第47話 阿鼻叫喚なカウンター
お、おおう……これは……
「うわぁぁ! もうこれ以上増やさないでくれ! 俺は手持ちでいっぱいいっぱいだ!」
「うるせー! こっちだってとっくに限界を超えてらぁ!」
「切る……切る……ただ目の前の魔物を切ればいい……いつか終わりは来るんだ……いや、本当に来るのか? ブツブツ」
「お前らァァ! 口だけじゃなく、手を動かせ手を! おら、追加だ!」
「ギャァァァァ!!! 無理ィィィィ!!」
何というか、そうだ、あれだ。
阿鼻叫喚を絵に描いたような光景だ。
サルバトロス王国の魔物解体カウンターの職員は5人。みんな男性で立派な腕を持つ人たちらしいのだけど、その全員が文字通り悲鳴を上げている。
それぞれの作業台には山積みの魔物。
使われていない作業台にも絶妙なバランスで天井近くまで魔物が積まれている。とにかくすごい量だ。少しでもバランスを崩せば雪崩が起きそう。
解体師の皆さんは目が血走っていてクマも酷い有様だ。どう見ても余裕なんてなくて、誰がいつ倒れてもおかしくない惨状だった。
私が初めてドーラン王国の魔物解体カウンターに行った時より酷い……
もはや泣きながら魔物にナイフを入れる解体師たちを嘲笑うかのように、カウンターの前には長蛇の列ができている。
「おい! まだか? 早く次の依頼に取り掛かりたいんだ!」
「早くしてくれー」
「ちょっと待ってくれ! こっちも手一杯だ!」
列に並ぶ冒険者たちまでピリついている。
よろしくない。全てが悪い方向に回っているように見える。これぞ悪循環。
「……とまあ、こんな状況でな。交代をとりつつ夜通し作業を続けてもこれじゃ。次から次へと魔物が湧いて出る。みんなお前さんたちの到着を心待ちにしておったのじゃ。さて、早速じゃが、作業を頼んでもいいか? アル坊はワシの執務室に戻って依頼料や滞在時間についての話をまとめよう」
「あ、お待ちくださいミィミィさん。事前にお願いしていた件はどうなっておりますか?」
あまりの惨状に私が呆然としていると、アルフレッドさんが慌てた様子で手を上げた。
「ん? ああ、そうじゃったそうじゃった。オーウェンから出された条件があったのう。少し待っておれ」
オーウェンさんが出した条件?
一体何の話だろうと首を傾けていると、ミィミィさんは魔物解体カウンターの責任者と思しき男性の元へとテチテチ駆けていった。可愛いって言ったら怒られるかなあ。
話し込んでいる2人の様子を離れて見守る。
ミィミィさんが何やら指示を出している様子だ。責任者の男性が両手を上げて飛び跳ねている。そして目にも止まらぬ速さで倉庫らしき奥の部屋に飛び込んでいき、数分後に飛び出してきた。忙しない。
ミィミィさんがこちらに戻って来る間にも、責任者の男性が他の職員に何かを伝えて――「ウォォォォォ!!!」と耳をつんざくような雄叫びを上げたのでビックリして急いで耳を押さえた。
「ええい、うるさいのう。すまぬ、サチが来たことを伝えたらこの始末じゃ。まったく情けない。さて、奥の倉庫を空けさせた。といっても作業スペースを確保したまでじゃが……サチにはそこで解体に専念してもらおうかのう」
「え?」
てっきり他の皆さんと一緒にカウンター内で作業するものだと思っていた私は、間抜けな声を上げてしまった。そんな私の耳元で、アルフレッドさんが囁いた。
「すみません。急ぎだったのでサチさんへの説明ができていませんでしたね。後ほどお話ししますので、とにかく奥へ」
「はあ……」
何が何だか分からないけど、当面私の職場は奥の倉庫になるみたい。
目を瞬きながらジッとアルフレッドさんを見上げていると、次第にアルフレッドさんの頬が赤みを帯びて来た。カウンターの熱気に当てられたのかな? 大丈夫かな。
しばし見つめ合っていると、私たちの間に半ば強引にマリウッツさんが割って入って来た。
「いつまでそうしている。早く行くぞ」
「あ! すみません! ただちに!」
そうこうしている間にもどんどん魔物が運び込まれてくるんだもんね。スタンピードを思い出すなあ。あの時も大変だった。
アルフレッドさんもハッとした様子で慌てて丸眼鏡を直している。
慌てて倉庫に駆け込むと、倉庫内は体育館ほどの広さがあった。その8割が事切れた魔物に覆い尽くされている。
ドーラン王国では、持ち越しても前日分まで。それも両手で収まる程度だ。この山は果たして何日分積滞しているのだろう。
「うっ……」
「これは……良くないですね」
「ああ。腐り始めては瘴気の元となる。魔物の山を放置して、大量の魔物の群れを引き寄せた事例もある。急いだ方が良さそうだ」
後ろから着いてきたアルフレッドさんとマリウッツさんの言う通り、魔物の山からはなんだか嫌な感じがする。急いで処理してしまわないと。
「如何せんこの量じゃ。今日のうちに減らせるだけ減らしてくれると助かる。じゃあ、アル坊を少し借りるぞ。サチは作業に移ってくれ。滞在中の宿の話は追って伝えよう」
「はい! よろしくお願いします」
私は早速荷物を下ろして愛刀を取り出した。こっちにいる間、随分たくさんの魔物を捌くことになりそう。よろしく頼むよ、相棒。
オリハルコンのナイフを丁寧に木箱から取り出し、光に翳す。私の心の声に応えるように、その刀身がキラリと輝いた。
「マリウッツ殿、くれぐれもサチさんをよろしく頼みますよ。それと、倉庫には僕たち以外の誰も立ち入らせないように徹底してください」
続いてエプロンを腰に巻いていると、背後でアルフレッドさんがマリウッツさんに注意喚起している声が聞こえる。
「ああ、言われなくてもそのつもりだ。お前たちが出たら閂で倉庫の扉を閉める。戻ったら扉を5回叩け」
「く……あなたとサチさんを密室で2人きりにするのは非常に不本意ですが……いいですか! これは仕事なのですから、不埒なことは決して考えないように!」
「お前と一緒にするな」
「なっ! 僕はそんなこと……!」
「はいはい、行くぞ。まあ、この量だ。早く見積もっても5日はかかるじゃろう。それでも期待を込めた日数じゃがのう。適度に休憩しつつ頼んだぞ」
2人の会話が不穏になってきた頃合いで、ミィミィさんが痺れを切らしてアルフレッドさんの服の裾を引いて倉庫の外へと出て行ってしまった。
「では、私は倉庫の外で警備をいたします。改めましてどうぞよろしくお願いします」
ここまで着いてきてくれたネッドさんは、なんと引き続き警備についてくれるらしい。見知った人が増えるのはウェルカムだ。
ネッドさんが倉庫の外へ出たことを確認し、マリウッツさんは木の板でできた閂を嵌め込んだ。ガコン、と閂がはまる音が高い天井に反響する。
「さて、サチ」
「はい?」
私もようやく準備が整い、さてどの山から手をつけようかと倉庫内を眺めていたら、マリウッツさんが声をかけてきた。
なんだろう? と振り向くと、マリウッツさんは腕組みをしてニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「あのミィミィとかいうギルドマスターは、サチがこの程度の魔物を片付けるのに5日もかかると言っていたぞ?」
ああ、なるほど。
マリウッツさんの言わんとすることを理解して、私はおかしくて吹き出しそうになった。
「ふふっ、そうですね。1日で終わらせてみせますよ!」
マリウッツさんに倣って、ナイフを構えて不敵な笑みを返す。
マリウッツさんは満足そうに大きく頷いた。
「よし、今度こそいきますよ……【解体】!!」
私はまず近くの作業台に山積みにされている魔物に、ナイフの切っ先を向けた。




