第46話 隣国のギルドマスター
「う……」
眩い光が収束し、グンッと身体を引っ張られるような感覚がなくなってきた。僅かに浮いていた足がふわりと降り立ち、しっかりと床を踏み締める。
ギュウッと瞑っていた目を細めると、そこは見知らぬ部屋だった。
壁一面、本がびっしり埋まった本棚で埋め尽くされていて、入り切らなかった本があちこちに高々と積み上げられている。大きな窓の前に執務机が置かれているけれど、誰も座っていないようだ。
「無事に到着したようですね。ようこそ! サルバトロス王国ギルドへ! ここはギルドマスターの執務室になります」
ネッドさんが私たちの無事を確認して、にっこりと微笑んだ。
どうやら、私たちは一瞬にして隣国のギルドへとやってきたらしい。
【転移】って物凄く便利……!
好奇心がウズウズして、もう少しじっくりと室内を見渡そうと一歩踏み出してようやく、両手が未だに塞がったままだということに気がついた。
「あ、あの……! も、もう大丈夫です。ありがとうございました」
遠慮がちに手を引くと、マリウッツさんもアルフレッドさんも何故かじっと私の顔を見つめてくる。それはもう穴が空くかと思うほどに。え、何かついてますか? もしかして。お昼に食べた海苔でもついてますか?
口元を拭いたくても手が塞がっていては叶わない。
困ってしまった私に救いの手を差し伸べたのはピィちゃんだった。
「ピュワーッ!!」
「わわっ! あ! す、すみません……! ぼーっとしてしまいました」
「……ふん」
甲高く鳴いて「離せ」とばかりに翼をバサバサ羽ばたかせる。
アルフレッドさんはビクリと肩をすくませて慌てて手を解いてくれ、マリウッツさんは不満げに唇を尖らせながら手を離してくれた。離す前に少しだけ強く握られた気がしたけれど、気のせいだろうか。
「おや、マスター? マスター!? どちらにいらっしゃるのですか!? ハッ! もしや、とうとう本の雪崩に呑まれて……!? マスタァァァァァァッ!!」
部屋の主であるギルドマスターが見当たらないため、ネッドさんが大きな声で呼びかけている。いよいよ叫び始めた時、執務机近くの本の山から1冊の分厚い本が飛んできてスコーンとネッドさんの頭を直撃した。
「うるさいぞ」
「いだぁぁぁっ……! ま、マスター、そんなところにいらっしゃいましたか。ご無事で何よりです」
本が命中した場所を両手で押さえながら、ネッドさんは本の山へと歩いて行った。
ヒョイヒョイッと手際よく積み上がった本を退けていくと、本の山の中から1人の少女が姿を現した。…………ん? 少女?
「遠路はるばる足を運ばせてすまなかった。ワシがサルバトロス王国のギルドマスター、ミィミィじゃ」
ネッドさんに両脇をひょいと抱え上げられて本の山から救出されたのは、どう見ても7、8歳といった年頃の女の子。淡くて長いブロンドヘアを左右の高い位置に束ね、大きな丸い琥珀色の瞳を有している。床スレスレの長さのワンピースにすっぽり包まれていて、服に着られている感が否めない。
……えっ!? この子がギルドマスター!?
思わず叫んでしまいそうになったけれど、さすがに失礼なので慌てて口を噤む。
「お久しぶりです。ミィミィさん」
「おお、アル坊か。元気そうじゃのう。随分と立派になりおって」
「はは……恐縮です」
さすがはギルドのサブマスターであるアルフレッドさん。冒険者ギルドは情報交換を兼ねて国同士の交流が盛んらしいので、ミィミィさんとも面識があるらしく、慣れた様子で挨拶をしている。
「サチさんとマリウッツ殿は初対面ですよね。こちらはミィミィさん。小人族で、僕よりもずっと年上……ぐっふぅ」
「これ、レディの年齢に触れるでないぞ。青二才が」
私が困惑していることを察したのか、アルフレッドさんがミィミィさんを紹介してくれたのだけれど、年齢に触れた途端にアルフレッドさんの鳩尾に分厚い本が突き刺さった。ミィミィさんの仕業らしい。
どうやら、ミィミィさんは小人族だから、随分と小柄なようだ。それこそ子供と見紛うほどに幼く見える。
「やれやれ。それで、お前さんかい? 凄腕の解体師というのは」
パンパンと凶器と化した本を叩いているミィミィさんが、大きな瞳をこちらに向ける。
「ご挨拶が遅れました! 私、ドーラン王国ギルドで魔物解体師を務めております。サチといいます。よろしくお願いいたします」
「マリウッツだ。サチの護衛だと思ってくれ」
ガバリと腰を90度におる私に対し、腕組みをしてちょっぴり踏ん反り返るマリウッツさん。
ヒィ! 不遜な態度までSランクですか! 他国のお偉いさんに対して何という態度なのでしょう!
「おお、お前さんがSランク冒険者のマリウッツか。我が国にも評判は届いておるぞ」
相変わらずなマリウッツさんの態度にヒヤヒヤしていたけれど、ミィミィさんは気にする素振りもなく、私の前へと進み出た。
「ふむ。随分と華奢なお嬢ちゃんさね。噂には聞いておる。ドラゴンをも真っ二つに切ってしまうんじゃろう?」
だ、だから、ドラゴンは捌けませんってば!
「う……ドラゴンはさすがに……その、無理です。私が解体できるのはCランクまでの魔物だと思っていただきたく……」
期待値が高すぎて腰が引けてきた。
気まずげに指をつついてみせると、ミィミィさんは「アッハッハ」と天井を見上げて大口で笑った。
「なぁに、噂とは尾鰭がつくものじゃ。ドラゴンのような最上級ランクの魔物は確認されておらぬから安心するのじゃ。むしろ、我らが今困っているのは低ランクの魔物の処理さね。兎にも角にも数が多すぎる。到底我がギルドで抱える魔物解体師の手だけでは足りんくなっておるのが現状じゃ」
一転して険しい表情となったミィミィさん。やはり、魔物解体カウンターの逼迫具合は相当なものらしい。恐らく破綻寸前だと思って臨んだ方がいいだろう。
「ワシとしては挨拶もそこそこに、1秒でも早く魔物解体カウンターに向かいたいのじゃが……」
腕組みをしたミィミィさんが、アルフレッドさんに甘えるような眼差しを向けている。どこからどう見ても新しいおもちゃをねだる子供と優しいパパにしか見えない。
「そ、そうですね。我々が呼ばれた原因をまずは解消しなくてはなりませんね。サチさん、着いてすぐで申し訳ありませんが、早速向かいましょうか」
「はい! もちろんです!」
「ピィッ!」
ピィちゃんも元気よく返事をしてくれた。そんなピィちゃんを見て、ミィミィさんが目をまん丸にしている。
「ふむ。ネッドからの報告で聞いておったが、随分と懐いておるようじゃな。ピクシードラゴンは警戒心の強い魔物じゃというのに。まあ、良い。お主らが来ることは既にギルド職員及び冒険者に通達済じゃ。ピクシードラゴンのことについても不用意に近付くなとお触れを出しておるでな、気にせずギルド内を飛び回っても良いぞ」
「ピィィッ!」
ミィミィさんの心配りに、ピィちゃんが感激している。私も「お気遣いありがとうございます」と頭を下げた。
「さて、では魔物解体カウンターに向かうかのう」
私たちは、テテテッと先頭を小走りするミィミィさんに続いて、ギルド内へと足を踏み入れた。




