて来たのじゃ」
「うむ。ミィミィ、よくぞ連れて参った。客人よ、余がサルバトロス王国が国王、サルマン・サルバトロスだ。形式的な挨拶は不要だ。楽にしてくれ」
国王陛下は、シルバーの髪に、同じくシルバーの髭を蓄えている。中肉中背といった体格で、威厳のある声音をしている。
「ドーラン王国がギルドのサブマスターを務めております。アルフレッドと申します。こちらは冒険者のマリウッツ殿、そしてこの度の魔物解体を請け負いました魔物解体師のサチさんです」
アルフレッドさんが紹介してくれたので、慌てて深く頭を下げる。隣のマリウッツさんが動く気配がないのできっとお辞儀をしていない。態度がデカくていらっしゃる。寿命が縮むから勘弁して欲しい。
「おお、そなたが噂に聞く敏腕の解体師か! 面を上げて楽にしてくれ。此度は我が国の問題に巻き込んでしまいすまぬ。ミィミィからも早速活躍をしていると聞き及んでおる。王家として宿と食事の提供はさせていただく。不自由があれば遠慮なく申すが良い」
「あ、ありがとうございます……!」
国王陛下を前にしては、どうしても声が震えてしまう。私は恐る恐る顔を上げた。
国王陛下は優しく微笑んでくれていて、隣に座っている王妃様もにこやかに目を細めながら口元にはひらひらと豪華な羽根がたっぷりついた扇を寄せている。
私に気を配ってくれているし、いい人そう……?
「王妃のマリュエンヌだ。それに第一王子ヘンリーと、第一王女リリウェルだ」
私の視線に気付いたのか、他の皆様の紹介をしてくれた。
王妃様はピンクブロンドの髪を後ろにゆったりとまとめていて、とても優しそうな雰囲気の女性だ。
王子のヘンリー様は鮮やかなブロンドヘアで、自信に満ちた表情をしている。目鼻立ちがはっきりとしていてこれぞ王子様という美丈夫だ。口元に笑みを携えて、ひらひらと私に向かって手を振っているので、慌てて会釈を返す。随分と気安いお方らしい。
王女のリリウェル様もまた美しい。王妃様譲りのピンクブロンドの髪を緩やかに巻いていて、クリッとした目が愛らしい。まだどこかあどけなさが残っているように見える。大人の女性と少女のはざまといった印象だ。
パチッと目が合ったけれど、サッと視線で全身をチェックされて、フンッと鼻で笑われてしまった。確かに、煌びやかなドレスを纏う王女様に比べれば、かなり見窄らしい格好だものね。なんだか急に居た堪れなくなって、視線を泳がせてしまう。
早々に私に興味を失ったリリウェル様は、次にマリウッツさんを舐めるように見つめている。吟味するような、そんな不躾な視線に少しムッとする。
面白くなくて視線を逸らした視界の端で、リリウェル様の口角がゆっくりと弧を描いたように見えた。
「状況についてなのだが、魔物の確認数が通常の倍以上に増えておる。スタンピードのように魔物自体が興奮状態になっているわけではないのだが、異常な数なのだ。強力な個体に棲家を追われたのか、はたまた天災の前兆なのか……森、海、山と調査員を派遣して調べてはいるのだが、それらしき成果は得られてはおらぬ。如何せん、まだ我が国の冒険者はまだまだ若い。万一手に負えない魔物が現れた時は、Sランクと名高い貴殿の助力を仰ぎたいのだが、よろしいか? もちろん仕事に見合った報酬は与える」
王様はどうやらマリウッツさんに助力を求めようとしているらしい。チラリとマリウッツさんを盗み見ると、いつもとなんら変わらない表情をしている。
「状況次第だ」
マリウッツさんはそれだけ言うと口を閉ざした。
王様は、マリウッツさんの態度に怒る様子はなく、うんうんと頷いている。
「もちろんだ。貴殿の力を借りずに済むように力は尽くす。さて、今日も朝から作業をしてくれていたのだろう。あまり引き止めるわけにはいかぬな。各自の部屋に夕食を届けよう。どうかゆっくりと身体を休めてくれ」
思ったよりも早く切り上げてくれるようで、私は密かにホッと息を吐いた。
やっぱり緊張はするし、ものすごく肩が凝る上に居心地が悪い。
「では……」と、アルフレッドさんとミィミィさんが顔を見合わせたその時。
「お待ちになって、お父様」
鈴を転がすような美しい声が響いた。
「ん? なんだ、リリウェル」
どうやら、声の主は王女リリウェル様のようだ。
国王陛下もリリウェル様の発言は予想外だったらしく、少し驚いた様子で顔を向けている。
発言を促されたリリウェル様は、ゆっくりと細くて美しい手を持ち上げる。
「わたくし、あの者が気に入りましたわ」
そう言ってリリウェル様が指差したのは、マリウッツさんだった。
「ねえ、お前。わたくしのものになりなさいな」
そして、ニッコリと花のような笑みを浮かべて、こてんと首を傾けた。




